お題小説【食卓】【差配】【奇聞】
一週間遅れになってしまいましたが、企画に参加させていただきました。宜しくお願いします。
ぐるり。正方形の食卓の各辺に配置された椅子に腰掛けた四人の顔を舐めるように見てから、差配人は静かに口を開いた。
「さぁ、始めましょう」
その言葉を合図に、全員が背を伸ばし筆記具を取った。
「今月はまず春さんからお願いします」
指名された女は少し顔を赤らめながらコホンと一つ咳をして、自分のノートに書かれたメモを指でなぞる。
「林檎を食べていないのに、常に林檎の香りがする男性がいるそうです。一部ではその人がアダムの末裔だと考えている人もいるとか」
はぁ、盛大な溜め息を吐いたのは彼女の正面に座る秋だ。
「春さん、そんなことが『奇聞』といえるとお思いなんですか」
「どれだけ私たちのことを小馬鹿にすれば気が済むんでしょうねぇこの娘は」
冬も加勢し、場が凍る。それを溶かすべく差配人である夏がとりあえず宥めようと口を挟むが、その試みは逆に火に油を注ぐ結果に終わった。
「大体ね、私はこんな若いうちからここに招くなんて反対だったんです。ろくに世の中を見たこともないまま、何が普通で何が奇妙なのかなんて判別できるわけがないじゃないですか」
「冬さんの仰るとおり。先代の春さんはとても良く気のつく方だったのに」
一番年少の春は暫く黙って俯いていたが、口々に罵られ遂に顔を上げて反論に出た。
「確かに祖母は博識な人でした。私も尊敬しています。だから祖母の参加していた選ばれし会合に参加できると聞いてとてもとても嬉しかったです。誇らしくさえありました。でも」
アーモンド型の瞳からぽろぽろと大粒の涙が零れ落ち、テーブルクロスに染みをつくる。
「いざ参加してみれば、真剣な顔をして話すだけで内容は不毛なものばかり。前回もその前も、ただ奇をてらっただけの根拠もない噂話を重ね連ねて、何の生産性もない。これに何の意味があるのか私には計り兼ねます」
一斉に、三人が笑い出す。腹を抱えて、笑い転げる。秋なんて笑いすぎて生理的な涙を浮かべている。
「何がそんなに可笑しいんですか」
突然のことに、怒るよりも戸惑いが先行する。その様子は更に三人の笑いの壷を刺激した。
「いやいやすまない、まさか僅か三回目にして苦言を呈してくるとは」
俺は十回に賭けていたんだけどな、私なんて十五回よと口々に言いながら、まだ発作的な笑いに襲われている。春は説明を求めて、一番まともそうな差配人を窺った。彼はそれに気づいて、ひとつ頷く。
「世の中にはね、こういう不毛なことを大真面目にする大人が大勢いるんだ。人生は有限なのに、その殆どをどうでもいいことに費やしてしまう。それに流されては駄目だよ、というのが先代春さんからの君への遺言だよ」
長い睫毛をぱちくり上下させてまだ状況を飲み込みきれずにいる親友の孫を、三人とも温かい目で見つめていた。
「ことの詳しい経緯は、皆で食事でもしながらにしないか。すぐ近くに美味しいと評判のレストランがあるんだ」
秋の申し出に夏も冬も賛同し、そそくさと荷物を纏めてしまう。
「代金は賭けに負けた人の奢りということで」
差配人は茶目っ気たっぷりにそう言いながら、春の手を優しく引いて立ち上がらせる。
「騙すような真似をしてごめんね」
そのしわだらけの手はとても温かくて。
「ううん、ありがとうお爺ちゃん」
そしてありがとうお婆ちゃん。春は心の中でそっと呟いた。
Fin.
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