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29・思惑

 東十無の意外な発言に、この場にいる皆の顔が一瞬強張った。

それぞれに思惑があるのだ。

「東さん、そんな無茶なことが通ると思っているのか」

 企みがある氷室は、生真面目な十無がそばにいると何かとやり辛いのだろう。顔をゆがめて小馬鹿にしたように鼻で笑い、十無を卑下した。

「氷室警部の指示ということでDの捜査上警備が必要とでも、理由は適当につけたらいいでしょう」

 十無は威圧的な氷室に負けない強い口調で言い返したのだが、氷室も引き下がらなかった。

「お婆様に迷惑がかかるようなことはできない。第一、盗難事件直後で警官が出入りしている屋敷にまた賊が来るとは思えない。東さんがここにいる必然性はありません」

「そんなことはないですよ。いてくれたらありがたいけれどねえ。泥棒が入った後で心細くて」

 宝珠が十無の意見に賛成したのだった。

「それは……私がいるので安心してください」

 宝珠の意外な押しに、氷室は戸惑ったように眉をよせて反論した。

「慎司さんは四六時中いるわけではないし、一人より二人いてくれたほうが良いわねえ」

 宝珠は引き下がらなかった。さすがに宝珠の意見をむげにもできないようで、氷室は押し黙って渋い顔をした。

「あら、いいじゃない。もうすぐお婆様の誕生日会をすることだし、警察の方がしっかり警備してくれたら安心ね」

 中野和美ことDまでも、十無を引き止める発言をしたのだった。

 Dは身の危険を感じていないのか?

 アリアは驚いて目を見開き、思わずDを見てしまった。

 ぜひいてほしいなどと、Dは重ねてお願いしている。どう見ても社交辞令のように言っているとは思えなかった。

 アリアのほうがかなり動揺していたのだが、隣に座っている十無は、宝珠の誕生日会に興味が向いているようで、幸運にもそれに気付かなかった。氷室は鋭い目でちらりとアリアを盗み見た。

「誕生日会は四日後の十月八日です。お婆様は身内だけで考えていたけれど、やっぱりそういうわけにはいかなくて、結局七、八十人ほどになりそうですって」

Dはてきぱきと答えた。

じっと見守っていたヒロは、十無の背後から態度に気をつけるようにとアリアに目配せしたのだが、伝わらなかった。

 ヒロの注意に気付いたDは、アリアに関心が向けられないように話しを続けたのだった。

「それで、やっぱり盗難事件の後だから、始めはお婆さまも誕生日会をやめるつもりだったの。でも、こういうときだからこそ気分転換にやりましょうって勧めて――」

「きみ、部外者は余計な口を挟まなくていい。東さんには関係ない話だ」

 そう言って氷室は遮った。

「慎司さん、前にも言いましたが、和美さんは私の大事なお客様ですよ。そんな口のきき方は控えてほしいわねえ」

「しかし――」

 宝珠の注意に氷室は途中で口をつぐみ、鋭い目つきでDを睨んだため、気まずい空気が流れた。

そんな緊張感が漂う中、執事の中野が物静かに宝珠に近づいて、そっと白い封筒を手渡したのだった。

「宝珠様、郵便受けに封筒が」

 多少のことでは動揺しそうもない中野が、顔を強張らせていた。

 表書きが何もない厚手の封筒は封がされていなかった。宝珠は中から白いカードを取り出して中野に渡し、読むように促した。

「送り主の記載はなく、こう書かれています。『貰い忘れた品を取りにお伺いします。』」

 明らかに予告状と思われる文面を耳にした宝珠は、口を結んで硬い表情でじっとしており、動揺を必死に抑えようとしているようだった。

「水広さん、今回盗難にあっていない宝飾品で特別なものはありますか」

 十無が沈黙を破って柔らかい落ちついた声で宝珠に訊ねた。

我に返ったようにはっとした宝珠は、数秒間考え込むようにうつむいてから顔をあげて、「ええ……あります」と答えた。

「Dはそれを盗りにまた来るつもりでしょう」

「やっぱり刑事さんがいたほうがいいということね」

 Dは氷室ににっこり微笑んだ。氷室は十無を遠ざける理由がなくなってしまい、「好きにしなさい」と早口で言い捨てると、ティーカップをテーブルにやや乱暴において腕組をし、皆に背を向けて立った。

 氷室の態度にも動じず、十無は事務的に話しを進めた。

「誕生日会は招待制ですか」

「いいえ、立食形式で庭を開放するのでどなたでも出入りできます」

 執事の中野が答えた。

「やはり、そこを狙う可能性が高いだろう。応援を呼びましょう」

 氷室は十無の提案を聞いて振り返った。

「……いや、少し待て」

「四日後ですよ。急がないと準備が間に合わない」

「しかし、ことを大袈裟にしてはDが現れないかもしれない。せっかくのチャンスを逃すことになる」

「そんなことはない。今までも、警備が厳重であろうが、関係なくDは仕事をしている」

 十無は譲らなかった。

「慎司さん、私からも是非お願いします」

「……わかりました。私服警官を配備しましょう」

 宝珠のすがるような一言で、氷室は渋々承諾した。

「ということで、水広さん、少しの間お世話になります」

「こちらこそ、よろしくお願いしますね」

 自分の思惑通り十無は屋敷に滞在できることになったのだった。

 Dはというと、ことの成行きに満足そうにうなずき、心から嬉しそうに笑みを浮かべていたのだった。

 自分を追いつめて、どうして笑っていられるのか。ヒロがそばにいるから怖いものなどないとでもいうのか。

 アリアはうがった見方しかできなくなっていた。

「あのお、すいません。取り込み中みたいで、誰も出なかったんで勝手に上がらせてもらいましたよ」

 話がひと段落したところに、居間にひょいと顔を出したのは、東昇と柚子だった。

「きみ!」

「はいはい、氷室警部はちょい待った」

目を吊り上げて昇のほうへ駆け寄ってきた氷室に、昇は片手を伸ばして制止し、ずんずんと宝珠のそばへと近づいたかと思うと、その手を取って握手した。

「あんた、水広宝珠さん? 初めまして、東十無刑事の双子の弟、昇といいます。ちょろっと事情が聞こえてきたもので口を挟みますが、立て込んでいるようですね。警察だけでは融通が利きませんよ。俺を雇いませんか。音江探偵事務所のベテラン探偵です、何でもやりますよ。一日いくらの固定料金で明朗会計だし、刑事の兄貴が俺のことを保証します。怪盗Dのことならちょっと詳しいですよ」

ひと波乱の状況に、もうひと波乱起こしそうな昇が割って入ってきたのだった。

昇の話しぶりに圧倒された宝珠は、ぽかんと口を半開きにしている。

「昇! お前には関係のないことだ」

「いいや、関係ある。困っている人があれば俺の仕事だ」

 昇の肩をつかんだ十無に、昇は平然と言い返した。

「刑事さん、その探偵さんは怪盗Dを知っているとうのは本当かねえ?」

「知っているというほどではないですよ」

「見たこともあるんだから、十分知っているぞ」

「刑事さんの弟さんであれば、身元は安心ねえ。警備をお願いしようかねえ」

「ありがとうございます!」

 昇はにこやかに礼を言った。

 そのとき、ずっとドア付近にいた柚子が宝珠のそばに駆け寄った。

「水広さん! 探偵見習の柚子です。昇と一緒に行動しますのでよろしくお願いします」

「あら、ずいぶん若い声だねえ」

 屈んで手を取った柚子に、宝珠は首をかしげた。

「高校生で、アルバイトです」

「危険ではないのかねえ」

「昇がいるので大丈夫です」

 柚子は立ち上がって昇を肘でつついてウインクした。

「お、おい」

 昇は突然のことに、二の句が出なかった。

「夜の過ちは黙っていてあげるから」

 柚子は周りに聞こえないようにぼそぼそと昇の耳元に囁いた。

「はあ?」

どうやら、柚子に腕枕をして一晩過ごしたことをネタにしているらしい。間違いがあったわけではないのだから別に誰に言いふらされても構わないのだが、柚子が動き回ったところで大きな支障はないだろうし、少しでもアリアのそばにいたいのかもしれないと考えた昇は、否定しなかった。

柚子までもがちゃっかり首を突っ込んだのだった。

 宝珠の誕生日まであと四日。

 事件は起こるべくして起こるのだった。

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