124、文化祭初日、344の活躍。
とある高校の文化祭当日。
男子生徒も女子生徒も、教師陣でさえも、彼らは等しく恩恵を受けることとなった。
一般公開日にライヴを行うというアイドルグループが、生徒会と文化祭実行委員会と組んで『執事・メイド喫茶』を開くという話が前日に出回っていた。
アニメの挿入歌を担当したことや、化粧品のCMに出ていることで344(ミヨシ)の名を知っている生徒もいたが、全生徒が知るほどに知名度は高くない。
それでも彼らを知る生徒たちは、こぞって噂の『執事・メイド喫茶』にやって来た。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
少し長めの黒髪は毛先を少し遊ばせつつも清潔感のあるヘアスタイルに、すっと通った鼻筋に黒目がちの瞳、艶やかな薄い唇からは甘く心地良いテノールで挨拶された後、丁寧にお辞儀をした男性に迎えられる。
スラリとした細身だが痩せすぎてはおらず、程よく筋肉のついた体を包む黒い執事服は、彼のためにあつらえたかのようによく似合っていた。
「あ、あの、えっと」
「お嬢様、俺のことはミロクとお呼びください。まだ見習いなので、お席への案内しかさせてもらえないのです」
「そ、そうなんですか」
「でも、お呼びいただければ、すぐ駆けつけますからね」
呼んでくれたら嬉しいなという風に、ミロクはふわりと笑う。一瞬意識がなくなりそうになった女生徒達だが、ふわふわしている彼女達をミロクは上手く誘導して席に着かせた。
「では、茶葉をお選びください。詳しい者と変わりますね」
素早くメニューを渡すと、ミロクは奥にいる男性に声をかける。
代わりに出てきた男性は、浅黒い肌にクセのある黒髪は後ろに撫でつけられている。執事服はきっちり着ているものの、少し窮屈そうに首元に指を入れていた。
席に座っている女生徒達に気づくと、少し垂れた目を細めてニヤリと笑う。
「可愛いお嬢様方、茶葉の種類はお決まりか?」
力強い物言いに、少しびっくりする女生徒達。そんな様子に構うことなく、彼はツカツカと近づき彼女達の前に跪いた。何事かと慌てる女生徒の一人の手をそっと取る。
「お嬢様、俺の可愛い人、決まらないのであれば……俺の好みにしてやろうか?」
「え?えええ?」
「なぁ、お嬢様。お茶じゃなくて、俺を選んだりとかしないか?」
怪しく光るその瞳の奥に、思わず吸い込まれそうになる女生徒達を救ったのは、跪く彼の頭をスパコーンと叩く年上らしい男性だった。その手には何故かスリッパが握られている。
「シジュ、お嬢様に乱暴な口調で話さない! 見習いのミロクの方が話し方が上品だよ!」
「オッサン……じゃない、執事長。俺はお嬢様の緊張を解そうと……」
「申し訳ございません、お嬢様。彼は博識なので重宝しているのですが、美しくお可愛らしいお嬢様には毎度つい甘えてしまうのですよ」
執事長と呼ばれた男性は、前の二人と同じくスラリと背が高く、細身というよりも均整のとれた体躯をしている。アッシュグレーの髪をきれいに整え後ろに流し、綺麗に整った顔は「和風な美」といった感じだ。
モノクル(片眼鏡)の奥にある切れ長の目は一見冷たいようだが、女生徒への視線はとても温かく柔らかい。
「申し遅れました。彼はシジュ、私は執事長のヨイチと申します。以後お見知りおきを」
「よ、よろしく、です」
ヨイチは綺麗な顔にキラキラした笑顔を浮かべる。彼のその笑顔に女生徒達は揃って頬を染めた。
「本日も勉学に励んでらっしゃったようですね。お茶は……そうですね、シジュにお嬢様方のイメージに合うようにブレンドさせましょう。よろしいですか?」
「は、はい!」
「では、しばらくお待ちくださいませ」
スッと綺麗にお辞儀をしてその場を去るヨイチに、思わず熱い吐息が出る女生徒達。
「すごい。美形なのは知ってたけどすごいよ。鼻血出そう」
「知らなかった!こんな人たちがいるんだね!」
「ミロクきゅん、可愛い。王子可愛い」
「王子、確かに。あの人って大学生くらい?」
「全員オッサンだって話だよね?」
「え? 三十代?」
「王子は三十代だけど、上の二人は四十代だってお母さんが言ってた」
「上って何?」
「二人がお兄ちゃんで、弟一人ってかんじだからだって」
「なるほど。……滾るわ!!」
きゃわきゃわと騒ぐ彼女達の前を、ミロクが一礼して横切る。何事かと目で追うと、部屋の奥にあるグランドピアノの前で再び一礼して、そっと椅子を引いて座る。
「え? ピアノ?」
「王子って、ピアノ弾けるってプロフィールにあったような……」
「何それ、パンフレット?」
「入口で買った。五百円だった」
「買う! それ買う!」
女生徒達の話し声も特に気にしていないようなミロクは、声が途切れたタイミングでゆったりと弾き始める。弾いている曲は『puzzle』のピアノソロヴァージョンである。
一般公開日で行うライヴでは、もちろん彼らの曲を歌う。その前にメロディーラインだけでも耳慣れておけば楽しめるんじゃないかとミロクは思ったのだ。
一曲弾き終わると、リクエストも受け付ける。
数曲弾いたところで女生徒達にはお茶とスコーンが行き渡り、ゆったりとしたティータイムとなっていた。
彼女達はシジュのワイルドさに翻弄され、時にはヨイチに「お嬢様、はしたないですよ」と叱られたり、見習いのミロクの失敗談を聞いて皆で笑って彼の恥ずかしがる様子に悶えたりと、そういうひと時を過ごせた。
いくつかあるテーブルは、うまい具合に三人の執事が応対し回していた。その中には生徒の執事やメイドもいたのだが、彼らも上手く344のメンバーのこぼれ話を語ったり、彼らの解説をしたりと、客を飽きさせない接客をしている。
ミロクのエンターテイナーな部分と、シジュのホストでの経験、ヨイチのまとめる力と、それを補助する生徒達という上手い構図が出来ていた。
メニューを出すものの、シジュの演技やミロクの拙さでお茶とお菓子をうまい具合に回しているので、ほとんど同じものを出していても誰も文句を言う客がいなかった。
初日はこうして過ぎていったのである。
そして事件は、フミがメイドとして加わる翌日に起きるのだった。
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出先のバタバタな更新で、誤字あったらすみません。