173、朝食はしっかりな三人と、思い出せない芙美。
(苦しい、苦しいよ……)
息苦しさに目が覚めたミロク。そのまま起きようとするも、手足が石になったように動かない。
一体自分の身に何があったのかを知るべく、眠気を振り払うように何度も瞬きを繰り返す。
昨日はヨイチとシジュと三人で楽しく飲んでいて、途中シジュが秘蔵の酒とやらを取り出し、飲みやすくて普段よりも多く飲んでしまったところまでは記憶がある。
(その後は、どうしたんだっけ……)
とにかく今はこの息苦しい状態をなんとかせねばと、やっと目が開くようになって胸元を見ると、丸太のような腕が一本乗っかっている。
(シジュさんの腕、重い!!)
よいしょと持ち上げ自分の右横に下ろすと、今度は腹に丸太のような腕が一本乗っかっている。
(ヨイチさんまで!!)
こらしょと持ち上げ自分の左横に下ろすと、今度は自分の足に二人の足が絡んでいるのが見える。
「あー!! もうっ、何なんですかっ、二人とも!!」
どっこいしょーとばかりに兄二人の足を持ち上げたミロクは、息を切らしつつ文句を言う。
「んあ? 何だよミロク、朝から騒がしいなぁ」
「うーん、昨日はちょっと飲みすぎたかもー」
「それにっ、なんでっ、俺ら三人とも下着一枚なんですか!!」
フミが昨日買って来てくれたパンやサラダを並べるミロク。ヨイチはミルに入れるコーヒー豆を選んでいて、カリカリにこだわりがあるらしいシジュはベーコンエッグを作っている。
もちろん今の三人は、フミが持ってきた服の中からカジュアルなものを選んで身につけている。残念ながら下着一枚ではない。
「ミロク君は牛乳使うよね。レンジで温めればいい?」
「はい。ありがとうございます」
「ジャムとバターもあるぞー」
「僕はバターでいいかな。ミロク君はマーマレード?」
「なんでそんなに知ってるんですか」
「ミハチさん情報だよ」
「何で恋人との会話で、頻繁に弟が出てくんだ?」
「家族愛がすごいよねー。そもそもミハチさんとお近づきになれたのは、ミロク君のモデル活動について相談していたからだし」
「え、そうだったんですか!」
「ミロク君が筋トレして痩せてきた時、よく三人でご飯食べたりしてたでしょ?それでミロク君が如月事務所に所属してくれるってなる前に、二人でよく会うようになって……ミロク君抜きで会う理由が出来て、僕は嬉しくてね」
「策士だな。オッサン」
「結果オーライだから良いじゃない」
自分の知らないところで姉やヨイチに気づかわれていたと知り、ミロクは少し面映ゆい気持ちになる。そんな彼をヨイチとシジュは微笑ましげに見ている。
「あ、卵は半熟でいいか?」
「半熟でお願いします。あ、マヨネーズありましたかね」
「フミが用意していたよ。ミロク君はマヨネーズなの?……太るよ?」
「少しだけですから! 目玉焼きに塩胡椒とマヨネーズが好きなんです!」
やいやい言いながらオッサン三人が朝食をとっていると、ミロクは「あっ」と声をあげる。
「そういえば、なんで起きた時全員下着一枚だったんですか?」
「あれはミロク君が脱ぎ始めたんだよ。着ぐるみパジャマが暑いーとか言いながら」
「ええ!? そうなんですか!?」
「しかも、俺らには全裸を強制しやがったぞ。下着一枚になったらおさまったから、二人掛かりでお前を寝かすのが大変だった。泣いて添い寝しろとか言うし、寒いからあっためろとか……」
「うわあああああ!! もういいです!! ごめんなさい!! 俺が悪かったです!!」
「いや、ミロク君の酔っぱらい方が面白くて、動画も撮っといたよ」
「やめてくださいいいいい!!」
顔を真っ赤にして身悶えるミロク。
その数分後、早めに出勤してきたフミが涙目王子に気を失いそうになるのは、もはやお約束の流れである。
三人と一人が部屋の片付けをしていると、ハウスキーパーの女性が来たので後は任せる事にした。
ここでは掃除はもちろん、独身男性であれば食事の用意をしてもらうこともできる。食材は自費だが、冷蔵庫にあるもので作って欲しいと依頼することもできるので、 この施設を多く利用しているサイバーチームの栄養状況は非常に良い。
「そういえば、白井さんも風邪ひかなくなったって言ってましたね」
「栄養はもちろん、睡眠もとってるからじゃねぇか?」
「そうだね。如月事務所でインフルエンザは今の所出ていないよ。以前は所属モデルが倒れて大変だったから対策としてやってみたけど、目に見えて改善されたのは嬉しいね」
「さすがヨイチさんですね。あ、そうだフミちゃん、インフルエンザといえばKIRA君はどうなったか知ってる?」
事務所のある階に移動する面々は、ミロクの言葉に撮影中止になった原因を思い出す。
「今の所連絡はきていません。それでも彼抜きで撮影するよう調整しているそうなので、今日も事務所で待機してもらいます。大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。できればスポーツジムでトレーニングとかしたいけど……」
「それなら三人で行こうぜ。昨日ミロク母のハンバーグが美味すぎたから、肉がつく前にトレーニングしてぇし」
「フミ、僕の仕事は?」
「とりあえず紙ベースで緊急のはありません。タブレットで大丈夫ですよ」
「じゃあ、フミに車を回してもらって、筋トレ待機しようか」
「ヨイチのオッサンは、プロテイン禁止だからな!」
「そんな!!」
「あはは、そもそもヨイチさん解禁されてないですよね」
「おい、まさか……」
「飲んでない!飲んでないよ!(プロテイン配合のお菓子くらいだよ)」
「今、小声で何か言いませんでした?」
「言ってないよ!さぁ、フミ車をお願い!」
珍しく慌てる叔父の様子に、苦笑しながらビルの駐車場へ向かうフミ。彼らのトレーニング中は何をしようかと考えながら歩いていると、ビルの出入り口で人にぶつかりそうになる。
「ごめんなさいっ!」
「わっ、すみませ……あれ?あなた……」
その女の子はフミよりも少し低い身長で、同じような髪の色をしている。どこかで見たことがあるような子だとフミが思い出せずにいると、女の子はもう一度「ごめんなさい!」と言い、走り去ってしまった。
「誰だっけ。うーん」
芸能人のマネージャーとして、人の顔と名前を覚えていないというのはどうだろうと、フミはしばらく悩むが思い出せない。
人の顔を覚えるのが得意なミロクの、営業マンとしてのスキルを羨ましく思うフミだった。
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