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10・寂しい気持ち(1)

 東十無の想像通り、この三日間の張り込みは最初からアリアに知られていたのだった。アリアにとって十無の手の内など、勘ぐるまでもないのだ。  

そんなわけで、アリアは密かに行動していた。だが、東昇がマンションにいることで、いつもより注意深く行動しなくてはならず、いたずらに時間ばかり過ぎてしまい、十月に入ってしまった。

「昇、あの男のことはまだわからないの?」

「あ、うん。もうちょっと待ってくれ」

 今朝も、昇は昨日聞いたのと同じ言葉を繰り返しただけだった。

柚子はアリアの皿にトーストを盛りながら不満そうに昇を睨んだが、アリアは上の空で「そう」と頷いて冷めかけた紅茶をぼんやりしながら口に運んだだけだった。

昇が居候し始めて六日が経っていたが、アリアのスリを見破った謎の男の情報は、アリアに何も入っていなかった。

 普段のアリアであれば文句のひとつでも言って昇をせっついていたかもしれないのだが、今はアリアにそういった気持ちの余裕はなかった。毎朝義務的に確認するだけだった。

アリアが謎の男に注視できなくなったのは、昇が使っている部屋で、ある新聞記事を目にしてからだった。

昇の行動をこっそりうかがうために、部屋へ忍び込んだアリアは、ベッドサイドテーブルにあった新聞に目を奪われたのだった。

赤丸で囲まれた小さな三面記事の見出し。『八千万円相当の盗難』の文字。

渋谷区松涛で起きた窃盗事件。有価証券まで盗まれたとあるのが引っかかったが、賊はDに違いないとアリアは瞬時に思った。

一人ではできない大きな仕事だ。ヒロはDと仕事をしているに違いない。そう思うと、アリアは悔しさで胸が苦しくなった。と、同時に何か胸のあたりが冷たくなっていくのを感じたのだ。

ヒロに必要とされない人間になってしまった。そんな思いに支配されたアリアは、自分に存在価値がなくなってしまった気さえした。

ヒロに見放されたら、一人になってしまう。

その感情はアリアの中で未だくすぶっていた。

それ以来、アリアは少しでもその事件の手がかりがないかと新聞をチェックしていたのだが、事件に関してのめぼしい記事はなかった。やはり物盗り程度では追跡するような記事など載らないのだろう。

アリアは朝刊に目を通しながらため息をついた。

「アリア、最近よくため息をつくわね」

 柚子がアリアのマグカップに紅茶を継ぎ足しながら、アリアの肩越しに新聞を覗き込んだ。

「そうかな」

「前はさほど読んでなかったのに、いやに熱心に新聞を読むし、Dの事件でも探しているの?」

 図星だった。言い当てられてしまったアリアは、一瞬動きを止めて柚子に視線を向けたが、

「別に」

 と、新聞に目を戻しながら冷静さを装って答えた。

 アリアと向かい合わせに座っている昇は、目玉焼きを口に運びながらアリアのほうをちらと盗み見た。昇は会話に参加しないでいるが、じっと聞き耳を立てているようだ。

「ふふ〜ん。ヒロも一緒かな、なんて考えているんでしょ」

「新聞を読んでいるから、耳元でごゃごちゃ言うな」

 胸のうちを言い当てられたアリアは、それを否定するようにピシャリと柚子に返した。

「ふんだ。アリアが最近遅く帰るのって、十無や昇を巻いてヒロを探しているからでしょう?」

「おい、俺は別にアリアをつけたりしてないぞ」

 アリアが反撃する前に、黙って聞いていた昇が口をはさんで否定した。

「昇ったら嘘ばっかり。知ってるんだから。謎の男のことはそっちのけで、アリアの後ばかりつけているじゃないの」

「いや、あの男がアリアにまた接触してこないかな〜ってね」

 口をはさんでしまったせいで、攻撃の的になった昇は、苦笑いしながら言い訳をした。

「昇はもう黙って。それより、アリア、ヒロのことばかり考えたって時間の無駄よ! どうせDといるんだから、好きにさせといたらいいじゃない」

「うるさい」

 低い声で短く呟いたアリアは、柚子の視線から逃げるようにしてテーブルに片肘をついてうつむき、新聞を半分に折りたたんで、読むポーズをとった。

 柚子が言うように、ヒロとDが一緒にいるのはわかりきっていた。たとえ二人が付き合っていたとしてもおかしくないし、ヒロが誰と過ごしていようがアリアには口出しする権利はない。そんなことは言われなくてもわかっていた。だが、現実を受け入れたくなくてその話題から逃げたのだった。アリアと行動するよりもDと組むことが増えているヒロの変化に、気持ちがついていかないのだ。いいようもない不安が募って、混沌とした気持ちがアリアを苛つかせるのだった。

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