↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

毛根シネマティック・ユニバース(MCU)~秘密結社事件記録~

フサフサ事件簿-光と陰- 全てはここから始まった。

作者: kawauso2017
掲載日:2026/10/19

俺は、憎かった、ただただ、あの輝きが・・・許せなかったんだ。

 男は、毎日のようにSNSを見ていた。



 朝、目を覚ましてすぐに。



 昼、仕事の手を止めて。



 夜、布団に入ってからも。



 見たくて見ているのではなかった。



 見ずにはいられなかった。



 開くのは、いつも同じ画面だった。



 フォローはしていない。



 検索欄に、名前を打ち込む。



 それが、毎日の習慣になっていた。



 今朝も、画面を開くと、その男がいた。



 スキンヘッドの男がポーズを取っている。



 スポットライトの下。



 腕を組み、誇らしげに胸を張る男。



 見事なまでに光を反射する頭部。



 光りすぎて、顔の輪郭が少しぼやけている。



 今回、大会3連覇を果たしたようだ。



 投稿には、祝福のコメントが途切れることなく並んでいた。



『おめでとうございます!』



『今年も一番輝いてました』



『光の質が違う……』



『神々しい……まるで光臨のようです』



『この頭を見ると元気が出ます』



『チラリと見える鼻毛がステキ』



 コメントの主は、女性ばかりだった。



 男は、画面をスクロールする指を止めた。



 いいねの数は、見ている間にも増えていく。



 百。



 二百。



 五百。



 数字が一つ増えるたびに、胸の奥で、何かが軋んだ。



 前から嫉妬していた。そして今回の3連覇で、それは決定的になった。



     ◇



 自分も過去に何度か出場した大会。カミソリで剃りに剃りをいれた頭、磨き上げた輝けるスキンヘッドを持参し大会に出場、負けた、地区大会での敗北・・・



 あの頃、頂点に立っていたのもコイツだった。



 今でも、覚えている。



 大会の前の晩は、ほとんど眠れなかった。



 夜明け前に起きて、頭を剃った。



 一度。



 二度。



 三度。



 剃り残しがないか、合わせ鏡で何度も確かめた。



 控え室の鏡の前でも、何度も頭を撫でた。



 くすみはないか。



 ムラはないか。



 手のひらに伝わる感触だけが、頼りだった。



 名前を呼ばれ、舞台に上がる。



 照明が、頭に降ってくる。



 顎を引き、頭を傾ける。



 練習した角度だった。



 客席は、静かだった。



 拍手は、まばらだった。



 結果発表で、男の名前は呼ばれなかった。



 地区大会での、敗退だった。



 帰りの電車で、窓に映った自分の頭を見た。



 くすんでいた。



 剃ったばかりなのに、もう青い影が浮いていた。



 何度剃っても、自分の頭は思うようには光らなかった。



 磨いても、磨いても、照明はくすんだまま返ってきた。



     ◇



 その年の全国大会を、男はテレビで見ていた。



 自分が立てなかった舞台だった。



 そこに、コイツがいた。



 コイツが舞台に上がった瞬間、客席がざわめいた。



 地区大会と、同じような照明のはずだった。



 なのに、光り方が、まるで違った。



 その頭は、照明を受けているのではなかった。



 照明を、跳ね返していた。



 表彰式。



 壇上で、コイツがトロフィーを受け取った。



 頭の形をしたトロフィーだった。



 コイツは、それを高く掲げた。



 トロフィーと頭が、並んで光った。



 どちらがトロフィーなのか、一瞬わからなかった。



 客席の前のほうで、女性たちが歓声を上げていた。



 男は、拍手をしなかった。



 手を叩くふりだけをして、会場を出た。



 次の年も、男は地区大会で負けた。



 その次の年も。



 そのたびに、全国の頂点にはコイツがいた。



     ◇



 絶望だった、男の頭には、くせ毛の剛毛・女性にもてない・・憎かった。SNSの男が。



 大会に出なくなってから、男は剃るのをやめた。



 剃る理由が、なくなったからだ。



 頭には、くせ毛の剛毛が、好き勝手な方向へ伸びている。



 朝、寝癖を直そうとしても、直らない。



 櫛を通せば、櫛のほうが負ける。



 鏡を見るたびに、思い知らされた。



 自分は、あちら側の人間ではないのだと。



 画面の中の男は、毎朝、頭を磨いている。



 磨くたびに、女性たちが集まってくる。



 自分の頭には、誰も集まってこない。



 集まってくるのは、湿気くらいのものだった。



 それでも、あの男のSNSだけは、見ずにいられなかった。



 憎いのに、見てしまう。



 見るたびに、また憎くなる。



 その繰り返しだった。



 鼻毛にファンが居たのだけが唯一の心の救いだった。



     ◇



 そんなある日、路地裏を歩いていた、また憎らしい男性のSNSをチラチラみながら・・



 日が落ちかけていた。



 人通りの少ない細い道。



 閉まったままのシャッター。



 色あせた看板。



 足音だけが、やけに響く。



 画面の中では、あの男が、また頭を光らせていた。



 新しい投稿だった。



 正面。



 斜め。



 肩越しに振り返る後ろ姿。



 どの角度から見ても、頭は光っていた。



『今朝も、磨きました』



 添えられた一文に、男は奥歯を噛んだ。



 画面を消そうとして、消せなかった。



 親指が、勝手に次の写真へ進んでいた。



 突然白衣の男性が近づいてくる



 足音は、しなかった。



 気がついたときには、もう数歩先に立っていた。



「そこの君」



「?」



 だれだ?わたしか?



 男は、思わず振り返った。



 背後には、誰もいなかった。



 路地にいるのは、自分と、白衣の男だけだった。



 やはり私だったようだ



「君、スマホを覗いている君だよ」



「私ですか?」



「そう、君だ。憎いのだろ?その男性が。そのスキンヘッドが」



「…………」



 言葉が出なかった。そう、憎い、何度思ったことか、コイツがフサフサだったらと。



 女にちやほやされるスキンヘッドが憎くてたまらなかった。



 なぜ、この男にわかるのか。



 画面は、手のひらで隠していたはずだった。



 白衣の男は、こちらの画面を覗き込むでもなく、ただ静かに笑っていた。



 眼鏡の奥の目だけが、妙に楽しそうだった。



 夕暮れの路地で、白衣だけが、ぼんやりと白く浮いて見えた。



「そんな君に朗報だよ。コレを噴霧したまえ。私が改良した特殊育毛剤改・とても栄える君だ」



 白衣の男は、懐から小型のスプレーを取り出した。



 手のひらに収まるほどの、何の変哲もない容器だった。



 ラベルは、貼られていなかった。



「特殊育毛剤改?」



「そう、これは普通の育毛剤の何倍も強力だ、僅か3時間で40㎝近く伸びる。どうだ?憎いのだろ?」



 三時間。



 四十センチ。



 男は、頭の中で、その数字を並べた。



 あの、磨き上げられた頭が。



 スポットライトを跳ね返していた、あの頭が。



 たった三時間で、黒く覆われる。



 男の喉が、小さく鳴った。



「コレを使えばヤツを全身フサフサに?」



「いや、頭髪のみだ」



「頭髪のみ???」



「そう、規定により頭髪のみだ」



 白衣の男は、当然のことのように言った。



 少しも、悪びれていなかった。



 意味がわからない、違法改造しているのに頭髪のみとは・・倫理観が壊れている・・



 関わってはいけない。



 頭の片隅で、そう思った。



 今すぐ背を向けて、来た道を戻ればいい。



 それだけのことだった。



 だが、足は動かなかった。



 頭の中で、別の声がした。



 もし、本当に生えたら。



 スポットライトの下で、長い髪をなびかせて立つコイツの姿が浮かんだ。



 笑いが、こみ上げそうになった。



 男は、慌てて口元を押さえた。



 自分でも、驚いた。



 こんなにも、自分は、あの頭を憎んでいたのか。



 白衣の男は、それ以上何も言わなかった。



 急かしもしなかった。



 ただ、スプレーを差し出したまま、待っていた。



 路地の奥で、どこかの換気扇が、低く回っていた。



 握ったままの端末の画面が、暗くなった。



 暗くなる直前まで、そこには、あの男の頭が光っていた。



     ◇



 しかし私は、そっと手に取ってしまった。ヤツに噴霧した自分を想像していた。



 冷たい容器だった。



 思っていたより、軽かった。



 こんなに小さなもので、あの頭が。



 男は、容器を握りしめた。



 しゅっ、と小さな音がして。



 あの頭が、黒く覆われていく。



 つややかな光は、もう、どこにもない。



 スポットライトの下で、もう誰も、あの男の頭を見ない。



 コメント欄からは、女性たちの声が消える。



 そこには悔しがるスキンヘッド、愉悦霏々たる私がいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。