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24・役者勢揃い(1)

 ヒロは長い髪をいつもよりすっきりと後ろにまとめて、無愛想な顔をしてそこにいたのだった。

「どうして――」

ヒロがこの屋敷にいるとは、アリアには思いもよらないことだった。アリアは氷室の婚約者という立場を忘れ、ついヒロに声をかけてしまった。

「宝珠様は十時にはお休みになります。夜更かしはお体に障りますので急いで下さい」

 ヒロはアリアの投げかけを無視して顔色一つ変えずに接したのだった。おかげでアリアは我に返り、ヒロに声をかけることが危険な行為だと気付いたのだった。

 しかし、氷室はアリアの動揺を見逃さなかった。

「きみ、七草ななくさと知り合いなのか」

「いいえ」

 ヒロは無表情で答えた。

「七草のほうは君を知っているようだが」

 氷室はアリアをじっと見つめて反応を窺っているようだった。

 下手な言い訳はきっとぼろが出る。

アリアは冷や冷やしながら沈黙していた。

状況がさっぱりわかないアリアだったが、他人として振舞わなければヒロが危険にさらされるということは容易に理解できた。

 警視庁刑事に、ヒロの素性が知れるわけにはいかないのだ。

Dも一緒だろうか。使用人としているということは、何か目的があって屋敷に潜入しているということか。

アリアは少しずつ冷静さを取り戻しながら、考えをめぐらせていた。

「まあいいでしょう。お婆様を待たせられない。あとでじっくり伺いましょう」

 氷室はそう言って、アリアの肩に手を添えて屋敷の奥へ促した。

 氷室の言いなりになっている姿など、ヒロに見られたくない。ヒロはどう思っただろうか。

アリアはヒロの表情が気になって仕方がなかったが、初対面のふりをしなければならず、ヒロのほうを振り向くわけにはいかなかった。

 氷室に肩を抱かれたアリアは、強張った面持ちで長い廊下を歩いた。

 奥の居間では、水広宝珠と思われる上品な老女と若い女性がソファに並んで座っており、談笑していた。

「遅くなりました」

 氷室の声かけで弱視の宝珠は人影に気づき、二人に向かってにっこり微笑んだ。

「慎司さん、誰か一緒にいるようだけれど」

 宝珠はよく見ようと目を凝らしている。

 氷室はアリアの背を押して宝珠の前に進ませて紹介した。

「婚約者の美原七草みはらななくささんです」

 アリアは宝珠のそばに屈んで挨拶を交わし、宝珠の隣にいた女性も軽く会釈をした。アリアは宝珠たちと向かい合うように氷室と並んで腰を下ろした。

「さぞ可愛らしいお嬢さんでしょうねえ。よく見えないのが残念」

 宝珠は穏やかに微笑んだ。その隣に座っていた若い女性は面白くなさそうにやり取りを黙って見ていたのだが、唐突に口を挟んだ。

「慎司さんは結婚に向けて色々準備しないとならないのでしょう。お婆様のところにいるべきではないわね」

「結婚は今すぐの話ではありません」

 氷室が若い女性ににっこりと微笑み返すと、女性は不満げに、「彼女の気が変わらないうちに結婚したほうがいいと思うけれど」と憎まれ口をたたいた。

 この二人は仲が悪いようだ。

アリアは口出しせずに曖昧な表情をして黙っていた。

それにしても、宝珠と親しくしているこの女性は、氷室の従姉弟だろうか。

爽やかな印象だが、どこか派手さがある。誰かに似ているような……。

アリアは若い女性をちらちらと盗み見ていた。そして、思い当たったのだ。

この女性の正体はDだ!

アリアは声を辛うじて抑えた。

氷室に挙動不審に思われたかもしれない。

心配で、横に座る氷室の顔を覗き込みたいところだったが、アリアはその衝動を押し殺した。これ以上怪しい行動をとるわけにはい。

「挨拶が遅くなってごめんなさいね。私は中野和美なかのかずみ。執事の姪です。よろしくね」

 アリアの視線を感じたのか、和美ことDは自己紹介をした。

「こ、こちらこそよろしく……」

堂々としているDとは反対に、アリアの態度はかなりぎこちなかった。

「七草さん、大人しそうで私と気が合いそうね。お婆様のワインセラーを一緒に見に行きません? いいワインが沢山あるのよ」

 満面の笑みを浮かべたDは、余裕のある態度を崩すことはなかった。

Dは最初からアリアだと見抜いていたのだろう。動揺するアリアをこの場から離すように誘ってくれたに違いなかった。

「七草は大事な話があって来たのだ。あなたは部外者なのだから席をはずしていただきたいですね」

 冷ややかな視線を向けた氷室は、明らかにDを煙たがっていた。だが、氷室は宝珠に大事な話を聞いてもらうことで頭が一杯のようで、幸運にもアリアの動揺に気づいていなかった。

アリアは内心ほっとした。

「慎司さん、お嬢さんにそんな口の利き方をするものではありません」

 弱視の宝珠も険悪な空気を察して、氷室をたしなめた。

不服そうな顔をしながらも、氷室は失礼しましたと素直に謝った。

「それより、こんな夜遅くに若いお嬢さんを呼び付けるような大事な話ってなにかしらねえ」

 宝珠は口に手を当ててあくびを押し殺しながら言った。

古い大きな柱時計は夜十時を指し示し、重い音を鳴り響かせた。

宝珠の就寝時間なのだ。

 氷室は座り直して姿勢を正し、慌てて話し始めた。

美原みはら工業はご存知でしょうか。お婆様も名前くらいは耳にしたことがあるかと……」

「ええ知っていますよ。地方の会社としてはやり手の。確か、北海道の企業で東京にも支社がおありでしたねえ。それが何か?」

「知っているのであれば話が早い。実は、彼女はそこのお嬢さんで、お父様が水広グループとの資本提携を希望しているのです」

 宝珠は片眉を上げ、考え込むように両腕を組んだ。

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