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16・反撃(1)

 同じ十月二日の昼時、Dはのんびりと新聞を読んでいた。

「大怪盗になっちゃったのね。私」

「俺たちだろう?」

「そうねえ、あなたも仲間なのかしら」

「違うというのか」

「そんなに言うのなら、仲間でいいわ」

「随分、偉そうだな」

「そりゃあもう、大怪盗ですから」

 Dは体が埋まるようなどっしりとした一人がけソファに身をうずめて、新聞を眺めながら、自嘲的な微笑を口元に浮かべた。

 ヒロはDのすぐそばに腕組をして立ち、Dが広げている新聞に視線を落として腹立たしそうに新聞を指先ではじいた。

 記事の見出しは『八千万円相当の盗難』とある。記事には、水広宝珠宅の金庫から、その他貴金属類や有価証券すべてが盗難にあったと書かれている。

 実際は、Dとヒロは現金どころか、お目当てのダイヤさえ手に入れられなかったのだが。

 すべては水広宝珠とその執事の企てなのだ。この九月二十日付の古い新聞で、忍び込んでから十二日間も経った今、二人は初めて事態を知ったのだった。

「タイムリーな新聞がほしいね」

「そうね、でも籠の鳥の大怪盗は、そんな贅沢を言えないわ」

「はは、保険金詐欺に利用された怪盗とは、とんだ大怪盗だ」

怒りをストレートに出さないが、低い声で皮肉を言うヒロの口調が怖かった。

この新聞は無理を言ってようやく手に入れたものだった。外部の情報はこれしかないのだ。

ここは水広宝珠の屋敷内の地下室。二人は軟禁されていた。

この新聞でようやく状況が飲み込めてきたところだった。

軟禁された翌日、屋敷に人が出入りしている気配を感じた。警察が捜査に来ていたのだ。軟禁された初めの四日間、執事が頻繁に様子を窺いに来て地下室から一歩も出してもらえなかったのはそのためだろう。その後、捜査がひと段落したため、食事のときだけ食堂に招かれるようになったのだろう。

しかし、二人は牢獄のようなところにいたわけではなかった。

地下室は、二人で過ごすには十分な広さの三間続きの部屋だった。サウナまである、広くて豪奢なバスルーム。簡単なジムまで備えてある。Dのためにドレスも取り揃えられていた。そのほか、外部の情報以外は希望すればたいていのものは用意してくれた。

 偽物の窓には美しい森の風景まで描かれた凝った造りで、空調も整っており、地下室独特の冷え冷えとした空気はない。天井も高くて開放的だ。いたって快適な空間。

ないのは自由と太陽の光だけだった。

室内の装飾はとても地下室とは思えない豪華さで、どちらかというと客人扱いだったが、飼い殺し状態に、二人は限界がきていた。

「この新聞記事で、あの婆さんの魂胆がはっきりした。俺たちを利用したことを後悔させてやる」

 ヒロは腕組をして、興奮を抑えるかのように部屋の中をせかせかと歩き回った。

この屋敷に侵入した夜、二人は女主人の条件を飲むしかなかったのだった。

「あんたたちに協力してもらいたいのよ」

 あの晩、女主人はそう切り出したのだった。

協力も何も、防犯カメラにしっかりと顔が映ってしまったその映像を人質にされているのだから、承諾するしかなかった。

 理由は聞かずにこの屋敷に留まり、暫く身を潜めてほしいということだった。ことが済めば、防犯カメラの映像を渡し、こっそり逃がすという条件。おまけに、五百万円の報酬を支払うと言ったのだ。

「大儲けを企んで、はした金で俺たちを使うとは! これで俺たちのやるべきことがはっきりしたぜ」

水広宝珠の企みがはっきりした今、自分たちが盗んだことになっている金品を頂かなければ気が納まらない。

ヒロの瞳はぎらぎらとして、口に出さずともその考えはDにもはっきりと伝わってきた。

十二時に針が回ろうとしている。二人はほぼ同時に壁掛け時計を見上げた。

その直後、二人の背後で扉の鍵が開く音がした。

「そろそろ昼食の準備が整いましたのでお越しください」

 執事は几帳面に、いつも正午きっかりに迎えに来る。

 ヒロとDは視線を合わせて軽くうなずいた。

「私たち、いつまでここにいることになるのかしら」

 Dは執事のほうを振り向きもせずに言った。

「もう暫く」

「こんな生活を続けていたら、フォアグラになっちゃうわ」

 Dは新聞を床に投げ出して、両腕を思いっきり天井に向かって突き出し、伸びをした。ヒロも腰に両手を当てて、けだるそうに背中をそらした。

「宝珠様がお待ちです」

「最後は食べられちゃうのかしら」

 ゆっくりと面倒そうに立ち上がったDに、執事は、

「それはありません」

 と、真顔で答えた。

「つまらないひとね。ジョークの一つくらい返したらどうなの」

 Dは直立姿勢の執事を横目で見た。

執事は女主人と同年齢のはずだが、胸板もあり、歳を感じさせない引き締まった体型をしていて、事務職というより、肉体労働をしてきた人物のように見えた。きっちりと整えられた白髪が、真面目そうな印象で、見た目は往年の映画俳優に負けない威厳がある。

そんな堅物の執事に向かって、Dは大げさに肩を落としてため息をついた。ヒロは口の端を上げてほんの少し笑った。

 この間、二人は大人しく軟禁されていたわけではなかった。

所詮口約束。泥棒を逃がしてくれる保証などないのだ。しっかりと顔を撮られてしまった防犯カメラの映像のありかを見つけ出し、手に入れなければ危険なのだ。

どこかに防犯カメラのモニターがあるはず。何台もあるカメラは、センサーで動きを感知して作動するタイプだったが、女主人と執事があの夜、タイミングよく二人の前に現れるには、モニターで確認する必要があったはずだ。とすれば、執事か女主人の寝室にモニターがあるに違いない。Dはそんな見当をつけていた。

二人にとって扉の鍵など用を成さない。日中は防犯カメラが作動していないのをいいことに、家政婦が買い物に出かけていく時間帯を見計らって、真っ先に執事の部屋を調べたが、何も出てこなかった。屋敷内もくまなく調べ上げたのだが、いまだに映像のありかはわからないのだった。

わかったことといえば、地下室の豪華さに比べ、ほかはしっかりしたつくりではあるが、華美な装飾もなく、資産家の割には質素な生活振りだということくらいだった。宝飾品も、Dが魅入ったダイヤ以外は目ぼしいものはなかった。

よほど倹約家でけちなのだろうかと、Dとヒロは物色しながら首を捻ったのだった。

残るは難関の水広宝珠の寝室だけだった。 

 水広宝珠は、Dたちが軟禁されてから外出をしていない。化粧室やバスルームも寝室に併設されているため、寝室を空けることがほとんどなかった。

 食事の時以外は。

「執事さん、私、化粧室に行くので、十五分ほどあとに来てくださる?」

「またですか。宝珠様は食堂でお待ちですから、なるべく早くお願いします」

「わかったわ」

 執事は無表情だった顔を少ししかめたが、軽く会釈をして、再び扉の鍵をかけていった。

 Dは素早く扉に耳をつけて、遠ざかる執事の足音を確認してから、二人はこともなげに扉の鍵を開けて部屋の外に出たのだった。

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