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オッサン(36)がアイドルになる話  作者: もちだもちこ


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閑話1、狩野尋(43)の場合。

モブ参加企画、かのひ様『狩野尋キャラ設定』考案いただき、ありがとうございます。

 狩野尋(カノヒロ)(43)は、「今時恵まれているわね!」と会うたびに女友達から言われる『専業主婦』だ。

 彼女の現場はそれほど深刻なものでもない。早婚のため子供は自立し、仕事一直線の夫はまだまだ男盛だ。ならば自分も外に……とも思うが、どうもやる気が出ない。

 習い事、趣味、何か夢中になれるものがあればと思うが、しっくりくるものがなかった。


(私って、つまらない人間なのかな……)


 優しい夫は「今まで子育ても家事も完璧にこなしてきたんだから、自由を謳歌すればいい」と言ってくれるが、急に与えられた自由を持て余す人間は多いはず……と自分を慰める毎日。


 幸いにも今日は、高校の同級生とお茶する約束をしていた。久しぶりの外出に心踊る彼女は、土曜日に似つかわしくないスーツ姿の友人を見つける。


「久しぶりだっていうのに、また仕事してたの?」


「ごめんカノヒ、本当は休みだったけど……どうしてもね。でも朝だけだったから大丈夫!」


 学生時代の友人達は、自分をカノヒと呼ぶ。フルネームから「ロ」を抜いただけだが、略してこそのあだ名なのだろう。自分でも気に入っている呼び名だ。


「まぁ許すも許さないもないよ。仕事してない私が言うことじゃないし」


「いや、私は家事だけは無理。カノヒのこと尊敬してる」


「またまたー」


 土曜日でもやっている喫茶店のランチタイムで、お洒落なワンプレートオムハヤシセットを注文すると、最近どうだとか代わり映えのしない近況報告などをしていた。そんな友人がふと今やっている仕事を口にする。


「最近出てきたモデルさんなんだけど、うちの会社でダントツ人気なの。こう、オーラっていうか、雰囲気が素敵っていうか……」


「またまた、若い子に入れ込んじゃってー」


「それがまた違うの。ミロクっていうんだけど、年齢が三十六なのよ」


「へ?でもその雑誌のターゲットって……」


「そうなの。恐ろしいことに、彼の外見が大学生くらいにしか見えないの」


「そんな馬鹿な!」


 笑う尋に、友人は持っていた鞄から雑誌を取り出す。その彼は表紙を飾っていた。


 …………確かに。


 凝視していると、友人のスマホが鳴っている「やばい、同僚からだ」と呟いているところを見ると、仕事の話なのだろう。

 忙しい友人にはよくあることで、一日一緒にいれた試しがない。

「今日は短かったけどお開きかなぁ」などと考えていたら、友人がとんでもない事を申し出てきた。










「これ、頼まれたやつ、大丈夫?」


「ごめん、疲れてたみたい。……すみません、ゆっくり見学していってくださいね」


 友人よりも年下の同僚である女性が、申し訳なさそうに頭を下げた。


「いえいえ、こちらこそ貴重な体験をありがとうございます!」


 ごく普通の生活を送っていた尋にとって、雑誌の数カットとはいえ撮影を見学できるなど、夢のような話だ。

 友人も興奮している尋を見て、嬉しそうにしている。


「ミロクさん入りまーす」


 瞬間、空気が変わるのが分かった。

 それまでピリリとした空気に包まれていた現場が、柔らかな空気に変わったのだ。

 入ってきた男性はスラリと背は高く、程よく筋肉のついたバランスの良い体型をしている。

 少し長めの黒髪は、毛先にカールがかかって動きのある髪型をしている。

 整った顔に柔らかな瞳、スッと通った鼻すじと薄い唇は軽く笑みを湛えていた。

 一見学生のように見えるが、落ち着いた雰囲気は年齢通りなのだろう。

 爽やかなテノールの声でスタッフ一人一人に声をかけ、笑顔をみせる彼。話しかけられたスタッフも笑顔になる。

 現場は彼一人の登場でどんどん明るく温かくなっていく。


「……凄いでしょうミロクさん」


「うん」


 尋はすっかり魅せられていた。

 それからの撮影時間中は、ひたすら彼の一挙手一投足をガン見して友人に苦笑されていた。

 こんなに夢中になったのは初めてかもしれないと、心はひたすら燃え……萌え上がっていた。


「では最後にワンポーズください!」


「うーん、どうしましょう?」


 悩むミロクは、その薄い唇に指を当てて(その指になりたいと周りに思わせつつ)考えていたが「投げキッスとかどうですか?」という悪ふざけ的なリクエストを衣装担当の子が出した。

 ミロクは少し考えていたが、コクンと頷く。


「今日はお客様がいらっしゃるので、その方に捧げますね」


「はひ!?」


 突然話を振られた尋は、声がひっくり返ってしまう。


 真正面からミロクの極上スマイルを貰った挙句、唇に人差し指と中指を当てたのを「チュッ」とリップ音を響かせて、その指を尋に向けて差し出すと「フッ」と息を吹きかけた。

 そして少し恥ずかしそうな笑顔を見せて、


「届きました?」


 そう言われた瞬間。

 キャパオーバーを起こした尋は、鼻血を噴いて倒れてしまったのだった……。













「大丈夫ですか?」


 心地よいテノールの声に意識が浮上する。気がつくと尋は、長椅子に横になっていた。


「だ、大丈夫、です」


 鼻に詰まっているティッシュでふがふがしながらも、何とか声を出す。


「良かったです!」


 声のする方を見ると、笑顔の美形男子がいる。


 ……美形?


「…………!?!?」


「ゆっくり休んでくださいね。俺は事務所に戻らなきゃなので、先に帰って申し訳ないのですが……」


「き、きにしないでください!だいじょうぶなので!」


「そうですか、お大事になさってください」


 ミロクはニコリと微笑むと、立ち上がって部屋を出ようとする。

 尋はなぜかこのまま去ってしまうミロクに、何か伝えたくて慌てて叫ぶ。


「あの!!が、がんばってください!!」


 思い切ってかけた言葉は普通すぎた。何を言ってるんだと落ち込む尋。


「……ありがとう」


 振り向いたミロクは花が咲くような笑顔を見せ、部屋を出て行った。


「……………………がふっ」



 そこから再度鼻血を噴いた尋に、ずっと横にいた友人は優しくティッシュを渡すのであった。


お読みいただき、ありがとうございます。


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