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162、弥勒を過保護にする理由。

「あるよ。ジャケット。それ持っていけばいい? 了解」


 ミロクの妹のニナは、外の寒さに震えながら再び店内に入る。戻ってきた彼女に気づいた店長は笑顔だ。


「大崎さんのお兄さんから? 予約するって?」


「いえ、うちに置いてある服を持ってきてほしいって。30分ほど抜けて大丈夫ですか?」


「予約のキャンセルあったし、しばらく大丈夫だから行っておいで。あとセットもするんじゃない?」


「あー、たぶん軽くしますね」


「なら尚更だね」


 如月事務所からは何かとニナ達に頼み事が多いため、彼らの為に動けば月末に働いた分きっちりと支払われている。その為、ミロクもニナに遠慮なく用事を頼む事が出来るようになった。芸能活動するにあたり、美容師の妹がいるのはとても心強い。

 一応スーツ一式と、ヘアメイク道具を持って店を出るニナの耳に、女性達のはしゃいだ声が飛び込んでくる。


「今の人、超カッコよかった! スタイルめっちゃ良くてエロス!」

「ダラってしてたけど、ニカって笑ってくれてー」

「え? 知らないの? 年末にさー」

「アイドル? えーやだーオッサンなのにーなんか可愛いー!」


 女性達の黄色い声の内容に、自然と半眼になるニナだったが、今の話は聞かなかった事にして駅に向かう。


 が。


 大方の予想通りに会うべくして会った、のである。


「何やってるんですか」


「トレーニングー」


 駅への近道になる為、公園の真ん中を突っ切って行くニナは、ベンチにダラリと座っている予想通りの人物に声をかけられる。

 上下ジャージを身につけているシジュは、暑いのか上着のチャックを全開にしていた。そこに見えるのは、スポーツ用の体にフィットするタイプのインナーである。その体のラインがしっかり出ている部分からは目を逸らしつつ、ニナは一礼するとそのまま先を急ぐ。


「ちょ、ちょっと妹ちゃん、待てって!」


「待つ理由がないので」


「せっかく会えたのに……ほら、荷物持ってやるって!」


「結構です」


 スタスタ歩くニナに特に苦もなく追いつくシジュに、息を切らせつつある彼女は舌打ちする。


「ほら、俺持つって。それウチ絡みの仕事だろ?」


「まぁ、そう、だけど」


 いつになくしつこいシジュにニナは諦めて荷物を渡す。かさばる上に地味に重い衣装とメイク道具を軽々と持ち、駅に向かって歩く美中年をしみじみ眺め、「無駄に足が長い」と眉間にシワを寄せてニナは唸る。

 今やドラマ撮影をもこなすオッサンアイドルの一人である彼は、その長い足を優雅に動かしながらニナに話しかける。


「んで、これはミロク用か? どこまで行くんだ?」


「銀座」


「あいつ今日オフだろ? 急な仕事か?」


「社長さんの代わりに打ち合わせしてくるそうで。スポーツジムから直接行くから着替えが必要だって」


「ヨイチのオッサンの代わりに、か? そうか……」


 しばらく黙って歩いていたシジュだが、駅のロータリーから脇道に入る。


「ちょっと! どこに……」


「二、三分だけ待ってくれ」


 そう言って古びたビルの地下にシジュは入って行き、またすぐに出てきた。


「よし、行くぞ」


「行くぞって……あれ、荷物増えた?」


「おう。俺もミロクに付き合うわ。スーツ借りてきた」


「え? なんで……」


 黒いジャージの上にロングコートを羽織り、一見キチンとした格好に見えるシジュはニナと共に銀座方面の地下鉄へ続く階段を降りて行く。。

 地下鉄特有の生温かい空気に寒さから解放されたニナは小さく息を吐き、隣に立つシジュに目を向ける。

 そのまま、じっと見ていると「何だ?」と問われ、彼女は再び息を吐く。


「不思議だから。兄さんを甘やかすっていうか、守るっていうか……」


「そうか? 末っ子を甘やかすのは兄として当然だろ?」


「当然かどうかは分からないけど、兄さんを信用出来ないの? 一人でも大丈夫だって思うけど」


「それだよ。俺たちが信用出来ないのはミロクの『大丈夫』なんだよな。アイツまだそこまで強くないと思うからな」


「兄さんが弱い?」


 そこに電車がホームに入ってくる大きな音に邪魔をされ、シジュは開きかけた口を閉じて電車に乗り込む。

 平日の昼間というのもあり、空席に座ったシジュは「勘違いすんな」と続ける。


「弱いんじゃない。強くないだけだ」


「なんとなく違いは分かるような気がするけど、だから甘やかすの?」


「ま、そういう事だ」


「さっぱり理解出来ない。甘やかすと弱くなるんじゃない?」


「そこだよ。アイツ自分に異様に厳しいんだ。それで自分は強いから大丈夫って顔して、周りを安心させようとする癖がついてんだよ」


「周りを……私たち家族も?」


「だな。だから甘やかしてミロク自身を安心させようと、俺らは思ってる。俺らは裏切らないって甘やかす存在だって思わせる。ま、俺とオッサンがミロクを気に入ってるっていう前提あってこそのやり方だけどな」


 電車の振動に身を任せ揺られながら、ニナは思い返してみる。兄のミロクはいつも最後に何て言っていただろうと。

 そう、彼は言葉の最後にいつも「大丈夫」とか「頑張るよ」など言っていた気がする。


「ま、紙一重なんだけどな。ミロクの場合は引きこもりだったけど、病んだ時の症状は他にも色々あんだろ? 俺だって女関係のゴタゴタの時は、何かに引っ張られる感覚があったからなぁ」


「……」


「とにかく、アイツは引きこもりが一番安心できる状態だったんだろう。でも今は出ずっぱりだ。だから外で甘やかす、他人で安心出来る存在になりたかったんだ。俺らは。そんだけだ」


 黙っているニナに、色々話しすぎたと反省しているシジュだったが、顔を上げたニナは目をキラキラさせて彼の手を掴む。思わず体を硬直させるオッサンは、次の瞬間さらに体が固まるのを感じた。


「兄を、ありがとう、ございます……」


 少し頬を染め、花が綻ぶような彼女の微笑みに内心舌打ちをするシジュ。ニナにここまで好印象を与えるつもりではなかったと後悔するも、その後も続くニナの唐突な笑顔にいちいち過剰反応する羽目になり、銀座でミロクと合流した頃にはすっかり疲れ果てているシジュであった。


お読みいただき、ありがとうございます !

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