15、そして運命は再び動きだす。
発表会当日、三人はスポーツジム近くの公園に集まっていた。撮影係としてフミがカメラを持ち、動きの見直しをする。
土曜日の早朝は、まだ人も少ない。ヨイチはふくらはぎに湿布を貼って、ストレッチをするシジュに問いかけた。
「で、動きはどうかな。社長業務を合間に練習して、モデル君達に爆笑されたんだけど」
「すごいですヨイチさん、忙しい中よく憶えられましたね!」
「フミも結構スパルタなんだよ……」
「もう!叔父さんそういうの言わないで!」
頬を染めて怒るフミに、シジュがまぁまぁと宥める。
「そのおかげで、ほぼ完璧だ。後は本番で精一杯やるだけ」
「衣装は今回メーカーから提供されました。発表会のリハーサル前に、撮影させてほしいそうです。三人で」
「「え!?」」
急にお仕事モードになるフミに、慄くおっさん二人。
「ミロクはともかく、僕らは……」
「背も高いし見映えが良いですからね。メーカー側の希望ですし、ミロクさんの仕事も増えますよ〜?」
「まぁ、良いんじゃね?今回だけでしょ。衣装代かからないし、ミロクがモデル頑張れば良いだけだし」
「俺、頑張ります!」
ミロクは緊張していた。正確には一週間前から緊張していた。そしてその緊張は今ピークに達しようとしている。
冷たくなっていくミロクの手に、小さくふっくらした手がそっと重ねられた。
(温かい…柔っこい…)
ミロクは頬を染めながらも、目を閉じてフミの手の温かさに集中する。深呼吸していると自分の手にも熱が戻ってきた。ゆっくり目を開けると微笑むフミがいた。
「ありがとう、フミちゃん」
「今日は楽しんでください。格好良いミロクさんをいっぱい見せつけちゃってくださいね」
「見せつけられたのはこっちだ…」
「ま、いいじゃねーか、今日は見逃してやれ」
顔を真っ赤にした二人が慌てて距離をとる姿は微笑ましく、さっきまでの緊張はどこかに行ってしまったようでホッとするヨイチとシジュだった。
会場は近所にある市民会館で、少し大きめの映画館くらいの広さはある。
今回はスポーツジムの隣にあるキッズダンススクールの会員や、老人会の方々の謡や踊りも同時に開催することとなっている。
(けっこう広いな……)
人に見られる事に慣れてきたとはいえ、こういう舞台というのは初めてだし不安になる。そんなミロクを見ていたヨイチは「大丈夫じゃないのは君じゃない、僕だよ!僕は社長なんだよ!」と泣きそうな声で言って笑わせる。
人がごった返す控え室で、なんだかんだ言いながら着替えていると、この日の為に仕事を抜け出してきたミロクの妹ニナが顔を出す。
この後すぐ戻ると言って、悔しそうなニナをミロクは頭を撫でて慰めると、途端にご機嫌になるニナは安定のブラコンっぷりを見せていた。
ヨイチをバリカンを使わないソフトモヒカンっぽくして、シジュには髭の整え方を指導しつつ、天パを生かした長髪にして前髪を少し垂らす。ミロクもせっかくだからと、ちょっと固めにセットしてもらう。
順番は一番最後だ。
スポーツジムの会員は毎回トリを務めることが多いらしく、三人は静かに順番を待つのであった。
舞台は暗い。アコースティックギターのソロから始まり、パッとライトに照らされる三人。
頭に乗せた中折れハットに手を置き、白のスリーピースのスーツにそれぞれ赤・黄色・青のシャツを身につけている。
アップテンポの前奏に三連符二回を複雑なステップで刻む。
歌に入ったミロクは会場を見る。
客席は暗く客の表情はほとんど見えない。でもどこかに家族や事務所の人や、ジムの会員さん達がいると思うと自然と笑みが出る。
モデルの仕事でもカメラの向こうを意識する。ここでもそれは変わらない。
見てくれる人がいるという事。自分の存在を受け入れてくれる人がいる事。
横を見れば、ヨイチさんは温かい笑顔を見せてくれて、反対にいるシジュさんは色気のあるウィンクをくれた。
会場からは黄色い声が上がる。甘く響くミロクのテノールと蕩けるような笑みにうっとりとし、ヨイチの温かい少しはにかんだ笑顔には大人のお姉さま達が腰砕けとなり、シジュのワイルドな胸元と魅せる事を知っている元ホストの武器を駆使してお嬢さん方を魅了する。
三人三様の個性はこのままでは終わらない。
前半は二拍を一動作としてスローなイメージで踊り、サビの少し前からワチャワチャ動いてアップテンポになる準備を見せていく。
サビに入ると三人揃ったステップで、ヒップホップを部分的に取り入れた複雑な足捌きで客の目を足元に向ける。
と思うと、帽子をタンバリンのように振りながらラインダンスっぽい動きでコミカルな雰囲気を出す。
間奏とBメロには歌詞の内容を表現する。ヨイチとシジュの掛け合いに、最後のサビの導入と一緒にミロクが割って入ると会場は笑いに包まれた。
最後のサビでは会場全体が手拍子に包まれ、最後の三連符四回ステップを何とかこなす。
帽子を上に投げてフィニッシュ。
そしてへたり込むおっさん三人。
笑いに包まれる会場。
「だー!終わったチクショー!」
「僕はもういいよー!」
「楽しい!あはははははっ!」
鳴り止まない拍手に気づき、よろよろ立ち上がってお辞儀をする。
汗だくで膝をガクガクさせて、シジュはヨイチに肩を貸して、そんな様子を見たお姉さま方とお嬢さん方は一斉に熱い吐息を漏らす。
ミロクは嬉しくてニコニコしているのを女の子たちは皆うっとりと見ていたが、一生懸命ぱちぱち拍手しているフミに気づくと、そちらに向かって蕩けるような笑みで投げキッスを送る。
途端に響く女性陣のものすごい悲鳴。
ミロクは『格好良いミロクさん』をフミに見せたつもりだったが、当のフミは眩暈を起こして隣にいたミハチが支え、舞台の天然タラシ男はおっさん二人に後ろ頭を叩かれて撤収と相成った。
そしてこの発表会は、またしてもミロクの運命を動かしていくのであった。
お読みいただき、ありがとうございます!