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14・二人の関係(二)

「馬鹿な真似はよせ」

 十無はインターホンを押そうとした氷室の腕をつかんだ。

「張り込みの理由を知りたいのでしょう?」

 十無の手が緩んだ隙に、氷室はインターホンを押してしまった。

 モニターで相手を確認するような間があってから、

「来ると思っていました」

 と言うアリアの声がスピーカーから聞こえてきた。緊張した声だったが、以外にも驚いているようではなかった。

 暫くぶりに聞くアルトの声。十無は鼓動が早くなった。

 動揺している。それを氷室に悟られないようにと思えば思うほど、十無は自分の鼓動が気になった。

 ドアが開いた。

「立ち話では済まないか」

 アリアの刺々しい言い方。玄関先に出てきたアリアは、敵意に満ちていた。

 氷室の背後にいる十無に気づいたアリアは、一瞬驚いて動きを止めたのだが、左手をひょいと肩まであげて指先をひらひらと動かして「刑事さん、久しぶり」と、いつもの人を食ったような態度を見せた。

だが、すぐ氷室に視線を戻して「……東刑事も一緒に?」と、不安そうに訊いたのだった。

氷室は「もちろん」と、余裕たっぷりに答えた。

 サングラス越しに見せるアリアの表情には、いつもの悪ふざけをする余裕がない。そして、他人行儀な東刑事という呼び方。

刑事と犯罪者という分厚い壁。いつものアリアとは違う。わかってはいたがショックだった。十無はアリアが遠い存在に感じられ、この場にいることに息苦しさを感じた。

アリアは短くため息をついて観念したかのように、「どうぞ」といって十無と氷室を居間に通した。

 室内は十無が以前来たときと同じく殺風景で、代わり映えしなかったのだが、緊張感があるせいか、前よりも冷え冷えとした感じがした。

 十無と氷室はソファに並んで座った。アリアは向かい合っている一人がけ椅子の後ろに立ち、背もたれに両肘をついてもたれかかった。

「あいにく、お客様に出すお茶を切らしていて、申し訳ない」

「何のお構いもいりません」

 氷室は姿勢よく背筋を伸ばして笑顔を浮かべている。

戦々恐々。張り詰めた糸が見えそうだ。

 十無は居心地が悪く、膝の上で何度も手を組みなおしていた。手の平にじっとりと汗がにじむ。

「矢萩柚子はどうしましたか」

「柚子?」

 氷室の質問に、アリアは始めて聞く名前のように首をかしげた。そして、考え込むように首を傾げてから、「ああ、あの女子高生ね。ここにはもういません」と答えた。

「どういうことです」

「出て行きました。ここにはもう帰ってきません」

「喧嘩、ですか」

「そんなところです」

「では、東昇と二人きりですね」

 氷室が意味ありげに十無を見た。銀縁眼鏡が鈍く光っている。

何を言いたいのか。十無は図りかねた。

「あの探偵? 柚子を連れて彼の自宅へ戻りました。彼は柚子がいたからここにいただけです。二人とも仲がよくて、今後は彼が親代わりになるでしょう」

 アリアはそんなことには関心がないという感じで淡々と話した。

身の危険を感たアリアは、巻き込まないように柚子を手放したのだろう。それに、アリアを守ると言っていた昇まで出て行ったとは思えない。アリアは昇をうまく言いくるめたのだろうか。

十無はそんな風にアリアの行動を分析した。

「ということは、あなたは今ここに一人ということだ」

 相変わらず静かな笑顔だが、氷室の言葉尻が少し乱暴だ。これが氷室の素なのかもしれない。

 アリアはソファから離れて、ズボンのポケットに手を突っ込むと、窓際に移動して桟に寄りかかった。

 サングラス越しの視線は氷室に向いている。

「そうですね。ここには私しかいない」

その言葉を聞いて、氷室はにやりと口の端を上げた。それは先ほどの笑顔と違い、獲物を目の前にした蛇のようだ。

アリアが一人になるのを待っていたのだろうか。もしそうだとしたら……。十無は不安になった。

「それで、刑事さんの用件は」

答える代わりにすっくと立ち上がった氷室は、アリアの側に並ぶようにして窓の桟に寄りかかり、馴れ馴れしくその肩に手を置いた。

十無は何が起こったのか理解できなかった。氷室警部の手はアリアの肩にある。その手は軽くのせられただけではなく、アリアの肩を抱き寄せたのだった。十無は目をそらしたいのだが体が石のように動かず、瞬きすらできなかった。

アリアはさほど驚いた様子もなく、さりげなくその手から逃れるために窓際から離れようとしたが、氷室は肩に置いた手に力を入れてそれを留め、アリアに何事か耳打ちした。その後、アリアは何も言わず腕組をしてその場にとどまった。

 アリアの表情はサングラスのため読み取れない。だが、十無にはその表情が硬くなったように見えた。

「さて、用は済みました。東さん、それでは行きましょうか」

 氷室は何事もなかったかのように涼しい顔をしておもむろに立ち上がった。

氷室はアリアに何を吹き込んだのか。

アリアに対する氷室の馴れ馴れしい態度は、二人がただならぬ関係なのだということを十無に見せ付けているように思えた。少なくとも二人は何らかのかかわりがある。

氷室の意外な行動は、十無を動揺させるのに十分だった。

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