96、闇夜の蝶と新しい仕事。
難しかったデス。
暗闇を飛ぶ機体『ディーバ』に乗っている少女は、青く怪しく光る蝶を追いかけていた。
キラリと光る鱗粉に目を奪われつつ、闇の中をひたすら飛び続ける。
(抜けた……!!)
突如眼下に広がる夜景。多くの高層ビルが並ぶ風景。
ひときわ目立つビルの上に立つ男性が一人。夜の中でも映える真紅の軍服。そして胸には青白く光る一匹の蝶。
追いかけて、縋りついて
俺はお前を求めて
縛りつけて、閉じ込めて
お前だけのモノにして……chain
褐色の肌に艶めく黒髪を後ろに結わえ、怪しく揺れる彼の瞳の上には、先ほどの闇を切り取ったかのような黒のライン。
少女の乗る機体の音に反応したのか再び飛んでいく蝶。それを少し寂しそうに見送る彼が、飛んでいる少女に顔を向けて口を動かす。
風の音でよく聞こえないと、近づく少女に彼はニヤリと笑う。
「お前も、とまっていくか?」
まるで餌を前にした肉食獣のように怪しく光る瞳に、黒く引かれたラインが映える。
『囚われる黒、発売』
「はい、カットですー」
「お疲れ様でした!」
「おう、お疲れー」
夜のビルの屋上で寒い思いをしたり、目の上にアイラインをベッタリ塗られたり、散々なCM撮影を終えたシジュは、スタジオ内にある休憩スペースでぐったりしていた。
少女とアニメに出てくる乗り物は、後でCGで合成し編集するだろう。
(まさか、演技しろとか……これ、ヨイチのオッサンはともかく、ミロクはどうするんだ?)
別日に撮るらしいメンバーに思いを馳せる。
「シジュさん、ここで申し訳ないんですけどメイク落としますね」
「ああ、かまわねぇよ」
メイク担当の女の子は丁寧にシジュの顔を拭いていく。おとなしく言うなりになっているシジュの姿は、大人しくなったライオンのようで、何だか微笑ましい。
「シジュさんは日焼けしているのに肌が綺麗ですよね」
「地黒だからなぁ、あ、ミロクの姉からパックやれって言われて、それもあるかもな」
「あ、このCMの会社で出してる基礎化粧品ですか? あれ良いですよね!」
「ああ、あれにこれをこうして、ひと手間加えると効果が断然違うんだぜ」
「ええ!? そ、そんな簡単なことで!?」
「メイクやってんなら知っといて損はねぇだろ。自分で試してみ?」
「はい! ありがとうございます!」
「おう」
ニカっと笑うシジュに、メイクの彼女はプロ根性で耐えてた精神が崩れそうになったが、メイクを落とし終えると共にシジュが「お疲れー」と席を立ったため、ギリギリの所で彼女は陥落を免れたのであった。
「で、ロングバージョンのCMの方で、女の子に絡まなくちゃいけなくてなぁ」
「え、そうなんですか!?」
「絵コンテにもあったけど、絡むのかぁ……」
こりゃミハチさんに怒られるかなと、ヨイチはなぜか嬉しそうにしている。大丈夫だろうか。(色々と)
「オッサンはともかく、ミロクが心配でなぁ」
「シジュさん……」
ミロクはシジュの言葉に目を潤ませている。
世話焼きなシジュは弟分のミロクを常々気にかけている。ライオンの癖に過保護だ。その代わりヨイチが割とスパルタなので、ちょうどいいのかもしれない。
「んー、そうだね。昨今のアイドルは何でもやるから、演技もトークも出来ないと」
「トークも、ですか?」
「うん。朝の情報番組はインタビューされるから答えを話す感じだったけど、自分から発信するのもバラエティーなんかじゃ必要だよね」
「うぇぇ……」
ヨイチの言葉に顔色を悪くするミロクは、築き上げた引きこもり時代のコミュニケーション能力マイナス数値に気付き、頭を抱える。
「フリートークはまだキツイんじゃねぇか?」
「でも、今頑張らないと固まっちゃうよ。鉄は熱いうちに打て。脳は柔らかいうちに使えって言うじゃない?」
「後半聞いたことないんですけど……」
なんだかんだ言い合うオッサン三人に、フミはお茶を用意して会議室に入って来た。
「社長、ちゃんと言わなきゃ分からないですよ。お仕事の内容」
「ああ、そうか。ごめんごめん」
「仕事? トークの仕事ですか?」
にっこりと煌めく『シャイニーズ・スマイル』をミロクに向けるヨイチ。フミもニコニコしているという事は悪い話じゃなさそうだと思いながらも、少し構えるミロク。
「CM撮影後になるんだけど、バラエティー番組の準レギュラーの仕事が来たんだよ」
「ええ!?」
「テ、テレビ!?」
「尾根江さんに色々とお願いして、どこかにねじ込めるか聞いてみたんだ。スタジオじゃないんだけど、ロケで色々出かけられるんだよ」
「ロケ……外……」
嬉しそうに語るヨイチとは逆に、どんどんミロクのテンションは下がっていく。シジュは寒いのとか嫌だなぁ…膝にくるんだよなぁ…と呟いている。
「シジュ、大丈夫。体当たりヤツじゃなくて、ほのぼの動物モノだから」
「おとなしい番組ならいいけどよ」
しょうがなく受け入れるシジュの横で、ミロクの背後に稲光が走ったような幻影を彼らは見えた気がした。
「……ど……動物……だと……?………モフモフですか!!」
「うん。モフモフだよ」
「イきます!!」
どこにだよ。と、その場の全員が心の中でつっこむ中、ミロクは一人ご満悦な顔でフミの淹れた紅茶を味わうのであった。
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