篤史くんと私のゆるゆるな一日
眠れぬ夜に黒歴史を発掘して悶絶するだけの簡単なお仕事
秋も半ばな土曜の朝。
私は久しぶりに篤史くんの部屋で目を覚ました。
「んんー……?」
妙な違和感を感じ、丸まっていた布団の中からもぞもぞと這い出る私。
何だか今日はやけに外がゴウゴウとうるさい。
「…なぜ」
ポツリと独り言を漏らしてみたけど、寝起きで頭が上手く回らない。
ひとまずコーヒーでも飲みますか。
隣で未だに爆睡してる篤史くんを起こさない様に、寝ぼけてるなりに気を遣いつつ、セミダブルのベッドから抜け出す。
そしてそのままキッチンへ。
篤史くんと付き合いだして2年になる私にとって、篤史くんの部屋は勝手知ったる何とやらだ。
寝ぼけたままでも普通にコーヒーを煎れられる程度には、この一連の動作は習慣付いていた。
けれど。
「篤史くんの分どうするかなぁ…」
いつもなら一緒に煎れるんだけど、と、ぼんやり思案する。
昨夜はお疲れモード全開でベッドに倒れ込んだ篤史くん。
わざわざコーヒーのために起こすのも忍びない。
でも一人分だけ用意してる間に篤史くんが目覚めたら、
(多分篤史くん拗ねるだろうなぁ…)
さあどうしたものか。
うーん。…。
「……まあ、余りは私が飲めばいっか。」
それが無難だな。うん。
――そんなわけで、いつも通り2杯分のコーヒーを用意する事にした。
外は相変わらずゴウゴウとうるさかった。
「………」
机上で組んだ腕に頭を乗せて、コポコポと落ちる茶色い液体をぼーっと眺める。
私も篤史くんも朝バナナ(昔流行った時に何となく始めたのが地味に定着した)派なので、他にやる事は特にない。
しーんと静まり返った篤史くんの部屋。
響くのは一人己の仕事を果たしているコーヒーメーカーの音と、窓の外で何かが轟く音の二つだけだけ。
前者はともかく、後者は珍しいなぁ…と、未だ寝ぼけてゆるゆるした思考を巡らしながら、何となくテレビを付けてみた。
『――――。』
テレビに映ったのは、篤史くんがチェックしてる経済番組がメインのチャンネル。
今も丁度ニュースの時間だったみたいだ。
(…あ、スタジオに猫がいる。可愛い。)
出演者達が座るソファーの周りでチラチラと見え隠れする猫の姿にキュンとしながら、ニュースを観る。
『……という訳で、近隣に住む方は外出は極力控えて、十分にお気をつけ下さい。』
「………」
どただだばたばたばたんっ
「篤史くん!」
「……」
「寝てる場合じゃないよ篤史くん!起きてぇぇぇ!」
今し方見た衝撃の事実に呆然とした10秒後。
私は篤史くんにもその事実を伝えるべく、慌てて彼の寝室へ飛び込んだ。
そして、そのまま篤史くんの眠るベッドへダイブ。
「ぐぇっ」
突然の衝撃に、篤史くんが踏みつぶされた蛙みたいな声を出したけど、今はそんな事気にしてる場合じゃない。
「篤史くん起きて!」
私は眼前にある黒と灰色の縦縞パジャマの胸ぐらを掴んで、篤史くんに覚醒を促す。
数秒の間をおいて覚醒したらしい篤史くんは、気怠そうに上半身を上げながらこちらを向いた。
「………唯?」
「篤史くんおはよう!……って、今はそれどころじゃなくて!」
「どうした?」
私の必死な様子に只ならぬ気配を感じたらしい篤史くんが、神妙な面持ちで聞き返す。
真剣に聞いてくれる篤史くんに嬉しいだなんて思う余裕の無い私は、さっき観たニュースをありのまま伝えた。
「台風!」
「は?」
「今日、台風が来る!って言うか、もう暴風域!!!!」
「…………」
一瞬、篤史くんは私が何を言っているのか分からないといった感じで聞き返したけれど、次第に状況が見えてきたのかいつもの冷静な顔付きに戻る。
そして、こう曰った。
「…知ってる」
・・・・・ え?
さも当然と言わんばかりに冷静に返してきた篤史くんに対し、私は全思考回路が停止して事態が全く飲み込めない。
そんな私を見た篤史くんは、無表情のまま淡々とに説明してくれた。
「先日太平洋側で発生した台風△号は、徐々に勢力を増しながらゆっくりと北上。週末には関東地方も暴風域に入る恐れがあります」
「………」
「以上、一昨日の山田さんのお天気情報より」
「……。篤史くん」
山田さんてダレ。
…いや、今はそんな事気にしてる場合ではなく。
「篤史くん…知ってたんだ…?」
「ああ。ズボラなお前と違ってな」
「…!」
アッサリ返してくる篤史くんの態度にごもっともだけどカチンときた。
「だったら…!」
だったら何でそんな時に部屋に呼んだんだ!
いつもアポなし当日訪問or呼び出しが殆どな篤史くんから珍しく来た、“週末一緒に過ごせないか”というお誘い。
久しぶりに外デートでも行くのかな、と一人浮かれていた私の落胆は決して小さくない。
勝手な思い込みだったとは言え、何となく期待を裏切られた気持ちに駆られた私は再び篤史くんの胸倉を掴み、その憤りをぶつけようとした。
の、だけれど。
「…こういう日に一人で過ごすのって、心細いだろ」
ピタリ。
篤史くんへ伸ばしかけていた手が止まる。
手元に向けていた視線を上に上げると、そこには真っ直ぐに私を見つめる篤史くんの顔が。
その表情は、視線は、至って真面目だ。
「…それって、」
それって、それってつまりは
「…篤史くん、実は台風怖かったりする?」
「――――」
パコンッ
「アイタっ!」
ちょ、グー!?
ここにきてグーですか痛いよ篤史くん!
…なんて抗議の声を挙げようと篤史くんを睨み付けようとしたら、逆に不本意そうな苦い顔で睨まれてしまった。
「アホか!去年怖くて電話だのメールしてきたのは何処の何奴だ!」
「…あ、」
そんな、お怒りモード突入な篤史くんのその一言で、私は忘れかけていた去年の出来事を思い出す。
「あー…」
…そう、あの日も今日みたいに、この地域にしては珍しく台風が上陸した日で。
それまで殆ど台風なんて経験した事がなくて、不安に駆られて怯えていたのは…
「…私、です…」
私の方だった。
「あぁー」
そうだよ、思い返せばあの時の私ってば面白いくらい取り乱してたよそう言えば。
「………うわぁ」
本当に恥ずかしい。
恥ずかしくてたまりません、篤史くん。
でも、
「……篤史くん」
「…何」
でもね、
恥ずかしいけど、私
それ以上にめちゃくちゃ嬉しいです篤史くん。
思い出すのは昨日のメール。
《明日、仕事が終わったらウチに来て》
すごく素っ気ない内容だけど、篤史くんは私を心配してくれてたんだ。
「篤史くん!すきだ!」
「あれ、コーヒー煎れた?」
「えっ、…ああ、うん」
力いっぱい、全力でぶつけた気持ちがまさかのスルーで、次の反応がワンテンポ遅れた私。
でもね、篤史くん。
いつもよりちょっと耳が朱いの、ちゃんと気付いてます。
「山田さんに感謝しなくちゃ」
ごうごうと唸る風も、激しい雨音も、薄暗い闇の中でも、篤史くんと一緒ならきっと大丈夫だと思った。
確か「某らんどらしいお話を書いてみよう!」とチャレンジした結果のゲロ甘小ネタでした。
いま思うと主役ふたりの雰囲気が薬師勇者のルインとイリアに似てるので原型だったのかもしれない。
読み返すだけでも胸やけが酷いのでちょっと塩なめてきます。