毛根シネマティック・ユニバース(MCU)~秘密結社事件記録~
フサフサ事件簿-光と陰- 全てはここから始まった。
俺は、憎かった、ただただ、あの輝きが・・・許せなかったんだ。
男は、毎日のようにSNSを見ていた。
朝、目を覚ましてすぐに。
昼、仕事の手を止めて。
夜、布団に入ってからも。
見たくて見ているのではなかった。
見ずにはいられなかった。
開くのは、いつも同じ画面だった。
フォローはしていない。
検索欄に、名前を打ち込む。
それが、毎日の習慣になっていた。
今朝も、画面を開くと、その男がいた。
スキンヘッドの男がポーズを取っている。
スポットライトの下。
腕を組み、誇らしげに胸を張る男。
見事なまでに光を反射する頭部。
光りすぎて、顔の輪郭が少しぼやけている。
今回、大会3連覇を果たしたようだ。
投稿には、祝福のコメントが途切れることなく並んでいた。
『おめでとうございます!』
『今年も一番輝いてました』
『光の質が違う……』
『神々しい……まるで光臨のようです』
『この頭を見ると元気が出ます』
『チラリと見える鼻毛がステキ』
コメントの主は、女性ばかりだった。
男は、画面をスクロールする指を止めた。
いいねの数は、見ている間にも増えていく。
百。
二百。
五百。
数字が一つ増えるたびに、胸の奥で、何かが軋んだ。
前から嫉妬していた。そして今回の3連覇で、それは決定的になった。
◇
自分も過去に何度か出場した大会。カミソリで剃りに剃りをいれた頭、磨き上げた輝けるスキンヘッドを持参し大会に出場、負けた、地区大会での敗北・・・
あの頃、頂点に立っていたのもコイツだった。
今でも、覚えている。
大会の前の晩は、ほとんど眠れなかった。
夜明け前に起きて、頭を剃った。
一度。
二度。
三度。
剃り残しがないか、合わせ鏡で何度も確かめた。
控え室の鏡の前でも、何度も頭を撫でた。
くすみはないか。
ムラはないか。
手のひらに伝わる感触だけが、頼りだった。
名前を呼ばれ、舞台に上がる。
照明が、頭に降ってくる。
顎を引き、頭を傾ける。
練習した角度だった。
客席は、静かだった。
拍手は、まばらだった。
結果発表で、男の名前は呼ばれなかった。
地区大会での、敗退だった。
帰りの電車で、窓に映った自分の頭を見た。
くすんでいた。
剃ったばかりなのに、もう青い影が浮いていた。
何度剃っても、自分の頭は思うようには光らなかった。
磨いても、磨いても、照明はくすんだまま返ってきた。
◇
その年の全国大会を、男はテレビで見ていた。
自分が立てなかった舞台だった。
そこに、コイツがいた。
コイツが舞台に上がった瞬間、客席がざわめいた。
地区大会と、同じような照明のはずだった。
なのに、光り方が、まるで違った。
その頭は、照明を受けているのではなかった。
照明を、跳ね返していた。
表彰式。
壇上で、コイツがトロフィーを受け取った。
頭の形をしたトロフィーだった。
コイツは、それを高く掲げた。
トロフィーと頭が、並んで光った。
どちらがトロフィーなのか、一瞬わからなかった。
客席の前のほうで、女性たちが歓声を上げていた。
男は、拍手をしなかった。
手を叩くふりだけをして、会場を出た。
次の年も、男は地区大会で負けた。
その次の年も。
そのたびに、全国の頂点にはコイツがいた。
◇
絶望だった、男の頭には、くせ毛の剛毛・女性にもてない・・憎かった。SNSの男が。
大会に出なくなってから、男は剃るのをやめた。
剃る理由が、なくなったからだ。
頭には、くせ毛の剛毛が、好き勝手な方向へ伸びている。
朝、寝癖を直そうとしても、直らない。
櫛を通せば、櫛のほうが負ける。
鏡を見るたびに、思い知らされた。
自分は、あちら側の人間ではないのだと。
画面の中の男は、毎朝、頭を磨いている。
磨くたびに、女性たちが集まってくる。
自分の頭には、誰も集まってこない。
集まってくるのは、湿気くらいのものだった。
それでも、あの男のSNSだけは、見ずにいられなかった。
憎いのに、見てしまう。
見るたびに、また憎くなる。
その繰り返しだった。
鼻毛にファンが居たのだけが唯一の心の救いだった。
◇
そんなある日、路地裏を歩いていた、また憎らしい男性のSNSをチラチラみながら・・
日が落ちかけていた。
人通りの少ない細い道。
閉まったままのシャッター。
色あせた看板。
足音だけが、やけに響く。
画面の中では、あの男が、また頭を光らせていた。
新しい投稿だった。
正面。
斜め。
肩越しに振り返る後ろ姿。
どの角度から見ても、頭は光っていた。
『今朝も、磨きました』
添えられた一文に、男は奥歯を噛んだ。
画面を消そうとして、消せなかった。
親指が、勝手に次の写真へ進んでいた。
突然白衣の男性が近づいてくる
足音は、しなかった。
気がついたときには、もう数歩先に立っていた。
「そこの君」
「?」
だれだ?わたしか?
男は、思わず振り返った。
背後には、誰もいなかった。
路地にいるのは、自分と、白衣の男だけだった。
やはり私だったようだ
「君、スマホを覗いている君だよ」
「私ですか?」
「そう、君だ。憎いのだろ?その男性が。そのスキンヘッドが」
「…………」
言葉が出なかった。そう、憎い、何度思ったことか、コイツがフサフサだったらと。
女にちやほやされるスキンヘッドが憎くてたまらなかった。
なぜ、この男にわかるのか。
画面は、手のひらで隠していたはずだった。
白衣の男は、こちらの画面を覗き込むでもなく、ただ静かに笑っていた。
眼鏡の奥の目だけが、妙に楽しそうだった。
夕暮れの路地で、白衣だけが、ぼんやりと白く浮いて見えた。
「そんな君に朗報だよ。コレを噴霧したまえ。私が改良した特殊育毛剤改・とても栄える君だ」
白衣の男は、懐から小型のスプレーを取り出した。
手のひらに収まるほどの、何の変哲もない容器だった。
ラベルは、貼られていなかった。
「特殊育毛剤改?」
「そう、これは普通の育毛剤の何倍も強力だ、僅か3時間で40㎝近く伸びる。どうだ?憎いのだろ?」
三時間。
四十センチ。
男は、頭の中で、その数字を並べた。
あの、磨き上げられた頭が。
スポットライトを跳ね返していた、あの頭が。
たった三時間で、黒く覆われる。
男の喉が、小さく鳴った。
「コレを使えばヤツを全身フサフサに?」
「いや、頭髪のみだ」
「頭髪のみ???」
「そう、規定により頭髪のみだ」
白衣の男は、当然のことのように言った。
少しも、悪びれていなかった。
意味がわからない、違法改造しているのに頭髪のみとは・・倫理観が壊れている・・
関わってはいけない。
頭の片隅で、そう思った。
今すぐ背を向けて、来た道を戻ればいい。
それだけのことだった。
だが、足は動かなかった。
頭の中で、別の声がした。
もし、本当に生えたら。
スポットライトの下で、長い髪をなびかせて立つコイツの姿が浮かんだ。
笑いが、こみ上げそうになった。
男は、慌てて口元を押さえた。
自分でも、驚いた。
こんなにも、自分は、あの頭を憎んでいたのか。
白衣の男は、それ以上何も言わなかった。
急かしもしなかった。
ただ、スプレーを差し出したまま、待っていた。
路地の奥で、どこかの換気扇が、低く回っていた。
握ったままの端末の画面が、暗くなった。
暗くなる直前まで、そこには、あの男の頭が光っていた。
◇
しかし私は、そっと手に取ってしまった。ヤツに噴霧した自分を想像していた。
冷たい容器だった。
思っていたより、軽かった。
こんなに小さなもので、あの頭が。
男は、容器を握りしめた。
しゅっ、と小さな音がして。
あの頭が、黒く覆われていく。
つややかな光は、もう、どこにもない。
スポットライトの下で、もう誰も、あの男の頭を見ない。
コメント欄からは、女性たちの声が消える。
そこには悔しがるスキンヘッド、愉悦霏々たる私がいた。




