閑話2、岩瀬恭子(39)の場合。
モブ参加企画、グリンダ様『岩瀬恭子キャラ設定』考案いただき、ありがとうございます。
昨日の夜、お風呂でボディソープを使い切ってしまった。
今日の朝、カフェオレを飲もうとしたら牛乳が切れてた。
土曜だから空いてると思った電車は、車両故障で遅れていた。
そして今。
(しまった……今日必要な資料を忘れた……)
岩瀬恭子(39)は、出版社に勤めている。
仕事人間、趣味はネットサーフィン。
特出すべきものはないと自負(?)しているが、男友達からは「女教師っぽい色気がある」と言われる。どんな色気だか不明だが、きっと需要はないだろう。ヘンタイ反対。
会社の同僚からも「隙を見せる事こそ女子力アップに繋がる!」などと言われるが、そんな器用な真似が出来るのであれば世の女性は誰も苦労しない。
(…………とにかく落ち着こう)
雑誌に載せるモデルの撮影に同席して撮影の様子などをレポートにする予定だったのだが、それに必要な資料を会社に忘れて来てしまった。
(今日はミロクさんの撮影だったから、浮かれてたのかもしれない……)
最近、数冊の雑誌で仕事が多くなってきたモデルのミロクは、現場のスタッフの人気が高い。
その人気の秘密をレポートにしようという企画だったのだ。
基本的に土曜日を休みにしている同僚からも、今日の朝一番に「ミロクさんの撮影に入れるの羨ましい!!」と言われたのを思い出す。同僚は会社近くの喫茶店で友人と会うとか言っていなかったか。
早速同僚に電話をかける。
「そんな訳でごめん、私のデスクに置きっぱなしになってるんだけど…」
<持って行くのはしょうがないけど、カノヒに怒られるよー>
カノヒと呼ぶのは同僚の友人なのだろう。この業界の人間は休みでも呼び出されることが多い。今回は恭子のミスの為、申し訳なく思っていると……そこでふと思いつく。
「そうだ、そのカノヒさんも撮影の見学するっていうのは?」
<え?いいの?>
「一人くらい大丈夫でしょう。ミロクさんも芸能人てわけでもないし。許可とっとく!」
現場のスタッフにOKを貰い、資料を届けてくれた同僚とその友人にも謝ったら許してもらえた。
相変わらずのミロクの王子様スマイルに癒されつつ撮影は終了……と思ったら、同僚の友人が鼻血出して倒れるハプニングが……。
現場で彼女を笑うものはいない。あんなの直撃したらと思うと「明日は我が身」なのだ。
慌てたミロクがお姫様抱っこで彼女を運ぶ様を見て、同僚が「この事を言うか言わまいか迷う。カノヒが出血多量になる」と呟いていた……。
「あ、岩瀬さん」
撮影スタッフに色々と話を聞き終わった頃、例の倒れた彼女に付き添っていたミロクが恭子に声をかけてきた。恭子は驚く。
「私の名前、ご存じでしたか」
「ええ、昔営業やってたんで、人の顔と名前を覚えるのだけは得意なんですよ」
「そんな『だけ』だなんて。ミロクさんはたくさん才能を持ってらっしゃいますよ」
「はは、ありがとうございます」
照れて笑うミロクの姿にドキっとする。顔が赤くなっても鼻血だけは出さないように、恭子は気合を入れて平常心を保つ。
「あ、お帰りになる前に少しだけよろしいですか?今回の撮影こぼれ話として、ミロクさんの現場での人気の特集を組んだんです」
「え!?俺の!?うわ、嬉しいです!」
パァっと明るい笑顔のミロクを直視できず、少し目を伏せて資料を見るようにしていると、ふと恭子の頬に人の体温を感じたような気がした。
気がした訳ではない。
頬には柔らかい黒髪が触れて、ミロクがすぅっと息を吸うのを感じる。急な出来事に固まって動けない恭子。そんな恭子に触れそうなくらい肩口に顔を近づけているミロク。
「岩瀬さん、この香りって香水?」
そのままの体勢で話すミロク。心地よいテノール耳を擽り、恭子は必死で意識を保ちつつ首を振る。
「ああ、動くと良い香りがしますね。これ一回姉が買ってきた何かに似た香りです」
「香水……じゃないので……強めの香りのボディソープかも……」
何とか声を絞り出す恭子。未だにミロクは顔を離さず、「ダークチェリーとかだったかな、姉さんどこで買ってきたんだ?」とか呟いている。クンクンと犬のように恭子の匂いを堪能するミロクは、自重という言葉を知らない。
「あ、あの、売ってる場所分かりますよ」
パッと顔を離すミロク。少し残念に思ったが、自分の心臓の為にも良かったのだと考える。
恭子は手早くボディソープが売っていた雑貨屋の場所をメモ用紙に書く。
「ここで定期的に取り寄せてるメーカーのバスグッズにあるはずです」
「わっ、ありがとうございます!」
メモを差し出す恭子の手を取って喜ぶミロク。手を取り引っ張られた恭子は、ミロクの顔を間近で見てしまう。意外と長い睫毛に薄い唇は艶やかで、にっこりと笑顔を形作っている。吐息を感じるくらいの距離に、恭子の意識は遠くなる。
(ああ、顔が近い、嬉しい、でも辛い……)
そっと手を離して甘く微笑むと、爽やかに手を振って去っていくミロクに恭子は軽い会釈で返す。
そしてそのままへなへなと腰が抜ける恭子。
周りで見ていたスタッフが「災難だったな」「お水どうぞ」などと声をかけてくれる。
ミロクは現場スタッフから人気があるが、たまにある天然タラシなフェロモン爆撃に、トキメキと怯えを感じている。
現場の人間のみが知る自然災害のようなものであるが、恭子のレポートにはもちろん書けず、暗黙の了解として存在していくのであった。
次の犠牲(?)者は、誰になるだろうか……神のみぞ知る。
お読みいただき、ありがとうございます。




