魔王、旅に出る
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深い闇の中―――
光も届かぬ闇の底。そのしを歩く一人の少女がいた。見た目は6歳くらいだろうか。白と黒を基調としたヒラヒラしたドレスを纏う少女は、何一つ見えない闇の底を表情一つ変えずに、只ひたすら目的地へと歩をすすめる。
やがて少女は歩を止め大きく息を吸い込むと、闇の向こう側に向かって大きな声を発する。
「魔王様!!魔王様お目覚め下さい。間もなく時が来ようとしております。」
しかし彼女の声は闇に打ち消されたかのようにまるで反応がない。だがキサラは怯まない。彼女は知っていたのだ。声をかけた主がきこの程度で目覚めない事を。
「魔王様。寝坊された事を母上様にご報告致しますよ?」
キサラの言葉が闇に吸い込まれていく――
すると巨大な魔力が渦を巻き、闇の底を中心にし爆発的な勢いで辺り一面を覆っていく。全宇宙をまるごと覆うかのようなその濃い魔力は、次第に一点に集まる。
「おはようキサラちゃん。」
「おはようございます。魔王様。」
魔王と呼ばれた人物は深い闇の中からもそもそと現れた。
歳は人で言えば18くらい。
キラキラと輝くような手入れの行き届いた白銀の長い髪。暗い闇の中で一際輝かんばかりの白い肌。
細身で長身。知らぬ者がみたら、それこそ女神を彷彿とさせる・・・それが彼女、魔王の姿だった。
「キサラちゃん。人間界に勇者は現れた?」
「まだです魔王様。」
「・・・キサラちゃん?私のことは何と呼ぶように言ってあったかなぁ?」
「魔王さ・・・」
ガツン!!
部屋のは端など見えない程の広い空間であっても響く程の音をたててキサラは魔王に頭を小突かれた。
「ユウお嬢様・・・」
「ん~・・・本当はユウ姉だけど、取り合えず今はそれでいいわ?」
涙目で頭を擦るキサラを魔王は抱き締め、一緒に頭を擦る。
「それで、まだ人の世界は成熟してないのよね?まだ私が出るには早いのではないの?」
「魔王・・・ユウお嬢様。人の進化は早いもので、文明は既に安定しております。それどころか近年では互いの利益を奪い合う人同士の争いが頻発しており・・・」
「キサラちゃん待って待って!!」
魔王は両手をブンブン降ってキサラの報告を遮る。
「堅い!堅すぎよ。」
魔王はキサラの物言いがあまりに堅苦しいことにクレームをつける。
いくらキサラが魔王の付き人をしていると言っても、優に数万年を共にしているのだ。魔王にとってみれば妹同然の少女。
「ようするに人同士が争っているから、人以外の敵が必要とパパが判断したのね?」
「物凄く納得は行きませんが、端的に言うとそうです。ところで魔王様・・・その格好は?」
話している最中にいそいそと着替える魔王をみてキサラは問う。どう見ても人の世界の服装にしか見えない。ハッキリ言って嫌な予感しかしない。
「え?私人間に見えない?」
「見えないこともありませんが・・・なんでそんな格好を?」
「キサラちゃん。私ね、これからは愛が人間を救うと思うの。人間と魔族。種族を越えて結ばれる愛が。」
とても魔王が発したと思えないような言葉をキサラはため息混じりに聞きながらキサラは思い出した。魔王デュ―シリア愛称ユーシスは、とにかく恋に恋するような少女だったことを・・・
そして正体がバレてはフラれ、腹いせに人の世界を破壊する事を。
「ユウお嬢様。お父上様と母上様、そしてティアお嬢様にはどう説明なさるおつもりですか?私は嘘をつけないし、ティアお嬢様に至っては心を読みますよ?」
「大丈夫よぉ?だってキサラちゃんは、今までの会話を忘れちゃうもの。」
そう言って魔王は女神のごとき微笑みを称えながら、何処から出したのか巨大なハンマーを振り上げている。
キサラは青ざめ後ずさる。
そうだ。魔王はこういう女だった。女神のような笑顔と甘い声。同じ女性が見てもため息が出るほどの美しさを持つ彼女は、人間の言葉で言うところのヤンデレだった――
――10年の月日が経った――
アリアの村。
この辺境の村の小高い丘には一本の針葉樹が建っている。もう夕暮れ時だと言うのにもか変わらず、少女は長い髪をゆらし、今にもスキップでも踏みそうな勢いで走って針葉樹にむかう。
彼女は、背まで伸びた白銀の髪。透き通るような白い肌。まるで辺境の村に舞い降りた天使。誰もが振り向くような美しい彼女の名前はユーシス。
10年前に魔界を逃亡し、人間に紛れ込んだ魔王その人である。
「シオンったら。大事な話があるだなんて・・・やっぱプロポーズかしら?わざわざ子供に化けてまで幼馴染みという関係から育てた愛だもの。間違いないわぁ。シオンどんなプロポーズしてくれるのかしら。」
魔王は気を抜くとニヤケてしまいそうな顔を何とか整え、ゆっくりと時間をかけて愛を育んだ彼の待つ針葉樹へと走る。
彼は既に待っていた。
大きな針葉樹に寄り掛かって夕日を眺めている姿はあまりにも素敵で、魔王は軽く目眩を覚える。
「ユーシス悪いな。突然呼び出したりして・・・」
頬を照れ隠しのように顔を背けるシオン。
「ううん。どうしたの突然呼び出したりして?」
プロポーズ・プロポーズと心の中で期待たっぷりに連呼する魔王は、顔に出ないように気を付けながらあえて惚ける。やはり女としては、プロポーズはハッキリと言葉で伝えてもらいたい。魔王は今か今かとシオンの次の言葉を待つ。
「ユーシス。俺・・・」
「はい!」
「俺・・・勇者だったらしい。」
「は?」
「俺の母さんの先祖がや勇者だったんだ。今日城から騎士達が司祭様を連れて家にやって来たんだ。」
え?なにを?勇者?
「ユーシス、俺・・・勇者になる。ユーシス俺と共に魔王を倒す旅に出よう?俺にはお前のシスターの力が必要なんだ。」
両手をガッシリと握って熱い眼差しを向けるシオン。あと少し近ければ、その唇に触れられる、そんな距離にいるのに・・・
「ユーシス!!頼む!魔王を倒すのを手伝ってくれ!」
キスやプロポーズさえもない。あろうことか、私の恋人は共に魔王を倒そうと言っている。
魔王の私に・・・
そして私は大好きな彼の願いを無下にできず、彼と共に魔王を倒す旅に出ることになった。
――続く――