12、ホストから無職になった司樹。
部屋にはビールの空き缶やコンビニの弁当の残骸が、足の踏み場のないくらいに散らかっている。
仕事を辞めて一ヶ月、ひたすら何もやる気はなく、ネットを見たりテレビをみたりの怠惰な生活送っていた。まぁ、辞めた仕事といっても、俗に言う水商売「ホスト」だったが。
アパートのベランダに出てタバコに火をつける。別に部屋で吸っても良いが、習慣みたいなものだった。
「ちょっと!洗濯物に臭いがつくじゃない!」
「……サーセン」
上の階の人に怒られた。そうか、今は昼か。
ここでタバコを吸うのは深夜か明け方だったから、今まで注意されなかったんだなと、ぼんやりした頭で考える。
小野原シジュ、四十歳、この年までダラダラとホストをやっていた。
彼は昔からナンバーワンを取ろうする訳でもなく、ヘルプという指名の繋ぎのような事をしたり、彼を指名するマニアックな客の相手をしたりと、とにかく惰性でホストをやっていたのだ。
地黒の肌に、無造作に伸ばした髪は後ろに撫で付けるだけ、やる気のない無精髭のホストは「お前いい加減にしっかりしろ」とクラブのオーナーに怒られた時に、店が経営難であることを知った彼は四十路の区切りで自主的に辞めたのだった。
「さすがにゴミだけでも捨てるか」
部屋にある色々な残骸をゴミ袋に放り込んでいくと、ふと腹の肉が邪魔な事に気付いた。
「さすがに一ヶ月食っちゃ寝したら、おっさん腹になるわな」
仕事を辞めてから休んでいたスポーツジムの事を思い出す。
彼はやる気のないホストではあったが、なぜかジムには定期的に通っていた。それは気の合う会員と知り合い、その付き合いが楽しかったからだ。
「久しぶりに行くか。おっさん居るかな」
無精髭はそのままに、長くなった天パの前髪を無造作に後ろで結わきジャージに着替えると、アパートのそばにあるスポーツジムへと繰り出すのだった。
「久しぶりシジュ、こんな時間に珍しいなぁ」
「ヨイチのおっさん、おひさー。相変わらず無駄に筋肉あるな」
時間は午後四時。いつものシジュなら仕事に行く時間だ。
ヨイチは邪魔そうに前髪をかきあげると、頭にタオルを巻いた。
「だから、お前とは学年一緒だろ?…っていうか無駄って言うな」
二人が知り合ったのは三年以上前になる。ダンスのカリキュラムでヨイチが綺麗なダンスを踊るシジュに声をかけたのが始まりだ。その頃のヨイチは体重百二十に減っていたところで、ちょうど運動がキツくなっていた時期だった。
トークの上手いシジュに助けられ、ヨイチは今のベストマッチョ体型になれたと言っても過言ではない。
「無駄だろ、これ以上つけるとダンスのキレが悪くなるぞ」
「それは困る。今回のジャズダンスはテンポが早いんだよ」
「マジか、やってみたかったな」
「シジュなら一回見れば出来るだろ。あと二回だから今日のやつ参加しよう」
「ま、いいけど。暇だしな」
その雰囲気とここに来た時間から、ヨイチは彼の現在を察していた。そこには触れず、一緒に行動して彼の言葉を待つことにする。
「あ、そうだ。うちの弱小事務所にタレント増えたんだよ。ミロク君って言うんだ、格好良いんだよ」
「へぇ、そりゃそいつも災難だな」
「うるさいな!」
ヨイチを揶揄いながらスタジオに向かうと、そこに一人目立つ青年がいた。
背は自分よりも少し高い感じで、色白の肌と少し長めに整えた黒髪は、きちんと毛先までセットされていた。整った顔に薄ピンクの唇はヨイチを見つけると、花が綻ぶように微笑みを浮かべた。
「ヨイチさ……社長、撮影終わったんで参加します」
「プライベートだからヨイチで良いよ。さすが現場の神と呼ばれるだけある。スムーズに仕事が進んで嬉しいって、事務所宛にお礼を言われたよ」
「良かったです。……えっと、こちらの方は?」
黒目がちな目を真っ直ぐに向けられ、シジュは我にかえる。彼の美青年っぷりにびっくりしていたのもあるが、どこかで見た事があるような気がしていたのだ。
「……小野原シジュ。ヨイチのおっさんとはここでよく会うんだ」
「そうでしたか。俺は大崎ミロクです。ヨイチさん事務所に所属しています」
「どうしたシジュ、見惚れちゃってー」
「そんなんじゃねーしー」
思い出せない頭のモヤモヤはとりあえず置いておき、ジャズダンスの授業を受ける準備とばかりにストレッチに入った。
思い出した。
お気に入りに入れていた動画は削除されていたが、無断転載しているサイトで確認する。
今日のジャズダンスを見て「もしかして」と思い、今動画を見て確信した。
「あのミロクって奴が『歌って踊れる白い王子様』か……でも、あいつ体力無かったなぁ……」
思い出すと二十分踊ってからの休憩で、贅肉のついてきた年上のシジュよりも体力が無かった。
「若いのに勿体ねぇよな。……もしまた会えたら話してみるか」
後日、実年齢を聞いたシジュが驚きながらも「可愛いも格好良いも筋肉も作れるし、体力だって作れるんだよ!」と、ミロクの体力作りとダンス指導に乗り出す、鬼教官(無職)となるのであった。
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