180、KIRAの変化と、とある声優の動き。
「344(ミヨシ)さんの担当マネージャーさん、ですよね」
今日のドラマの撮影はスタジオで行う為、オッサンアイドル唯一のマネージャーのフミは不意に女性から声をかけられた。
落ち着いた色のスーツに、きっちりまとめた髪にメガネをかけ、関係者用のネームプレートを下げている。一見地味に見えるが、スタイルの良い綺麗な女性だ。
「はい、そうですが……」
「急にお声がけしてすみません。いつもうちのKIRAがお世話になっております。今日から自分がマネージャーとして彼らを担当することになりましたので、ご挨拶をと思いまして。これからもよろしくお願いします」
「あ、はい。ご丁寧にありがとうございます」
名刺交換をして、お互い頭を下げる。
マネージャーの交代とは、何かあったのかとフミは内心首を傾げているが、まさか自分の叔父の一言でそうなったと彼女は思ってもいないだろう。
颯爽とその場を離れる彼女を見送っていると、衣装の白衣を着たシジュが近づいてきた。
「マネージャー、俺今日の出番終わったらタクシーで雑誌の撮影に行くから。ミロク達に付いてろよ」
「大丈夫ですか?」
「へーきへーき、いつものやつだし慣れてるから」
「ありがとうございます。シジュさんはそれが終わったらラジオ局に来てくださいね」
「おう。そっか、今日はラジオだったな。サンキュ」
そう言いながら撮影に入るシジュを見ているフミの後ろから、ふわりと甘い香りが漂う。香水ではない柔らかな香りに反応して、自然と彼女の顔は赤くなってしまう。
そんなフミを後ろから見ているミロクは、自分が近づくだけでポワポワ髪の分け目まで赤くなる様子にニヤける顔を抑えきれず手で隠している。
「フミちゃん飲み物持って来てくれたんだね。ありがとう」
「お茶と水とありますよ」
「じゃあ、お茶もらおうかな」
そして二人のやり取りを見ているヨイチの視線は生温かい。自分もいるのにと思いながらも、それは口に出さず椅子に座ると台本を開く。大人な男、ヨイチである。
「あの……」
「ん? ああ、KIRA君どうしたの?」
「あの二人……いや、何でもない、です。今日もよろしく、お願いします」
すっかり牙の抜かれた子犬のKIRAは、新しいマネージャーに教育されているようで口調を丁寧にするように心がけているようだ。しかし子犬の牙は乳歯だから、ドラマ終了後にはまた新しい牙が生えてくるだろう。
「ミロクへの挨拶は気にしなくて良いよ。今、声をかけるのも、ねぇ」
「ですよね。はい。さすがにそれは分かる、ので」
さすがにミロクとフミの間には、KIRAも空気を読むらしい。ヨイチはそれが面白く感じてクスクス笑っていると、それを見たKIRAは少しムッとした顔をするが黙っている。
「言いたいことがあるなら言っても良いんだよ?」
「大先輩、なので。俺も……」
その後に続く、アルファに憧れていたという言葉を飲み込むKIRA。何となく彼の言おうとしたことを察したヨイチは、穏やかな笑みを浮かべると再び台本に視線を落とした。
スマホを笑顔で操作をしている若い男性。
知る人ぞ知る、人気声優の大野光周は日曜日の昼下がり一人電車待ちをしていた。
(マキマキさん、またイラストをツイッタラーに上げているな)
それはアニメ『ミクロットΩ』のキャラクター二人、騎士と宰相が見つめ合うイラストだった。それは俗に言うBLというもので、主に女性を対象にしたものではあるのだが、大野はマキマキの絵を好きで前から追っていた。
お忘れの方もいるかもしれないが、大人気アニメ『ミクロットΩ』にミロク達を題材にしたキャラクターが登場しており、344(ミヨシ)は挿入歌を担当していた。アニメの二期放送も決まっており、そこでは挿入歌ではなく主題歌を担当するのではないかと多くのファンが期待している。
女主人公の敵役のミロクは、とある王国の王子として。その臣下としてヨイチは宰相、シジュは騎士としてアニメに登場していた。
しかし彼らはあくまでもイメージとしてキャラクター化されているため、声はプロの声優が担当している。その中で王子の声を担当しているのが大野である。
ちなみに大野はミロクの姉ミハチに恋慕しヨイチから社会的に抹殺されそうになり、それが若干のトラウマになっている。あれ以来、彼は気になる女性がいても自分から動くことはなく、ひたすら仕事に集中する生活を送っていた。
(うっかり公式のIDでフォローしちゃったけど、解除するのもなぁ。同人誌も通販とかやってないみたいだし、現地で購入するしかないのか)
大野はマキマキが自分の演じている王子をメインに描いていないのを少し残念に思っていた。マキマキ……真紀からするとフミの想い人であるミロクをイメージさせる王子を、アニメの二次創作とはいえ男同士の恋愛の対象にするのは抵抗があっただけなのだが、それを大野は知る由もない。
(そういえば、弥生さんもこの手の活動をしていたっけ)
声優として活動しながらも、創作活動をしている大倉弥生、彼女とは仕事仲間としてやり取りが多い。これは良い考えだと、大野は早速スマホをウキウキと操作する。
もしかしたら、彼女はマキマキの事を知っているかもしれない。
仕事以外で344とは関わらないと決めた大野だったが、自ら再び彼らと関わろうとしている。
それを知る者は数分後に連絡を受け、頭を抱えることになる弥生だけであった。
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