最後の1ページ
掲載日:2026/11/07
雨の日にふと迷い込んだ古書店には、背表紙のないファイルばかりが並んでいた。
奥から現れた店主は、静かな声で言った。
「ここにあるのは、あらゆる人生の『最後の1ページ』だけですよ」
吸い寄せられるように手に取ったファイル。そこに挟まれた一枚の紙には、こう記されていた。
『窓から夕暮れの光が差し込む喫茶店。向かいの席の人物が言った冗談に、あなたはお腹を抱えて笑っている。テーブルの上には二つの紅茶と、半分に割ったスコーン。——静かで孤独だった毎日は、ここで幕を下ろした。』
あの日から、あなたの日常には少しだけ余白が生まれた。
いつか訪れるその光景を思い浮かべるたび、無味乾燥だった街の景色がほんのり色づいて見えた。
ふと目に留まった喫茶店に入ってみたり、すれ違う人に少しだけ柔らかい眼差しを向けたりするようになった。
——そして、ある雨の夕方。
ふらりと入った喫茶店で、満席のため相席になった人物がいた。
運ばれてきた二つの紅茶と、半分に割ったスコーン。
他愛のない会話のなかで、相手がふと口にした冗談に、あなたはお腹を抱えて笑った。
窓から差し込む夕暮れのオレンジ色が、テーブルの上を静かに照らしている。
あの古書店で見た最後のページ。
そこに記されていたのは、人生の終わりではなかった。
静かで孤独だった日々の、終わりだった。




