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1、変身という大層なものではない。

書いてみたかっただけです。短めの予定…

初回3話更新です。

 大崎ミロク、三十六歳、独身、無職。

 身長だけは百九十センチと自慢できるが、体重はキリの良い百二十キログラムの贅肉過多。

 髪は不潔でボサボサ、肌荒れ、猫背、無精髭、ネット中毒者。


 これが彼、大崎ミロクの「今」を表現する一番分かりやすい言葉の羅列である。


 ミロクの現在がこうなってしまった大きな原因は「無職」にある。

 太っているというだけで虐められ続けた学生時代を乗り越えて、大学に入った時には虐めは無くなったが就職活動に追われ、良い会社に入れたところで三年後、業績不振でリストラになってしまった。

 しかもその理由が「太ってるから」である。

 彼は基本的に「出来る人間」だ。頭の回転も良く、大学で血のにじむ努力で身につけた社交性もあり、彼の入っていた会社での営業成績もかなり良かった。

 だが、彼の所属していた営業部には俗に言う「イケメン」が粒ぞろいであり、上に媚びを売るのを得意とする人間が揃ってしまっていた。

 そこでクビになった理由が「太っている」である。運悪くメインで取り扱っている商品が健康食品だったというのもあるかもしれない。逆に言えばその体型で営業成績を伸ばせるほどの能力があるという、すごい才能を持っているのだが、そこに目がいかない無能な人間に囲まれていたというのも、運が悪かったとしか言いようがない。



 ミロクの家族は優しかった。

 すっかり引きこもってしまった息子に毎日話しかけ、外に出なくて良いからご飯だけは家族でとろうと約束させた。

 一口でも食べれば良いと言う決まりを作り、彼はそこで辛うじて家族とだけは繋がりを持つことができた。そしてそれは彼が生きる理由となっていた。

 一日三食、家族の誰かと必ず一緒にご飯を食べる。

 それには父と母と姉と妹、全員が一致団結して成し遂げた偉業であった。

 ご飯さえとれば家族は何も言わず、彼のやりたい事を好きなだけさせるようにした。とはいえ、彼の要求はネット環境を整えるということだけだったが。



 そんなミロクは、ここ数ヶ月で状況が変わっていく事になる。

 とある動画サイトにハマったミロク。

 それは「踊ってみよう」というカテゴリの動画だった。

 最近流行っているアニメや自作の音楽にのせて、ダンスをしている人達がいた。


(俺もやってみたい)


 日々その気持ちは高まっていく。しかし運動神経皆無のミロクは恥ずかしさから、素人でもこっそりできる何かがあるといいなと検索していた。

 そこで見つけたのは、各種ダンスをカリキュラムとして組んでいるスポーツジムだ。


(これなら太ってても下手でも、なんとなくダンスを学ぶことができる)


 ミロクはスポーツジムに入会する事を希望した。

 もちろん家族は反対する事もなく、外でご飯を食べるのなら家族一緒じゃなくても良いと新たな決まりが作られた。

 意気揚々と参加したダンスカリキュラムだったが、初日でミロクは打ちのめされる。贅肉の多い彼は、軽いダンスでさえも苦しく、最後までついて行けなかったのだ。

 そこで現れたのが「元、百五十キロの体重だった」ジムの会員だ。世話好きな会員はどこにでもいる。その人から筋トレとコンバットダンスを勧められる。

 筋肉さえつければ、ダンスについていけるようになると。


 ここで重要なのは「ダイエット」ではなく「筋肉をつける」という言葉だった。

 その会員は、ミロクにとって最善の言葉を最適なタイミングでかけた。

 さらに、ミロクの母親は内緒でそのジムに行き勉強して、筋肉をつける食事に変えていった。

 結果、彼はダンスのカリキュラムについていけるようになった。


(楽しい。色々なダンスがあるんだなぁ)


 ミロクは無職なのを良いことに、ジムに週五で通うようになっていた。

 さらにコンバットダンスから格闘技に興味を持ち、密かに動画サイトで格闘技を身につけていった。


(楽しい。色々な流派があるんだなぁ)








 充実した日々を送り、リストラの心の傷は少しずつ癒えていく。

 そんなある日、ミロクは鼻歌を歌いながら風呂に入っていた。

 汗をかいて風呂に入るという、当たり前のことを続けているため不潔ではなくなっていた。無精髭と長い髪はそのままだったが、清潔であるなら人として及第点だろう。


「ミロク、タオル置いておくよ」


 姉のミハチが声をかけてきた。どうやら浮かれるあまり、うっかりタオルを忘れて風呂に入っていた彼は、素直に礼を言うことにした。仁義礼智信は、ミロクの中で絶対のものであるため、家族に対しても礼を重んじるのは当たり前のことであった。


「ありがとうミハチ姉さん」


「どういたしまして。それよりアンタの鼻歌、すごく上手いわね」


「え?そう?」


「音が正確にとれてるよ。筋肉ついて腹筋がしっかりしてきたからかなぁ」


「そう?なんか嬉しいな。ありがとう」


 姉のミハチは高校までピアノを習っていて絶対音感を持っている。ミロクも一緒に習っていたが中学でやめてしまっていた。姉ほどではないが音楽は得意な方だ。

 家族にほめられて嬉しい気持ちで風呂から上がり、いつものネットタイムに突入すると「踊ってみよう」の動画に紛れて「歌ってみよう」の動画があった。


「おお、これってすごいな」


 カラオケで歌っている動画がたくさんアップされている。


「今はカラオケで歌うとネットであげたり出来るんだ。知らなかったな」


 視聴する動画が偏っているため、ミロクの世界は狭い。


「そうだ。たまにはカラオケでも行こうかな。一人で歌えるカラオケがあるみたいだから行ってみよう」


 明日のジムは休みにするとして、ミロクは規則正しく夜十一時前には就寝するのであった。














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― 新着の感想 ―
[良い点] こういう家族関係を築けているっていうのは、 本当に生きていくうえで大切だなって。 なによりみんなひとが出来てるのがいい。
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