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35・推測

 陣頭指揮者である氷室慎司は私利私欲の思惑で頭が一杯らしく、早朝から全面的に東十無が仕切っていた。十無にとってはそのほうが煩わしくなくて好都合だったが。

 宝珠の横やりで警備人員は半減したものの、十月八日までの警備体制はなんとか整えた。

少なくともこの屋敷の中で何か起これば即座に知らせが入る配置ができたと東十無は思っていた。

老齢の執事、中野は、朝食をとり終えてお茶を楽しんでいる水広宝珠に陰のようにひっそりと付き添っていた。早い時間の朝食に同席する者はいなかった。宝珠は先ほど寝室に戻った。

いつもの時間にいつもの行動。この二人の周りだけ時間がゆっくりと流れているようだった。

屋敷には胡散臭い寡黙な使用人の男、どう見ても財産目当ての氷室慎司、執事の姪である得体の知れない自称ジュエリーデザイナー、おまけに何故か、自分が追っている被疑者がいるのだ。Dを手引きしている者がいてもおかしくはない、誰もが怪しい影を落としている。屋敷にいるもの全ての行動を把握しないことには危険を回避できない。

十無は屋敷にいる者全てに目を光らせ、同時に身元の確認も氷室に内緒で調査を進めた。

屋敷内にさざ波が立っているようだと察知しているものの、それは漠然としたものであり、Dに関連付けることはできていなかった。第一、一度盗みに入った屋敷へ短期間にまた盗みに入るなどという無謀な行動は理解し難く、十無は今回の予告状は本当にDの仕業なのだろうかという疑問を持っていた。

そう思わせたのは宝珠の態度だった。昨夜、宝珠だけを別室に呼び、十無がどのような品物なのか確認しようとしたとき、狙われるような品があると言っていた宝珠が、やっぱり高価なものではないのだと言ってみたり、よくわからないと言ってみたり、挙句には中野和美に相談してからなどと意味不明なことを口走り、和美さんは頼りになるからいつも相談に乗ってもらっているのだと慌てて言い訳をする始末だった。結局、話の途中で疲れたので明日話をすると言って中断してしまった。

水広宝珠は警察に何か隠しごとをしていて、自分で判断できず困っているような態度だった。そして、中野和美もそのことに関係しているのだろう。二人には何か企みがある。

十無はそう感じていた。

だがそれは憶測でしかない。事実を確認しながら進み、気にかかる事柄を一つ一つ潰していくしかないのだ。

それ故、東十無の視線は昨夜から中野和美にぴったりと張り付いていたのだった。それなのに、中野和美は宝珠に会おうとせず、朝っぱらから裏庭で若い執事と逢引きしていたのだ。そして、裏庭から屋敷に戻ったときには中野和美は苛々としていて、廊下で氷室慎司に絡んできたのだった。どうみても、痴話喧嘩でもして氷室に八つ当たりしたようにしか見えなかった。

痴情のもつれ。そんな言葉が十無の頭に浮かんでいた。

氷室と中野和美の険悪な間に入るのを避けたい十無は、二人から離れて昨夜の話の続きをするために宝珠の寝室へ向かった。

本当に中野和美は何かを握っているのだろうか。深く考えすぎだったのか。

十無は自分の推測にいくらか自信がなくなっていた。

腕組をして廊下を歩いていた十無は、何気なく窓の外を眺めた。

綺麗に刈り込まれている芝生に点々とある植え込みが青々とし、奥に見える高い塀の際の広葉樹もまだ紅葉しておらず、秋というより夏の終わりといった風景だった。

植込みの間に人影が見えた。

「昇だ」

中野和美の行動に注意を払うよう昇に伝えておきたかったのだが、起きてから会えずじまいだった。

十無は回れ右をして玄関に靴をとりに行き、廊下の開き戸から裏庭に飛び出した。

駆け寄る十無に気づいた昇は、両手をポケットに突っ込んでぶらぶらと歩いていた。

「兄貴、おはよう」

 駆け寄る十無に気づいた昇は呑気に挨拶をした。

「昇、こんなところで何をしている?」

「見ての通り、散歩」

「おまえ、仕事に来ているということを忘れたのか?」

「忘れちゃいないさ。で、そんなに急いで何かあったのか?」

 苛々している十無を蔑むように、昇は肩をすくめてにやにやした。

「……中野和美に注意していてくれ。水広宝珠はずいぶんと頼りにしているようだが、まだ身元が確認できていない」

「なあ、兄貴はどう思っている?」

「何が」

「宝珠の態度がおかしいと思っているんだろう?」

 こういうとき双子だと実感する。昇は十無の考えを全て知っているような口ぶりだった。

「お前はどう思う?」

「宝珠はDに脅えて兄貴を屋敷に留まらせたのに、今朝は警備の数を減らせと言っていた。言っていることが一貫していない。怖がっているかと思えば、なんとなく楽しんでいるようにも見える」

「おまえ、立ち聞きしていたのか」

「兄貴は氷室警部とのやり取りで苛々して冷静に判断できないようだったから、俺がしっかり見ていたのさ。あ、氷室と仕事をするのはいらついて当たり前だと思うけど」

 昇は褒めてもらおうと思ったようだが、一言多くて十無の視線が怒りを含んだものになったのに気づき、慌ててフォローしたのだった。

「俺はいつでも冷静に仕事をしている」

 昇を睨みつけて十無はそう言ったものの、確かに昇の言う通りだった。

 言われてみれば、さっきの水広宝珠は警備体制を半減できてほっとしていたように思えた。

「で、中野和美と執事の中原洋がここで会っていた」

「それは俺も知っている」

「どう思う?」

 今度は昇の方が謎解きを問う。

 こういうときの昇はすでに自分の答えを持っていてそれを確認するために訊いているのだ。だが、今の十無には漠然とした考えしかなかった。それを悟られないようにカマをかけた。

「おまえの思っている通りだと思う」

「やっぱりそうか」

「そうだろう」

「じゃ、協力するんだから守秘義務と言わずあいつらの身元確認ができたら俺にも教えてくれ。まずは腹ごしらえだ。兄貴はもう飯食ったのか」

「いや、俺はいい」

「朝飯抜きは頭が回らないぞ」

 昇はそう言って、足早に屋敷へ向かった。

 昇は何かを掴んだようだが、十無はそれをうまく訊き出せなかった。プライドが邪魔をしてそれ以上訊くことができなかったのだった。

 十無は確実な証拠と事実がなければ答えを見いだせないのだ。昇は理論立てての行動は苦手だが勘がいい。そんな昇を十無は羨ましいと思った。

「あいつのほうが刑事向きだ」

 十無は肩を落としてため息をついた。

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