Mr.ロマンチスト
こんこん、と歴代の生徒会長も使用してきたであろうスチール製のデスクに向かう私の背後の窓から小気味よい音がこぼれた。え、ちょっと待ってここ二階。
怪奇現象かと若干緊張しつつイスから立ち上がり、閉めた窓の方へ恐る恐る近づいてみる。窓を隠す白いカーテンの向こう、うすぼんやりとした人影らしきものがうかがえた。うごめく影は怪奇現象ではなく不審者か。その間にもガラスは数度音を奏でる。
シャッと勢いよく片手でカーテンを横に引けば、見えたのはこの高校の真新しい制服に身を包んだ年下の男子生徒の姿。窓ガラスの向こう、満開の花を咲かせる桜の大木をよじ登りわざわざここまでお見えになったらしい。新品の学ランが所々汚れている。どうやら音の原因は、まだあどけなさの残るこの少年がノックしたことによるようだ。
目が合ってしまった以上、追い返すわけにはいかない。私も鬼ではないのだ。仮にも全校生徒を統べる者として、ぞんざいな扱いを私一個人の感情で下すわけにはいかない。
隠しきれなかったため息を吐き鍵を下ろす。目の前の少年がそれを今か今かとベランダの無い窓に張り付いて待ち構えているのがありありと分かり動作が遅くなる。
にこやかな表情をたたえる彼の名前は日向春彦。なぜ私が入学したての新一年生の、このなんとも季節にピッタリの春うららな名前を知っているかというと。
「夢路先輩! この前の俺の告白の返事を聞きに来ました!」
そう。私は窓を開けた瞬間叫び出すようなこの元気はつらつな木登り少年に、先週の新入生歓迎用のオリエンテーション終了の際に告白されたのである。ちなみに夢路とは私の苗字。下の名前は桜子。夢路桜子、山吹高校三年生、現生徒会長、が私の肩書である。
「あのねぇ……マイクがハウリングするくらい大きく『好きだー!』なんて喚くような非常識な奴、眼中にないの。お分かり?」
「分かりません!」
返事だけは一丁前な日向一年生。屈託のない笑みと怖いもの知らずからくる形振り構わずの行動は愚直の二文字が当てはまるか。さすが各自解散の号令の後、一目散に司会者の方へ突っ走り力づくでマイクを奪い取り、先ほど述べたような大胆不敵な行動をするだけはある。馬鹿一徹、この言葉がぴったりだ。
「俺、夢路先輩のことすっげぇ好きなんです。もう去年の夏休みに一目見て、フォーリンラブでした!」
「一目惚れなんて浅はかな行為に呑まれる男に興味はない。というか夏休みってなんなの。初耳なんですが」
……聞かなきゃよかった。日向一年生は喜々とした表情で私との(一方的な)出会いを回想する。それはもう被害者のこちらが舌を噛むんじゃないかと心配してしまうくらい興奮して。
ごたくと私情まみれの話を要略すればこうだ。
・去年の夏休み、中学三年生、つまり受験生として友人に山吹高校の見学に連行された。
・そこで全校生代表としてあいさつをする生徒会長の役職を引き継いだばかりの私に出会う。
・彼の言葉を借りるなら〝フォーリンラブ〟(この際なんかすごい勢いで私の魅力を語られた。正直気持ち悪い)
……阿保らしい。どうしてこうも恋だの愛だの中身のない字面に踊らされてるとも気付かず、浮かれまくりでひたむきなんだろう。自分の性に合わないし、何よりちょっと鬱陶しい。早々に帰ってもらおう。
「返事ならノーの一点張りでお願いします。それから、園芸委員長の鬼塚君に見つからないうちに速やかに木から降りた方が良いわよ」
「どうしてですか?」
「名前と見た目とは裏腹に植物をこよなく愛でる園芸委員長の鬼塚君は名前と見た目の期待を裏切らずに校内の植物を痛める者には容赦ないから。そんなことして、見つかったら即死亡フラグだと思いなさい」
満開の桜の木の枝をしならせ花弁を無駄に零すなんて、強面の彼には最早論外だろう。それとなく注意を促してているように見せかけ、とっとと追い出す作戦に私は出た。
「それは大変ですね! その鬼塚先輩とやらに見つからないように室内に入れ」
「ません。生徒会室は基本生徒会役員以外立ち入り禁止若しくは在室の者が許可を出してから入室可能なの。諦めなさい。返事は聞いたんだし、もう私に用は無いでしょ」
予想外というか通りというか。粘るとは思ったがまさか入れろとは。何て厄介者なの。もう室外と室内の二人の間を謝絶するしか打つ手はないと悟った私は施錠にかかる。
「わー、わーっ! 待ってください用ならあります! ありますから窓は閉めないで!」
「……」
暫しの沈黙と逡巡。意味するのは相手への疑いの念だ。「それとも生徒会長はかわいい年下の生徒を無下に扱うんですか?」という突かれては欲しくなった私の唯一ともいえる弱点を突く卑怯な一言に負け、渋々鍵に添えた手を離す。「へへ」なんて目尻を垂らす窓際の彼に不機嫌な口調で声をかける。
「で? 用件は?」
「これです!」
そう言うや否や目の前の少年が自分のズボンのポケットから差し出したのは折り畳んだ薄水色のハンカチ。周囲の目なんて関係無い! な無頓着な人物かと思っていたから、身だしなみを気にするような一面を垣間見て少しびっくり。目を丸くし、木の上の持ち主の意図を探りかねて固まっていれば、ふわり、と端と端を摘ままれたハンカチは風を孕み優しく開いた。
さく、ら。
目の前を、無数の花弁が舞う。タイミングを見計らったのかそうでないのか怪しいところだが、春風がさぁっと吹きこみ薄紅のそれは生徒会室にいっぺんに舞いこんだ。ひらひら、ひらひら。風にあおられ気ままに小さな花弁は踊る。ついでに机上のプリントも。
「桜の花言葉って、優れた美人、らしいっスよ」
一種の絶景に見とれて呆ける私の耳に、何だか二度目の告白まがい。と思ったら紛いものではなかった。「夢路先輩、好きです」とすかさず次のセリフが私の耳に飛びこむ。上に下に散乱する紙類に気を取られつつも何とか返事する。
「だから、さっき断ったばかりでしょ」
「それは先週の告白の返事であって、今回のではないでしょ?」
まさか。
「先輩がOKしてくれるまで、俺、何度でも告白しに来ますから」
二カッと歯を見せ無邪気に笑いかける日向一年生。ホント、勘弁してほしい。畜生、怒る気も失せた。ああでも、これだけは言っとかなきゃ私の気が済まない。
「散らばった書類と花びらの片付け、どうしてくれるの?」
彼は自信に満ちた表情で堂々と答えた。
「じゃ、部屋に入れてください」
――――この策士め。
らんらん気分で春めいたお話です。
紙の上だけでなく現実でも青春をエンジョイしたいです。そんな花の女子高生orz(←言ってて悲しくなった
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今後の文芸部活動の参考にさせていただきます。