155、344初のアルバム発売日、イベント特典とは。
フミちゃん早めに帰ってきました。
「おかえり! フミちゃん!」
「ただいまですミロクさんぶふぅっ!」
誰よりも早くフミに飛びついて、自分の胸の中にすっぽりと収まるポワポワな茶色の髪を愛でるミロク。年末から年越しまで10日ほど会えなかっただけなのに、仕事柄ほぼ毎日会っていたために喪失感というか、フミロス(?)が辛かったミロクだった。その小さく柔らかい体を抱きしめる彼の身体は、日々のトレーニングによって細身とはいえそれなりに筋肉が付いている。胸筋に顔を押し付けられモガモガと苦しそうなフミを見て、ヨイチとシジュが慌てて救出する。
「ああ、もう少し堪能したかったのに!」
「いやいや俺らのマネージャーを窒息させる気かよ」
「大丈夫かい?」
「ぶふはぁー、ぜー、はー、だ、だいじょぶです社長……」
乙女らしからぬ声を出していたフミは、ヨイチに支えられフラフラしながらも何とか立ち直った。心なしか頬が少し赤いのはご愛嬌である。
シジュはそのままミロクにヘッドロックをかけつつ頭をワシワシと撫で回している。
「や、やめてくださいシジュさん!」
「反省したか!」
「しました〜しました〜次は手加減しますから〜」
「やらないとは言わないんだね」
呆れたような顔で笑うヨイチは、未だ息の整わないフミの背をさする。
「義姉さんの捻挫は軽かったみたいで良かったね」
「はい。父が大袈裟に心配しているだけだって、母が謝ってました。大晦日の飛び入り出演の企画、調整大変でしたよね?」
「日頃のマネージャーへの感謝をもっとしなきゃって思ったよ」
「ふふ。あ、皆さん挨拶遅れてすみません。今年もよろしくお願い致します」
ペコリとお辞儀するフミに、オッサン三人は居住まいを正す。
「よろしく頼むよ」
「よろしくね、フミちゃん」
「頼んだぜ、マネージャー!」
「はい!」
幸運にもドラマの撮影が始まるのは、344(ミヨシ)初のアルバム発売日の後だ。オッサン三人と女子一名は事務所に戻り、アルバム発売日に行うイベントの打ち合わせをすることになった。
本来この後はオフにする予定だったが、早めに帰ってきたフミもいるので早速仕事となった。いや、むしろフミが早く仕事をしたがっていたのだ。そんな彼女のやる気に「休みたい」などと言って水を差すオッサン達ではない。
「やっぱり私も、ミロクさん達を輝かせる一助になりたいんです。年末の飛び入り出演ライブで、その場に居れなかった事をすごく後悔しましたから」
「いや、アレはなかなか反応が良かったね。事前にそれとなく宣伝したのと、大御所の小夜子姐さんに助けられて……だけどね」
「コロッケ屋のおばちゃんなんか『あんな若造に負けるんじゃないわよ!』とか発破かけてくるしなぁ」
「彼らはデビューしてから休む間も無く、どんどん曲出しているからね。負けていられない……というか、ミロク君は相手にもしてないみたいだけど」
「え?そうなんですかミロクさん」
「そうだね。彼らと俺とは次元が違うでしょ? リア充と引きこもり、みたいな。所詮相容れないんだよ」
「ミロクさん、とりあえずドラマの撮影では必ず会うでしょうから、次元は合わせましょうか」
「えー、面倒だよー」
「ミロク君はそこ宿題にしておくから。で、アルバムの話だけど、イベント特典ではサインの他に何かないかな?」
「握手け…」
「はいアウト!」
嬉しそうに発言するシジュの後ろ頭を、ヨイチがすぱこーんとスリッパで引っ叩く。
「ダメですよシジュさん、俺ら普通にそこら辺で握手しちゃってますし」
「なら握手以上か? ハグとか、チュー…」
「はいダメです!」
今度はフミがシジュの後ろ頭をすぱこーんとスリッパで引っ叩く。まさか叔父と姪のコンボがくると思わなかったシジュは前に突っ伏し、ミロクは見事な連携プレーに思わず拍手をする。
「チューはダメか」
「ダメです! アイドルは神聖なものなんです!」
オッサンのアイドルに神聖なもんはあるのか?と首を傾げるシジュに対し、アイドルとはどういう存在なのか熱く語り出すフミ。その中でポツリとヨイチは呟いた。
「頬にチューもダメかな?」
「良い顔しないと思いますよ……姉さんが」
最後のミロクの一言に、条件反射なのかビクリと肩を震わせるヨイチ。急に挙動不振になった叔父は放置する事とし、フミは話を進めていく。
「ハグくらいなら大丈夫ですかね。挨拶でハグする文化のある国があるくらいですから。私もそれならなんとかごにょごにょ」
「ん? ごめんフミちゃん、よく聞き取れなかった」
「い、いえ、お気になさらず!」
「じゃあ、こんなのはどうだ?」
344初のアルバム発売日、イベント当日。
大型CDショップのイベント専用の場所が会場として取れたのは、影で尾根江が動いたからと思われる。
事前の情報でのイベント特典は、会場でCDを購入した全員へのプレゼントと、抽選でのプレゼントがあるらしい。その内容を聞きつけたのか、会場は予想を超える多くのファンが集まっていた。
「おい、こんなにいるのかよ」
「シングルの発売イベントとは大違いですね」
「年末のテレビ出演、かなり視聴率高かったらしいよ」
舞台で手を振りながらも小声で話すオッサン三人。ミロクは毎度の事ながら緊張するものの、少しずつ『舞台』というものに慣れてきたようだ。自然な笑顔を浮かべるミロクに、会場の中では腰砕けてへたりこんでいるお嬢さんもいる。彼の場合「作らない笑顔」の方が破壊力が高いのだ。
「それでは! 会場の皆様、番号札はちゃんと持っていますか!」
すらりと背の高い司会者の女性は、明るくハキハキと進行していく。その声に観客は番号札を上にあげたり、振ったりしてミロク達にアピールしていた。
「では、発表です! 42、92、105……」
番号を読み上げる司会者。その番号に一喜一憂するファンの人々。
「なんか、すげー熱気だな……」
「まさかこんなに需要があるとは……シジュさんがノリで言っただけなのに」
「僕も、シジュの企画力にはびっくりだよ……」
顔を引きつらせるオッサン三人の横で、なぜか司会者の女性も興奮しながら進行している。
「今呼んだ方々は、344(ミヨシ)メンバーとの、ハグの権利があります!」
歓声が起こる会場。それに手を振って「まだ! まだですよ!」と叫ぶ司会者。
会場内は未だ興奮冷めやらぬ状態だが、少し静かになった。
「ここからは公開されていなかった特典ですが! 今から三人だけ、追加で番号を読み上げます! そしてその選ばれし三名の特典は……」
一気に静かになる会場。ピンと張り詰めた空気の中、司会者が叫ぶ。
「なんと! お姫様抱っこしつつ、耳元で甘い台詞を囁いてもらえる権利が得られるのですっ!!」
その日、その時。
突如鳴り響いた謎の轟音は、建物の外にいる人にまで響き渡るほどの凄まじい力を持っていたそうな。
お読みいただき、ありがとうございます。
お姫様抱っこで甘い台詞を耳元で囁かれるって、どうなんでしょう…ね…




