152、禁書をもらう弥勒と、お守りをする司樹。
おそくなりましたー
『ほぼ決まっている』という344(ミヨシ)のドラマ出演に関する事は、戻ってきたフミがスケジュールの管理をする。
仕事始めの事務所は、年始回りや、お年賀を配ったりなんだりでとてつもなく忙しい。去年とは違う忙しさに、以前から事務所にいるスタッフは何倍にもなった仕事量に早くも息切れしている。
フミは明日から出社となっていて、ミロクは事務所に来て早々会議室で打ち合わせとなった。疲れているスタッフ達にミロクの無差別フェロモンを浴びせる訳にはいかないのだ。
「ミロク君、シジュ、僕は社長の仕事があるから、ちょっと頼めるかな」
「了解。ミロクの世話はおれがやっとくわ」
「えー、俺そんなに世話かけないですよー」
「お前な……」
「ミロク君はとりあえずこれ見といて。シジュ、僕も後から行くから」
ヨイチは小冊子をミロクに渡し、後のことはシジュに任せる事にする。ミロクよりも体力のあるシジュの方が適任だろう。
年末にヨイチが予定していたドラマ関係者の顔合わせがある今日、社長として外せない仕事がある彼は不安もあるが二人に任せる事にする。遅れての参加は印象悪いだろうが、こればっかりは仕方がない。
仕事始めには戻ってくると思っていたフミが不在と知り、ミロクのテンションはダダ下がりだ。それを無理に上げることはしない。やる気のオンオフ切り替えボタンはもうすぐ帰ってくるのだから。
それよりもやる気云々関係なく出てくるミロクのフェロモンは、一体何なんだと年長者二人はため息を吐いた。
事務所を出て、冬らしい冷えた空気の街中を駅まで歩く。車はヨイチが使っているので、ミロクとシジュは電車で行く事になった。
仕事始めとはいえ、世間では未だ冬休みのようで人通りはほとんど無い。
「なぁ、ミロク。お前なんでマネージャーと付き合わねぇの?」
「何ですか。藪から棒に」
「そんな風に一喜一憂しているのを見るとだな……」
「別に付き合っても一喜一憂すると思いますけどね。俺、女の子と付き合ったことないですし」
「ああ、まぁ、そうだよなぁ」
髪をかき上げつつ、自分の頭をワシワシと掻くシジュは珍しく何かを言い淀んでいる。ミロクはそんな彼の様子に気づき、首を傾げて立ち止まる。
「シジュさん?」
「いや、何でもねぇ。俺も人のことをとやかく言えねぇしな。……ところでさっきヨイチのオッサンから渡された冊子は何だったんだ?」
「ああ、これですか? やぁ、ヨイチさんが里帰りした時にピックアップしてきてくれた写真集です!」
頬を赤く染め、愛おしそうに冊子を見やるミロクの後ろから覗き込むシジュ。
「おい。ロリコン」
「やめてください。シジュさんじゃあるまいし」
「人聞きの悪い事を言うな。それ、本人の許可は取ってるのか?」
「見つかるヘマはしませんし、見つかったらヨイチさんがくれたって正直に言いますしおすし」
「おすし言うな」
ミロクの持つ冊子はミニアルバムになっており、フミの幼い頃の写真が多く貼られていた。本人が見たら怒るか恥ずかしがるか、その両方か……で、あろう。
道歩くミロクから花咲いているような幻を見つつ、シジュは彼の背を押しつつ電車に乗り込んだ。
大晦日に来た時とは違い、今日はテレビ局員や番組スタッフが走り回ることもなく、人気もなく静かだ。
受付でディレクターの名前を出すと、一人の若い男性スタッフが走ってくる。慌てている様子にミロクは自分達が遅れたかと一瞬焦るも、そのスタッフの彼はペコペコしながら「時間前に顔合わせが始まる事になった」と言ってひたすら謝っている。
「ホントすみません! 何故か皆さん時間前に集まっちゃって……」
「別に俺らは良いけどよ」
早歩きで会議室に向かうミロクとシジュ。案内する男性スタッフは、ずっと中腰のままで移動している。ミロクは彼の中腰姿勢を維持する筋力がすごいと感心する。これが若さかと先日と似たような感想を持つオッサン二人であった。
大きめの会議室が並ぶ階、その中の一室に通されると、コの字に並べた椅子と机には空席を三つ残して全員が座っている。
圧迫面接の様相を呈しているこの場に現れた美丈夫二人は、室内にいる全ての人間から視線を浴びるが、彼らのメンタルは微動だにしない。ミロクは先程の冊子でフェロモンが程良く抜けているものの、注目されると反射的に笑顔を振りまいて早くも爆撃を開始している。
シジュはギロリと周りを見回し、ニヤリとした笑みを浮かべた。
「ええと、遅れた訳ではないんですが最後で申し訳ない。さて、始めますかね?」
目を眇めて言う無精髭のオッサンから放たれる威圧。舐められちゃいかんと気合を入れたシジュだが、監督を含む全員が頷くのをみて若干拍子抜けした気分になる。この場の雰囲気がつかめないまま席に座るシジュと、その後にペコリと一礼してミロクが座った。
「そ、それでは、自己紹介から始めたいと思います。名前と顔を憶えられるよう、ネームプレートを用意してあります」
先程ミロク達を案内した男性スタッフが進行をする。
監督、番組のプロデューサー、ディレクター、脚本家……と、視線を送ったところで、ミロクは小さく「あ!」と声を上げる。その声に気づいたシジュは目で問うと、ミロクは顔を寄せて彼の耳元で囁く。どこかで「ふぐぅ」とか「んがふっ」という謎のうめき声が聞こえたが、今はそれどころではない。
「ヨネダヨネコ先生がいますよ」
「んん? いねぇだろ?」
「シジュさんの対面に座ってますって」
シジュの真正面に、脚本・ヨネダヨネコ(原作者)と書いてあるネームプレートを置く一人の女性。
メガネかけておらず、重くしてある前髪は上げて、顔には薄化粧を施している。
日に当たっていないであろう白い肌に、薄いピンクの口紅が映えている。
高校生であるはずの彼女だが、カジュアルなスーツ姿のためか大学生と言われてもおかしくはない姿だ。新人女優と言われてもおかしくはない彼女の姿に、シジュは思わず大きな声を出しそうになり慌てて口を押さえる。
「あれは詐欺だろ。何でミロクは分かるんだよ」
「分かりますよ一目見れば。営業職の経験が生かされています」
「それ、営業職は関係ないだろ……」
そんなやり取りをしている内に、自己紹介が始まる。
そして、表面上は穏やかなこの場の水面下で、出演者同士の戦いが始まるのであった。
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