表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/353

97、白花と蝶と新人アイドル。

ヨイチさんです。



白い花にとまっている青い蝶。

そっと近づいていく少女は、その蝶を捕らえようと手を伸ばすも逃げられてしまう。

不思議なことに、蝶のとまっていた花はほんのり青く染まり、真っ白な花畑の中での一輪となる。


(蝶の色に染まった?)


白い花畑の中、一滴の青がもう一つ。

アッシュグレーの髪はさらりと風に揺れ、青い軍服に身を包み呑気に寝ている男性が一人。その整った顔に近づいた蝶は、男の瞼にとまる。

そっと近づく少女。もう少しでと手を伸ばした時、少女の手は大きな手に掴まれて蝶は逃げてしまった。


「捕まえた」


低く響く声に、少女の驚いた顔は一気に朱に染まる。

その切れ長な瞳の上には青のグラデーションに、それを縁取るようなパールの煌めきは、男性なのにひどく似合っている。



いつか君の側に、そう願っている

離れたくせに、そう想っている

君は怒るだろうな

そして最後に、笑ってくれたらいい



そのまま手を引き少女を抱きしめ、男は幸せそうに微笑んだ。




『目覚める青、発売』









「カットですー」

「お疲れ様でーす」


スタジオに響く声に、ヨイチは小さく一息つくと抱いている相手役の子の体がビクリと動くのを感じた。


「あっと、ごめんね。久しぶりの演技で緊張しちゃって……」


ヨイチが慌てて引き離そうとするも、彼女はヨイチの服にしがみついたままだ。んー?と覗き込むと、カチコチに固まり真っ赤な顔をしているのを見て苦笑する。

事前の話では、デビュー前の新人アイドルらしい。無論、尾根江のプロデュースだ。


「こういうの初めて?」


「は、はひ、しゅみませ……」


「こんなオジサンのハグで申し訳ないね〜」


「しょ、しょんなこと! すごく、うれしくて!」


「なら良かった。ありがとう」


噛みながらも必死に応対する彼女に、ヨイチは礼を言ってニコリと微笑む。それを見てさらに顔から湯気が出る彼女にマネージャーらしき男性があわてて駆け寄って来た。


「あの、すみませんうちの者が」


言いながらもヨイチから離れるように腕を引くが、微動だにしない。若さのなせる技なのか、素晴らしい体幹である。


「緊張しすぎて固まっちゃったかな? ごめんね、触るよ」


「うぁっ」


そう言ってヨイチは新人アイドルを軽々と横抱きにする。言わずもがな『お姫様抱っこ』である。アイドルらしからぬ悲鳴が彼女から漏れ出たが、そこはスルーしておく。

休憩するスペースの椅子に彼女を座らせ、ヨイチは早速メイク担当に自分の化粧を落とすよう頼むと、未だ顔を赤らめてヨイチを凝視する彼女に気付く。


「ん? 何か?」


「い、いえ、ご迷惑おかけして……」


「ああ、別にいいよ。安心したら腰が抜けたんでしょ? それだけ頑張ったって事だしね」


「は、はひ、あ、ありが、ありがとう、ございます」


「良かったね、美羽。憧れの宰相様と……」


「マネージャー! なんでそういうの言っちゃうんですか!」


「ああ、アニメのファンなの?」


「ち、違います。リアルな宰相様の、う、歌ってるPV観て……か、かっこよくて……」


マネージャーに対しては流暢だった言葉も、ヨイチに対しては緊張するらしく辿々しい。名前も美羽(ミハネ)と恋人に近い音の名前に、知らずヨイチは甘く微笑む。

思わず息を飲む美羽とマネージャー。


344(ミヨシ)の中で最年長とはいえ、ヨイチも均整のとれた体と切れ長の瞳で和美人といった風貌の持ち主だ。普段はミロクを止める側でも彼のようにフェロモンを無尽蔵に撒き散らしたりはしないだけで、しっかりフェロモン・タンクを持っていて、その容量はかなり大きいと予想する。

普段はコントロール出来ているのだが、流石に今日は疲れているヨイチはタンク調節が甘くなっているらしく、もろにそれを受けてしまった美羽とマネージャーは軽く酩酊状態に陥っていた。


(あ、久しぶりにやっちゃったかも……)


担当にメイクを落としてもらったヨイチは、慌てて席を立つ。


「では、次はロングの別撮りですね。次回もよろしくお願いします」


スタッフ達に声をかけ、事務所に戻ろうと別室で着替えていると、突然ドアが開いた。あれ、鍵……と思ったが、何やらドアノブの破片が落ちている。


「え、壊し……うわっ」


混乱する半裸のヨイチの前に、美羽が飛び込んでくる。


「私! 本気ですから!」


「え?」


「ヨイチさんに本気ですから!」


「え、ちょ、君、それは……」


混乱するヨイチの脳裏に、美羽の資料に年齢十五と記載されていたのを思い出す。

まずい。これはまずい。

半裸の自分に、抱きついている幼気な新人アイドルの少女。


通 報 さ れ る。


「私の理想なんです! 理想なんですー!」


「わ、分かった! 分かったから離れて!!」


彼女のマネージャーが慌てて部屋に飛び込んで二人を引き離そうとするも、くっついて離れない少女に苦戦する男二人。

その時、ぐらりとヨイチのバランスが崩れ、後ろに倒れてしまう。


「「「あ……」」」


ものすごい物音に、撮影スタッフ達が駆けつけて見たものは……




新人アイドル『に』襲われるオッサンアイドルと、それを止めようとするマネージャー……という構図であった。




なんでこうなった。








……なんでこうなった。




お読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ