106、司樹と過去。
今日は人物紹介も合わせて、3つ更新してます。
よろしくお願いします。
オフの日、昼間の歓楽街を歩くシジュは浮かない顔をしていた。
昨日の事務所スタッフから渡されたメモ。電話でもメールでもない「メモ書きの伝言」に、シジュはため息を吐く。
「帰国していたか……くっそ面倒くせぇ。でも会わねぇともっと面倒だしな……」
ブツブツ言いながら歩いている内に目的地に着く。地下へ続く階段の周りはポスターやチラシだらけで、古いものから新しいものまで雑多に貼ってあった。
「はぁ……帰りてー……」
シジュは自分で両頬を軽く叩くと、もう一度深くため息を吐いてから階段を降りていく。
「June! Long time no see!(ジューン、久しぶりね!)」
「……you look good.(お前は変わらねぇな)」
秋も深まり肌寒いというのに、シジュの目の前にいる女性はキャミソールにハーフパンツスタイルだ。
スタイルも良く、背も高いモデルのような彼女は、大きなトランクに腰をかけてその細い足を見せびらかすように組んで見せた。
地下にある小さなライブハウスは昔と変わらず埃臭い。ここはシジュがダンスチームを組んでいた頃によくお世話になった場所だった。
「で、よく分かったな。俺の居場所が」
「分からなかったわよ! でもテレビであのCM見て、すぐに分かったわ。ジューンだって」
サングラスをとってニコリと微笑む彼女。シジュがさっき言ったようにその笑顔は昔と変わらない。
「そのジューンはやめろ。つか、今更何の用だ?」
「ダンス、続けてたのね」
「あ? ああ、まぁ今は振り付けとかやってるしな」
「そうじゃなくて、ホストしてても続けてたのよね? ブランクを全く感じない動きだもの」
「……体を動かしてただけだ」
「相変わらずね」
何がおかしいのかクスクス笑う彼女に、シジュは「で?」と先を促す。
「スカウトしに来たのよ。またチーム組まないかって」
「は? 何言ってんだお前」
「ネットで調べたけど、アイドルなんて訳の分からない事やってないで、本格的にダンスしようって話よ」
その瞬間、シジュは頭が沸騰したかのような怒りを覚える。
この女は何を言っているのか。
あの日、起きたら何も無かった。
紙切れ一枚が枕元に置かれていた。
チームは解散だと。
俺との仲も終わりだと。
有名ダンスチームにスカウトされ、日本を発つと。
何も言わずに、ある日突然消えたのだ。
「ジューン?」
彼女の声に我にかえる。
知らず、爪が皮膚に食い込むほど握りしめていた手から力を抜くと、指先まで冷たくなって痺れているのに気づき、止めていた息を吐く。
(もう、昔のことだ)
俯くシジュに向かって、さらに彼女は言葉を重ねているが、不思議なことに何も耳に届かない。
シジュが彼女と共に目指していた夢は、彼女自身が終わらせた。それが事実であり、そして過去の事である。
「またお前が始めて、お前が終わらせるのか?」
「そんな……あの時は私も若かったのよ。だから今度は大丈夫。私達きっと成功するわ!」
「私達? お前は何言ってんだよ。お前はずっと一人だったろ?」
もういいだろうとライブハウスから出て行こうとするシジュに、なおも縋ってくる手があったが軽く躱して足取り軽く階段を上っていく。後ろでドアの開く気配がした。
まだ追いかけてくる気なのかと、昔の女のしつこさに辟易する。
秋の空は高い。
(そして追いかけてくる女がうるさい)
全てが面倒になったシジュは、遠い目をしながら喚く女を引きずって歩いていると「何やってるんですか…」と、呆れたように声をかけるミロクがいた。
「お前こそ、ここに来るなんて珍しいな」
「いつものバーに行くには近道なんですよ」
「お、じゃあ俺も行くかな」
「行くかな、じゃないわよ! なんで無視するの!」
髪を振り乱し大声で喚き、必死にシジュの服の裾を掴んで息を切らせている彼女を、ミロクは冷めた目で見る。
大崎家の家訓として「女性優しく」というのがあるのだが、「礼儀知らずには礼を尽くす必要なし」という一文がある。
「警察呼びます?」
「そうだよなぁ、どうすっかな」
「なんで警察なのよ! ジューンとは昔からの知り合いなのよ!」
「でも、シジュさん怪我してますし」
掴まれた腕は、爪を立てられたせいかミミズ腫れになっている。所々血が滲んで痛々しい。
「あ、これは……」
慌てたように彼女が手を離した隙に、アイコンタクトをすると突然全速力で走って行く男二人。まさかオッサン二人が若者真っ青の走りを見せるとは思ってもみなかったらしく、彼女は呆然と見送るしかなかった。
日頃のトレーニングの賜物だろう、軽く息を切らせる程度でシジュは馴染みのバーに辿り着く。ミロクはぜえぜえと息を切らし「シジュさんは化け物か……」と失礼なコメントを発し、シジュは丁重にモチモチの頬を摘んで伸ばしてあげた。
「いひゃい、いひゃいれすよ」
「遠慮するな。礼だ」
そう言ってニカっと笑うシジュに、ミロクは「いつもの」彼を感じた。
頬をモチモチ伸ばされながらも、ホッとして笑顔を返すミロクだった。
何度見直しても誤字が……
お読みいただき、ありがとうございます。