182、怒るプロデューサーと女子高生作家のこだわり。
「何やっているのよ。あんた達は」
「いやぁ、興が乗りまして」
「これは誰のアカウントなの?」
「うちの事務所のサイバーチームの一人なんですけど、捨てアカウントというものだそうで」
「つまりは誰のものでもないってことね」
「ですね」
大手広告会社のビル内にあるティーラウンジの一角を陣取った、オッサンアイドル344(ミヨシ)のプロデューサーである尾根江加茂は、額に手を当てて大きくため息を吐いた。
向かいの席で穏やかに微笑むヨイチは久しぶりに楽しかったなぁと、その時のことを思い出している。その様子に尾根江は再度ため息を吐いた。
「あなたね、これをシャイニーズの上が知ったら、どうなると思ってるのよ」
「喜ぶんじゃないですかねー」
「んなわけあるか!!」
尾根江はいつものオネエキャラを忘れ、思わず男声でヨイチにつっこむ。それを受けた彼はさらに笑みを深める。
「ふふ、そんな顔もするんですね。大丈夫ですよ。うちのサイバーチームは優秀ですから」
「この話題、このまま大きくなったら公開するわよ」
「わざわざ言ってくれるなんて、優しいですね」
笑顔のままのヨイチだが、その切れ長の目は笑っていない。今日何度目になるだろう大きなため息を吐き、尾根江は両手を上に上げると口角を上げてみせた。
「はいはい。今回のことは関与しないわよ。楽しそうだったし、ほのぼのプライベート動画って感じで良かったから」
「ご配慮感謝いたします」
「どういたしまして。そうそう、今度から打ち合わせはここでするからよろしくね」
「ホテルだと、またあらぬ噂が立ちますからね」
尾根江と懇意にしているであろう、ビルの関係者であろう男性が離れた席に座っているのを見て、ヨイチは軽く会釈をする。
「気にしなくていいのよ。彼らには私が甘い汁を吸わせてあげているんだから」
「そんな乱暴な言い方しなくても。オッサンでオネエのツンデレは流行りませんよ」
突飛な行動を取りがちな尾根江だが、意外なことに自分の仕事に関わる人間を大事にする傾向にある。それを見せないようにしているところが、ヨイチにはツンデレに見えていた。
「気づく人間はずっと側に居てくれるわ。気づかなきゃ離れるでしょう。楽なものよ」
「なるほど」
そう言いながらもヨイチも似たような傾向にあるのだが、彼はふむふむと頷きつつ冷めたお茶を飲み干したのだった。
スピンオフドラマでは『三家臣の呟き』という副題がついている。15分ほどの番組枠であるため、344(ミヨシ)の歌は最後に少し流れるだけだ。
それでも三人は稽古を続け、しっかり振り付けも憶えたところで歌の収録に臨む。
毎回エンディングで流れる予定だが、ドラマに出てくる学校の保健室のセットで行うらしい。三人のドラマもこのセットで行う。
他のセットでの撮影はなく、あくまでも『学校の保健室』という一空間でのみ行うとのことだった。
「ずいぶん駆け足でやるんですね」
「本編はもうじきクランクアップだからね。こっちも放送に合わせないとだから」
「急に決まったからな。そんなに一話の評判が良かったのか?」
「まぁ、ミロク君だからね。僕らみたいな脇役はそこまで騒がれていないけど、シャイニーズでも群を抜いて輝いているKIRA君と一緒にいて目立てるなんて、そうそう出来ないよね」
「そ、そうですか? 俺は怖くてネットとかの評判とか見てないんですよ。大丈夫なら良かったです」
「むしろ問題なのは『TENKA』の三人だろう」
「だよね。ミロク君が食ってしまった感じになっている気がするんだよね」
「それこそ大丈夫だと思いますよ。KIRA君変わったし。なんか風格というか貫禄みたいなものが付いてきましたから」
「ミロクは甘いなぁ。アイドルって世界は弱肉強食だぞ」
そう言いながらもストレッチをする動きを止めないシジュは、動かないミロクに気づいて立ち上がり、彼の背中に腰をおろしてゆっくり体重をかけていく。
「いたい、いたいいたいですよシジュさん」
「痛くしてんだ。頑張れ」
「そんなぁ……」
年少二人は楽しそうにじゃれ合っている。その様子に目を細めて微笑むヨイチは、なんとなく操作していたスマホの表面に今回のドラマの脚本担当『ヨネダヨネコ』から連絡が入っているのに気づく。
「女子高校生の作家ねぇ……」
以前会った時の彼女は普通の女子高生とは、お世辞にも言えなかった。
しかし今、彼女はきっと恋をしているに違いない。ヨイチは根拠もなくそれを感じていた。女性は恋をすると変わるものである。良くも悪くも。
「ん? 脚本の内容を変更する?」
「脚本が、どうかしたんですか?」
シジュのストレッチ地獄から命からがら逃げてきたミロクは、ヨイチの呟きに思わず聞き返す。
「ミロク君、ヨネダ先生が脚本変更するらしいんだけど、脚本を全面的に無くす方向にするって言ってるんだ」
「え!?そうなんですか!?……脚本無いって、台本はどうなるんですか?」
「台本も無いねぇ」
「アドリブで全部やんのか?」
ミロクの後ろからひょいと顔を出したシジュに、ヨイチは二人に見えるように端末の画面を見せる。
そこには『脚本、台本変更のお知らせ』とあった。
「えーと、なになに? 『男性同士の会話の不自然さが気になり……』って、今更じゃね?」
「気持ちは分かりますけど、ドラマはドラマの良さがありますから大丈夫なのでは?」
「ミロク君は不自然さを気にせず、自分の歌をそのまま他人に聴かせられるかい?」
「無理です」
「そういうことだよ」
「でも俺らだけじゃ無理だろ。ある程度の内容とかテーマとか、そういうのくらいは貰えないのか?」
「そうだね。まったく違うことも言えないし、そうすると役とか関係なくなってしまいそうだからね」
ある程度の妥協案を出しつつ、フリートークに弱いミロクに『特訓』をしようと心に誓うヨイチとシジュ。
そんな兄二人を気持ちを弟のミロクは我関せずのようだった。
「今はしっかり新曲を歌えるようにならなくちゃねー」と呟きながら、音源をイヤホンで聴きつつ、歌のおさらいをしている。
「ま、何とかなるでしょう」
「だな」
ミロクの気楽さにつられたようにヨイチとシジュは微笑む。
とりあえずの目標は、スタジオにいるスタッフ達に新曲のお披露目をして、受け入れてもらえるように頑張る、で、あった。
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