110、新曲ではワルツを踊る。
遅くなりすみません!
「ワルツですか?」
「ジャズの要素も入れているよ。実は尾根江さんが急に曲を作ってきたんだよ。今回の一件にちょうど良いからぶつけちゃおうってね。PVの撮影もスタジオでやろうってことになった」
「いつまでですか?」
「……明後日」
「おい、明後日って、時間ほとんどねぇだろ!」
「ミロク君は歌を覚えるのに時間どれくらいかかる?」
「数時間あれば普通に歌えますね。歌い込みたいんで丸一日は欲しいかもです」
シジュに付きまとう勘違い女を完膚なきまで叩きのめす数日前、ヨイチから次曲のPVの打ち合わせををするということで、三人は連日事務所に集まっていた。
マネージャーのフミはサイバーチームと情報処理をしていて、シジュに付きまとう女の動きを追っている。ミロクは大切なメンバーであるシジュの為とはいえ、自分じゃない男のために動くフミを見て少し複雑な気持ちだ。しかしフミが「ミロクさん、シジュさんのために一緒に頑張りましょう!」と笑顔で言われ、速攻機嫌が良くなるミロクは案外チョロい。
「オッサン、危ないことはしねぇよな?」
「しないよ。僕はこれでも穏やかな人間なんだ。荒事には向かないから安心してよ」
「なら良いけどよ……じゃあ俺らは今回ダンスに専念するのか?」
「そうだね。今回の曲は、シジュが『社交ダンス』をやっていたという過去に、尾根江さんがインスピレーションをもらったと言ってたよ。『神が……いや、シジュ天使が降りてきた!』とも言ってたなぁ」
「何だよそれ……」
「シャイニーズ時代に基本のダンスを覚えといて良かったよ。役に立つんだね社交ダンス」
「え? オッサンも踊れるのか?」
「基本だけね。ワルツはモダンでいくみたいだから、燕尾服だよ」
「マジか。あれ息苦しいから嫌なんだよなぁ」
「ダンスの指導も頼むよ、シジュ」
ミロクはそんな二人を見ながら、パソコンから早くも曲を耳に流し込んでいる。初めは歌わず何度も曲を聴くのがミロクの歌の覚え方だ。
譜面を見ながらワルツの三拍子を意識して歌詞を追う。
(メロディは単調だけど、この音階は抑揚をつけ辛いな。ダンスをメインに見せるから、サビまでは淡々と歌う方が良いのだろうか)
あの女をギャフンとさせるには格差を見せるのが手っ取り早い。ならばダンスを前面にした方が良いのだろう。ミロクはひたすら頭に曲を叩き込み、踊りに参加出来なくても動きの一部を取り入れようと決め、その事をヨイチとシジュに話す。
その日の打ち合わせは深夜まで続いた。
ミロクの姉ミハチと妹のニナは、身体のラインがはっきりと分かる白いドレスに身を包んでいた。
今回バックダンサーの『フリ』を頼まれた二人は、見かけだけはまぁまぁな女に対して『圧倒的な美の格差』を見せつけなければいけない。
ニナも普段はそんなにしないメイクをしっかりしている。
「ごめん姉さん、ニナ。美女って他に思い浮かばなくて……」
「私は別に良いけど、ニナが嫌がっちゃって」
「別に。お兄ちゃんのお願いだし、大崎家の家訓は絶対だし。嫌っていうか……」
無表情でモソモソ話すニナの頭をポンポンとするミロク。
妹は普段女らしくする事を意識的に避けている。その理由は何となく分かるが、今回はそれを曲げて女性的に作り上げることが、ニナの中で恥ずかしかったのだろうという事は分かった。
「ありがとう」
「別に。いいよ」
礼を言う兄に、妹はやはりモソモソと返したが、その無表情は少し緩んでいるように見えた。
344(ミヨシ)がデビューしてから、たまにお世話になっているダンススタジオの女性講師は、社交ダンスからヒップホップまで、ありとあらゆるダンスに精通している。彼女が講師の道を行くことを決めた時に、仕事の合間に自分のやったことのないダンス教室に色々通ったそうだ。
ひとつのダンスを極めるよりも、様々なダンスの良い所や共通点を研究し、取り入れ教える事が使命だと笑って彼女は語ったが、それがどれほど過酷なことか素人のミロクには分からない。でも、心根はとても尊敬できる人だと思った。
「当時の事を考えると、未だに腹ただしいわ。今回それがスッキリする結果になるなら喜んで協力しましょう。うちの生徒も撮影に使ってもらえるのは良い経験になるし、こちらからお願いしたいくらいよ」
「ありがとうございます。シジュの恩師という事を聞いていたので、実は協力してもらえるのを疑っていなかったんですよ」
「あはは、面白い社長さんね。でも貴方なら信用できるわ。改めてシジュ君をよろしくね」
「ええ、もちろんですよ」
穏やかに話すヨイチと講師。バックダンサーとしている生徒も社交ダンスは基礎としてやっているため、ワルツなら全員大丈夫だということだ。
「じゃ、姉さん、ニナ、踊りの練習だよ」
「「ええ!?」」
「あの女の前で全くやらないわけにはいかないからね。じゃ、姉さんはヨイチさん、ニナはシジュさんと組んで。俺は真ん中で歌うから、ほら行った行った」
ミハチは「うう、思い出せない……」と半泣きだ。ニナは不本意という表情でシジュの前に立つ。
「なんか、悪りぃな」
「……別に。兄さんの新曲が早く聴けるのは嬉しいから」
「そっか」
すくりと立ち、軽く腕を開いているニナの姿が、思いの外綺麗なのを見て驚くシジュ。小声でニナに話しかける。
「大崎家では公式で踊る時に困らないよう、ワルツの基本はやらされる」
「は? 公式? どういう事だ?」
「知らない。お父さんに聞いて」
「いや、聞けねぇだろ……」
練習前からなぜか疲れている様子のシジュに、ミロクとヨイチは首を傾げていた。
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