11、動画の行方と大人な芙美。
ヘルプの仕事から徐々に増やしていき、一ヶ月もたつとミロクは一般的なモデル程度の仕事をこなせるようになっていた。
それでも週三回はスポーツジムに行き、週一回はカラオケをする。彼の一連の行動にブレは無かった。
「おはようございます!」
「おはよう!今日もキラッキラなスマイル頼むわ!」
「あ、今日の現場ミロク君なのね、ラッキーだわ」
「この前お姉さんが紹介してくれた化粧品、どこで売ってるの?」
「今日の服、気に入ったら持って行って良いみたいだよ。後で渡すね!」
次々にかけられる声に、ミロクは笑顔で対応する。社会人経験三年とはいえ、元営業の彼は人の顔を憶えるのが得意で、声をかけてくれる人達と個々に前回からの会話を続けられた。
ヘアメイク担当の人は、少し長めの髪にかかってる毛先パーマを絶賛された。妹をスカウトしたいと言われるのも最近の現場のお約束だ。黒髪だと重く見えるのに、不思議とエアリーな雰囲気になるヘアスタイルは、妹ニナのオリジナル必殺技だった。
スタッフは毎回同じではないが、数回に一度はミロクと現場が一緒になる。一度でも彼と仕事をすると「次はもっとこうしたい」という意識が生まれるらしく、彼が現場に入ると雰囲気がガラッと変わるのだ。
その恩恵を一番受けているのはカメラマンで、良い状態であるものを「そのまま」撮るだけだ。もちろん簡単な仕事ではないが、雰囲気の悪い現場でやるよりも圧倒的に負担は少ないし、何よりも楽しい。
「今日の現場がミロクさんって聞くと、俺マジで神に感謝するんす。無宗教っすけど」
カメラマンのアシスタントの若者は、ミロクに飲み物を渡すと話しかけてきた。
「ありがとう、ノド乾いてたんだ。で、何で神?俺なんかした?」
「ミロクさんと現場一緒だと、先生の機嫌が高確率で良いんす。怒られる回数も少ないし、怒られないと緊張しないから自分の仕事に集中できるんす。こうやってモデルさんに飲み物とか持って来れるんす」
「アシスタントも大変そうだよね」
「自分で選んだ道っすけど……ところでミロクさんって三十代ってマジっすか?」
「そうだよ、事務所でも年齢公開してるよ。なんで?」
「動画サイトで未だに人気あるイケメン動画があるんすけど、ミロクさんそっくりなんすよね」
「あー、アレか。お恥ずかしながら俺なんだよね。うっかりアップしちゃった動画がなぜかああなって……」
「「「「「マジで!?」」」」」
現場にいる全員がびっくりした表情でミロクを見る。その反応に驚くミロク。
「ヨイチさん……社長も知ってるし、問題はないとおもうんだけど……」
契約するにあたり、動画の件を知ったヨイチは爆笑し、フミは歌とダンスが素晴らしいと絶賛し、尊敬の眼差しでミロクを見ていた。
ちなみに動画の歌は、当初深夜に放送していた艦隊なアニメの主題歌だった為、フミの眼差しは地味にミロクの心を抉っていった。
コメントをくれた方にはお詫びのコメントを入れて、現在動画は削除しているが、ネット上では出回ってしまっているため未だに検索すると出てきてしまう。
現に恐ろしきはネット社会である。
「天は二物どころか、三物四物、留まることなく与えるんすね。ただしミロクさんに限るって感じで」
「確かにそう言われるとミロク君に見えるけど、画像も荒いから高校生に見えたよ……」
「あのキレッキレなダンス……マジか」
予想外の周りの反応に乾いた笑いを浮かべていたミロクは、ちょこちょこと走ってきたフミが「どうしたんですか?」と目で問いかけるのを、「後でね」と笑って首を振る。
「じゃ、始めるぞー」とカメラマンが言い、その場は解散となったのである。
「あの動画のことですか?」
帰りの車の中で、さっきの様子を気にしたフミがミロクに問いかけた。大した話じゃないと言ったが、フミはマネージャーの仕事だといい、詳細を話すことになってしまった。
「うん、まぁヨイチさん……社長は隠すことじゃないし、名前が売れるから使っていけばいいみたいな事言ってたからね、だから軽く言ったら現場の人達ほぼ全員が詰め寄ってきて驚いたよ」
「本人の承諾なく出回ってますからね。悪質なのは事務所側から訴えますから大丈夫ですよ」
「え、そんな迷惑かけられないよ」
「何言ってるんですか。ミロクさんはうちの所属なんですから。タレントを守らない事務所になんて、所属する意味ないですからね!」
フミの男気溢れる言動にミロクは自然と笑顔になる。彼女のこういう所に好感が持てるし、何だか自分より大人な考えの彼女に尊敬の念を抱く。
自分の二十代の頃はどうだったのか、こんな風に考える事は出来ていたのだろうか。
引きこもってた頃のミロクは数年ほど記憶があやふやで、その時家族がどうしていたかもよく分かっていない。
「どうしました?考え事ですか?」
「うん、まぁ。もっとしっかりしないとって思ってね。俺フミちゃんより年上なのにさ」
「ダメです!!」
「え?」
思わぬ強い言葉に、ミロクは思わずバックミラー越しのフミを見た。みるみる顔が赤くなっている彼女に、ミロクは「大丈夫!?」と慌てて声をかける。
「あ、そ、そうではなくて。そういうピュアなところがミロクさん持ち味であって、無理に変える必要は無いっていうか……魅力がなくなるっていうか……」
「そうかな、なんか人としてどうかなって思うんだけど」
「とにかく大丈夫なんです!!」
「は、はい」
いつになく強く言うフミを、ミロクはぼんやりと眺めながら考える。
(こうやって強い感じのフミちゃんも、また違う感じで良いなぁ……じゃなくて。もっと頑張らないとな!うん!頑張ろう!)
一体何を頑張るのかは分からないが、どこかぎこちない空気のままで二人は事務所に戻るのだった。
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