89、弥勒と真紀と祭の話。
会話が多い……
カフェに入ったミロクと真紀の二人は、オープンテラスに移動する。人も少なくビルからフミが出てきた時に声をかけやすいからだ。
まだ寒くはないが、店の人が膝掛けにと毛布を持ってきてくれた。
なぜかドギマギしている真紀を不思議そうに見るミロク。彼女は以前ハッキリと「三次元の男に興味は無い!」と豪語していた筈だ。となると、別の要因があるのだろう。
注文した飲み物が出され、ミロクはカフェオレ、真紀はアッサムティーをしばらく無言で一口二口飲んで、気分を落ち着かせる。
「ふぅ、気を使って貰ってすみません。落ち着きました」
「それは良かった」
ミロクは和かに微笑む。ちなみに今のミロクはメガネをかけていて、それでもきゃあきゃあ言われているが、メガネひとつでその声がかなり少なくなるのだ。
長めの前髪をかき上げたまま肘をつき、そのまま上目遣いで真紀を見る。
「な、何ですか」
「何悩んでるの?」
「それは……まぁ、大したことではないし、フミには参考程度に聞きたかっただけですし」
「聞きたいって、フミちゃんの事?」
その瞬間、空気が変わる。
先程とは打って変わって、穏やかだった視線は酷く鋭く冷たいものとなり、整った顔に弧を描く口元は笑顔を「作っている」だけで一切温度を感じさせない。
真紀はぞくりとしたなんとも言えない寒気を感じたが、それを無理やり押し殺す。
「違いますよ。344(ミヨシ)の事です」
「へ? 俺たちの事?」
先程のツンドラ気候は何だったのかというくらい、空気は元に戻る。真紀はミロクに対してフミ絡みの話は注意と、心のメモに大きく書き記した。
「スケジュールとか、そういうのじゃなくて。三人の雰囲気とか」
「三人の?」
ミロクの傾げた首が、さらに傾げられる。
「冬のコミック祭、私あれに344枠で参加するんです」
毎年夏と冬にある大きな展示場で開催される『コミック祭』をミロクはよく知っている。引きこもっていた為に参加することはしなかったが、ネット仲間に面白そうな本の買い付けをお願いしたこともあった。
まさかそこに344(ミヨシ)の枠が出来たとは……女性声優作家の大倉さんの活動が実ったのだろうか。以前、真紀から貰った「あの本」は今、ヨイチのデスクの奥底に封印されている。
そんな真紀は真剣な顔で続ける。
「それで、少しでもインスピレーションを感じたいと思ったんです。フミに会えば必ずミロク王子の話になるし」
「俺の話?」
「本当は三人の話を満遍なく聞きたいんですけど、ほら、ミロクさんはフミのヒーローでしょ? だから自然と偏っちゃうんです。それでも聞かないよりはイメージ広がるんで……」
「どんな話をしてるの?」
「んー。コーヒーはブラックで飲めないからカフェオレにするけどカフェラテの時は苦いから砂糖入れるとか、甘い匂いのするボディソープ使ってるけど本当は柑橘系の方が好きだとか、長めの前髪が鬱陶しいから切りたいけどニナちゃんに怒られるから我慢してて可愛いとか」
「な……」
なぜかミロクが公表していないあれやこれやが真紀の口からどんどん飛び出す。知らず顔が赤くなるミロクに、真紀は容赦なく続けていく。
「あと犬とか猫とかが好きで定期的にペットカフェに通っては『もふもふ』堪能していて、名前を呼ぶと駆け寄ってくる動物を見るだけで感動して涙目になっているとか」
「うう……何でそこまで……」
「すごい観察力ですよね。なのに宰相様と騎士様の情報がほとんど無いんですよ。もう、王子との絡みに欠かせないのに……」
後半不穏な言葉が真紀から出ていたが、ミロクはそれどころでは無かった。ペットカフェにヨイチとシジュで行くのは月一回で、実は他の日に一人で行く事がある。皆で行くと『もふもふ』をしっかり堪能できないのだ。ペットカフェの店主には口止めしてるし、人の居ない時間帯に行ってるのに……
「あ、別に尾行したわけじゃないみたいですよ。ペットカフェには私も一緒だったので、本当にたまたまですね」
「そ、そうなんだ……」
「ところでミロクさんに聞きますけど、宰相様と騎士様ってどうなんですかね。それとも王子様と宰相様ですかね。いや、宰相様と王子様……王子様と騎士様も捨てがたい!」
「え? 何が?」
「何がじゃないです……むぐがぁ!!」
ミロクに至近距離で詰め寄る真紀の口が、可愛らしい手で塞がれて後ろに引き戻されている。そこには真っ赤な顔で必死に真紀の口を押さえるフミがいた。
「真紀ちゃん! ミロクさんに変な事言わないで!」
「むご、むごっご?」
「何言ってるか分からない!」
「フミちゃん落ち着いて。口塞いでたら話せないから。あと息止まっちゃうから」
「むごー」
「ふぇ? ご、ごめ……」
慌てて手を離すと、真紀は「ぶはぁ」と乙女らしからぬ音を立てて呼吸を再開した。
「それにしても早かったねフミちゃん」
残務処理に追われていたフミが出て来るのは、もっと遅いだろうとミロクはみていた。
「通ほ……メールが来たんです。真紀ちゃんから」
真紀からのメールの題名が『通報』だったので、ついそのまま言いそうになるフミ。ちなみに本文は『事務所前のカフェにて王子が女と会ってる!』だった為、慌てたフミは仕事を放り出して来たのだ。
「ああ、じゃあ仕事終わってないんだよね。戻るの?」
「いえ、明日早出で仕事するので。真紀ちゃんが何言うか分からないので今日はこのまま連れて帰ります!」
「えー、普通のことしか言ってないよ。うたた寝してた王子様を写メったとか……」
「ま、ま、ま、真紀ちゃん!!」
慌てて大声を上げるフミに、ミロクは一瞬きょとんとした顔をしたが、彼女の行動の可愛さに甘く微笑む。
「なんだ、そんな事か。俺なんかで良ければ何時でもどうぞ。俺もフミちゃんの……欲しいな」
「!!」
「!?」
フミはさっきよりも数倍赤くなりそのまま後ろに倒れそうになるのをミロクに支えられ、流れ弾を受けて椅子に座った真紀は「最早これまで…」と、テーブルに突っ伏したのであった。
お読みいただき、ありがとうございます!
むごー。