146、オッサンアイドルのクリスマス。
メリークリスマスですね。
344(ミヨシ)ドラマ出演云々の話は年明けになりそうだった。
年末の特番生放送などの準備で忙しいテレビ業界は、とりあえず保留という形になっている。尾根江の話では確定ということであったが、ヨイチの中では保留という扱いだ。関係者の顔を見て仕事の内容に納得してからでないと、事務所の人間として話を進める気は無かった。
「クリスマスかぁ……」
今日は十二月二十四日。世間ではクリスマスムードで盛り上がっている。
今年は土日というのもあって、街中はカップルに溢れていた。
そんな寒空の中ヨイチはコートの前を合わせ、事務所のあるビルの裏手へ足を向ける。恋人であるミハチは「急な仕事が入った」と先程メールをもらっている。それでも待ち合わせであるバーには行く事にした。
「まぁ、ね。やっと実った恋の初めてのクリスマスだし。そりゃあ用意もするよね」
それだと料理が余るだろうと、スマホを操作すると即返事が来る。あいつはどれだけ暇なんだと苦笑しつつバーに入ると、思いもよらぬ人物を見て驚く。
物憂げな表情で長めの前髪をかきあげる仕草で、相変わらずの色気ダダ漏れなミロクがカウンターに一人で座っている。
「あれ? ミロク君どうしたの? フミと会う約束していなかったっけ?」
「はい。夕食に誘っていたんですけど、フミちゃんのお母様が怪我したとかって……」
「え? 義姉さん? ああ、足を捻挫したって言ってたね。フミは正月に帰るって言ってたよ?」
「俺が、すぐ帰ってあげてって言ったんです」
その言葉にヨイチと、カウンターの奥で聞いてたらしいバーのマスターまでもが驚いた顔でミロクを見る。ミロクとフミは付き合っていない。それでもお互い思い合っている事は分かっている。そんな状態の二人が約束していた食事をキャンセルするとか、どういう事なんだとヨイチは彼を小一時間問い詰めたくなっていた。
「……ミロク君」
「分かってます。俺がバカなんです。フミちゃんは明日行くから大丈夫って言ってたんです。でも事務所は今日から年明けまで休みだし、俺たちはラジオの仕事しかないし……フミちゃんの気持ちを考えると早く行ってあげたいんじゃなかなって」
「うーん、まぁ、ちょっと楽しめないかもしれないけどねぇ……」
ミロクは真剣にフミの事を考えたのだろう。しかし、今日くらいは一緒にいれば良かったんじゃないかと、ヨイチは不器用に真っ直ぐな彼の頭にポンと手を置く。
「不器用だねミロク君は。でも、フミの気持ちを考えてくれてありがとう」
「いえ、俺がそうしたかっただけなんで」
ヨイチの言葉に、嬉しそうに微笑むミロク。ヨイチとマスターは「んぐっ」と謎の呻き声を発する。他に客が居なくて良かったと思うマスターは、ドアの開く音に視線を向ける。気怠げににのそっと入ってきたシジュは、革のコートの他はモノトーンでまとめている。彼にしては地味めの服装だ。
「うおぉうっ、なんだミロクはマネージャーと一緒じゃねぇのか? ケンカか?」
「違いますよ。シジュさんこそどうしてここに?」
「俺はヨイチのオッサンに呼ばれたんだよ」
「あ、そうですよ。ヨイチさんは姉さん一緒なんじゃ……もしかしてここで待ち合わせでしたか?」
「そうだったんだけどね、ミハチさん急な仕事で出張に行っちゃって」
「んで、ここのマスターに用意してもらった料理を、俺が食える事になったってわけだ」
マスターは苦笑しつつヨイチとシジュにギネスビールを出し、ジャーマンソーセージとマッシュポテトを大皿で三人の前に置く。
ミロクも飲んでいたジンジャーエールを飲み干し、二人と同じくギネスにしてもらう。
「なんだ、結局いつものメンバーだな」
「いや、寂しいシジュのために僕らは集まったというテイで」
「あ、それいいですね。良い事した感じで心が晴れます」
「あーはいはい、俺のためにありがとな。メリークリスマス!」
「「メリークリスマス!」」
ギネスのクリーミーな泡と、コクのある黒ビールの味を楽しみつつ、ソーセージのプチリとした歯ざわりと弾ける肉汁の美味しさに三人は頬を緩ませる。
「これ、マスターの手作りソーセージらしいよ」
「ちゃんと燻製してるとか、さすが凝ってるな!マスター!」
「ああ、これは姉さんが悔しがりますね。マスターこれまだあります?」
頷くマスターにホッとするミロク。こんな美味しいものを食べれなかったら可哀想だと彼は考えた。そして姉のミハチが、今日のイベントを本当に楽しみにしていたのを弟は知っている。
(姉さん、会社の人に殺気とか放ってないと良いんだけど)
ミロクは何か悪寒を感じて身体を震わせると、シジュが気づかうような目線を送ってきたのを、笑顔で首を横に振り大丈夫だと伝える。
次々に出てくる色とりどりの料理に、マスターの気合の入れっぷりが分かる。マスターも密かにヨイチとミハチの恋を応援していた一人であったからだ。
その時、もう来ないと思っていた新規の客が来たのか、ドアの開く音と外の冷たい空気が入って来る。
「メ、メメメ、メリー、クリス、マスです!」
耳慣れた音は、普段よりも小さく、か細い。振り返ったミロクはその綺麗な顔が、驚きのあまり口を開けっぱなしのまま呆然としていた。
赤いチューブトップのミニスカドレスに身を包んだフミ、胸元とスカートの裾には白いポワポワの毛が付いている。茶色の猫っ毛には赤いサンタ帽子をかぶり、白いレースの膝上靴下はチラリと見えるガーターベルトが何ともいえない可愛い色気というか何というか、ミロクの心中は今現在謎の祭りが繰り広げられている。
その後ろからは同じようなチューブトップドレスに身を包んだミハチが現れ、フミとは違う身体の線が分かるようなロングドレスだが、横のスリットが深い。深すぎる。ヨイチが口元を手で押さえ、珍しく顔を真っ赤にしている。
そんな二人を尻目に、シジュは一人冷静にツッコミを入れる。
「刺激が強すぎんだろ」
「まだまだ来るわよ!ニナに真紀ちゃんも!」
ニナは仕事が終わってすぐに来たらしく普段着にトナカイのカチューシャをしているだけだが、真紀は泣きながら全身茶色のタイツのトナカイだ。しかも鼻には赤い丸を付けられている。
ミハチに逆らえなかったであろう真紀をシジュとニナは慰め、我に返ったミロクは慌ててフミに問う。
「大丈夫なの? お母さん」
「はい。むしろ明日にして欲しいって。今日はお父さんと二人でレストランに予約してたそうで……」
「はは、ご両親はラブラブなんだね」
「お父さんは否定してますけど、二人は本当に仲良しです。それで事務所に行こうとしたらミハチさんが大荷物を持っていて……」
「今日の仕事先で使ったのを借りてきたわ! 取り戻すわよ! クリスマスを!」
半ばヤケになったミハチの暴走により、貸し切り状態のバーでワチャワチャのクリスマスになったが、これもまた楽しいなとミロクはフミに笑顔で言った。
「ありがとうフミちゃん。メリークリスマス!」
「メリークリスマスです! ミロクさん!」
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