141、学生作家と弥勒の羞恥。
自分の年齢を告げても信用しない女学生に、どうしたら信用してくれるかなと思っていると、突然目の前に細身の男性が割り込んで来た。自分より年齢は若そうに見えるメガネをかけた男性は、かなり慌てた様子で女学生に向かうと、音量を抑えた声でまくし立てる。
「ヨネダ先生! 今度は何をやらかしたんですか! 書店さんに迷惑かけちゃダメだって言ってるでしょ!」
「べ、別に何かしたわけじゃ……ちょっと過去の自分の本を見ようとして」
「見ようとして?」
「平積みの……本の上に置こうかと……」
「それ絶対やっちゃいけないやつ!!」
「自分の新刊の上だもん!」
「尚更ダメでしょう!」
(いや、尚更じゃなくて、どっちも同じくらいダメだろう)
ミロクは二人のやり取りを呆れた顔で見ている。たまに平積み(新刊によくある本の表紙が分かるように置かれ、積まれている状態)の本の上に、違う本を乗せて宣伝しようとする不届きな輩がいる。それを作家本人がやろうとしたらしいが、自分の新刊に乗せようとした意味が分からない。
ミロクはふと手に持っている彼女が置こうとした本を見る。
(えっと『社畜は異世界でチートではなくニートになる』ねぇ……)
元ひきこもりニートのミロクとしては、気になるタイトルだった為つい手が伸びた。最近のネット小説だと、現代日本人が異世界に行ってチートという「すごい(ずるい)能力」を授けられて無双するのが定番である。そこをニートになったからってどうするんだろうと興味が湧いた。しかもニートだと冒険出来ないではないか。
(いや、冒険は出来るか。ひきこもりじゃないニートなら……だけど)
「あれ?」
女学生と言い合っていた男性がミロクに気づき、さっと頬を染めて目を見開く。
「え? え? ええええ!? 344(ミヨシ)のミロク王子!? 何でこんな所に!?」
「ん? 誰それ」
「知らないんですか!? ……ああ、先生はアニメに興味ないですもんね。でもロボットアニメとして『ミクロット』は知ってますよね?」
「ん。名前だけなら」
「その今季のアニメで挿入歌を歌っているオッサンアイドル344のメインボーカル、通称ミロク王子ですよ! 彼らに惚れ込んだ制作側が、異例のキャラ変更したという逸話もある今最も熱い三人組です!」
「王子じゃないけど……」
「え? 王子ですよね? 」
「……あ、はい」
有無を言わさぬメガネ男子に気圧されるミロク。思わずコクリと頷いてしまう。
「オッサン?」
「その三人はアイドルとしてデビューしましたが、全員アラフォーなんです。まぁミロク王子は少し若いですけど」
女学生は驚いた表情でミロクを見る。どうみても大学生くらいにしかみえない彼が三十代後半とは、どうしても見えないと思っている。大丈夫。大多数が思っていることだから、彼女がおかしい訳ではない。彼女の担当らしきメガネ男子は苦笑している。
「ところで、何で担当さんは詳しいの? オタクだから?」
「オタクは否定しませんけど、うちの編集部は元々アニメ雑誌を刊行してますから。『ミクロット』は特集も組みましたし詳しいですよ」
「へー」
そんなやり取りをする二人に、思わずミロクは声をあげる。
「あ、もしかして川口さん? 色々と取材受けていてうろ覚えなんですけど……」
「お、覚えててくださったんですか!」
メガネ男子の編集、川口は涙ぐんで感激している。そしてミロクが持っている本を見てポンと手を叩く。
「ミロクさん小説というかラノベが好きなんですよね。せっかくなんで、うちの先生のサイン本をお送りしますよ。なのでそれは買わなくても大丈夫ですよ」
「なら、尚更買いますよ。これは読むようにして、サイン本は綺麗なままでとっておきますから」
「「素晴らしい!!」」
作家女学生とメガネ男子編集の息の合ったコメントに、ミロクは苦笑いで返した。
なんとか暗くならないうちに家に帰ったミロクは、まだ家族の靴がないのにホッとするが、見覚えのない靴が一足置いてあるのを見て首を傾げる。
(ニナの? それにしては少し小さいような……)
リビングに行き、飲み物でも飲もうかと中に入ると、目の端に茶色のポワポワが映る。
「え? フミちゃん?」
「……」
下唇を噛んで、眉を八の字にして震えているフミに、ミロクはつい彼女の頬に手を当て、親指で口元をそっとなぞる。
「ダメだよ、噛まないで」
「!!」
一気に顔を赤くするフミに、ミロクはフワリと微笑む。そんな彼に一瞬見惚れたフミだが、慌てて頭を振る。さっきもこんなシーンを見たような気がするとミロクは思い出そうとしていると、目の前にいるフミが腰に手を当てて「怒ってます!」という表情を作るのを見て慌てる。
「え? 何?」
「何じゃありません! 私、今日は社長とミハチさんからミロクさんのお世話を頼まれたのに、なんで居ないんですか!」
「ごめん、ちょっと本屋に買い物行ってて……」
「外出禁止でしたよね!」
プンスカと頬を膨らますフミに、初めはシュンとしていたミロクだがその可愛さにだんだんメロメロになっていく。
「何をニコニコしているんですか! 私は怒っているんですよ!」
「うん。分かってる。ごめんなさい」
そう言いながらもミロクはフミの頭を優しく撫でている。一生懸命慣れていない怒る表現をするフミは、牙もない小動物が必死に噛んでくるが甘噛みになっているようなものだ。ミロクとしては痛くも痒くもなく、ただただ可愛いと感じるだけだ。
「それに本屋なら、私に頼めば買ってきましたよ?」
「それは無理! 無理無理!」
「へ?」
急にフミから目を逸らし、ゆでダコのように真っ赤になるミロク。普段ほとんど見せないその表情にフミは驚いて怒りを忘れてしまう。
「そんな恥ずかしいこと頼める訳ないでしょ!」
「本、買うだけですよ?」
「だから! それが無理なの!」
フミは本を読まない訳ではないが、誰かに頼んで買ってもらうことに特に抵抗はない。ミロクが恥ずかしがる理由が分からなかった。
「社長とかシジュさんに貸したりしてますよね? 」
「そうだけどそうじゃなくって!」
これはきっと本を多く読む人間にしか分からない羞恥心なのかもしれない。ミロクは詳しい説明はせずに、とにかく恥ずかしいということだけ話して、フミは首を傾げながらも最後には納得してくれた。
(俺だけじゃないはず……この恥ずかしさ……)
疲れ果てたミロクだったが、フミの手料理(卵のおじや)を食べて元気になり、しっかり戦利品を読んで発売日当日に、無事『ヨネダヨネコ』先生へ感想を送ることができたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
密かに行われているツイキャスも、お暇でしたら……。