【短編ギャグ】転校生はお嬢様
「今日は転校生を紹介します」
教室の壇上で担任がそう話すと、ガヤガヤと教室内が騒がしくなる。
「聞いたか? 転校生の話」
「えっ?」
後ろの席の耳の早い同級生が、俺に話しかけてくる。
「なんでも、とんでもない金持ちのお嬢様らしいぜ」
「へぇ~」
一体どんな人なんだろう。お淑やかな子なのか、それとも高飛車な感じか。単純なイメージを湧かせながら本人の登場を待ち望む。
「それでは、入ってきなさい」
ガラガラっ。
ドアを開けて入ってきたのは、黒髪ロングの女の子。
さらりと艶のある長い黒髪。整った目鼻立ち。
立っているだけで品の良さが伝わる、まさにお嬢様といった風貌の美少女だった。
(おおっ、可愛い!)
クラス中の男子が同じことを思った、その時――
チャキッ。
乾いた金属音と共に、彼女のこめかみにリボルバーの先端が突きつけられる。
「聞こえるかーーっ!? お前の娘の命は預かった! 返してほしければ100億円用意しろ!」
彼女に銃口を向けた男が、電話で彼女の親に叫んだ。
(いっ、いきなり人質にされてる!)
あまりの急展開に頭がついていかない。
皆が戸惑っている中、転校生は取り乱すこともなく、スッと男の腕を掴んだ。
そして次の瞬間。
ぐるりと体をかがめて背負い投げ。そのまま前方へ放り投げ、地面に叩きつけた!
「ぐはっ!」
そしてスキンヘッドにサングラスを付けた黒服の男が現れる。彼によって脅迫犯は動けないように制圧された。
「もしもし、お父様? 大丈夫です。いつものように撃退しました」
犯人が使っていた電話をそのまま使い、何事もなかったかのような顔で彼女は父に自分の安全を報告した。
「……と、いうわけで、転校生の新庄さくらさん。そしてSPの森田さんだ」
担任も大したことは起きていないという様子で、自然に転校生の紹介を始めた。
「彼女はその家柄ゆえ幼少の頃から誘拐未遂が後を絶たず、その回数はギネスに登録されているほどだ! 今回の転校も以前の学校で周りを巻き込み居続けられなくなったためなんだが、まあ、仲良くしてやってくれ!」
(ええ……)
クラス中が、既に彼女の存在に引いていた。
「と、いうわけで皆様、よろしくお願いいたしますね」
転校生は、上品な笑顔を教室中に振りまいた。
「よ、よろしく……」
みんな、そう返すしかなかった。
* * *
最初の授業が終わっての休み時間。
話題はやはり転校生。
「新庄さん、スッゲー可愛いよね」
「ねえねえ、どんなおうちに住んでるの?」
彼女の周りは、人だかりで溢れていた。
「なんだかんだですっかり人気者だな」
「まあ、あれだけ目立っていりゃあな」
アイドル顔負けのルックス。
長く伸びる肢体にきめ細やかな肌。豊かな胸の膨らみ。
肩には貴族か軍人が身につけるような、房で飾られた肩章。
(あれ、どこに売ってるんだ……?)
「しかし男子はともかく、女子にも人気とはね。なんだか意外な気がするな」
「金持ちと仲良くしときゃ、得するかもとか……どうせそんな理由だろ」
「おいおい、そんな言い方失礼だろ」
だが俺には、女子達が目を$マークにしている様子がはっきりと見えていた。
「お前の目が節穴なのはよくわかったよ」
「しかし目立つのはいいけど、不良とかに目をつけられなきゃいいけどな」
「不良? うちのクラスにそんな奴いたか?」
「いや、上級生にいるんだよ。すげえのが……」
ガラガラっ。
「ちょっと、邪魔するよ!」
ドアを荒々しく開けて入って来たのは、三人の上級生。
「あんたかい? 噂のお金持ちの転校生っていうのは……」
一人は木刀を持ち、一人は眉毛を完全に剃っており、一人はバッテンが記されたマスクを着用している。
そしてスカートは皆くるぶしを覆うほど長い。
(昭和みたいな不良きたーーっ!?)
「あたし達、お金に困っていてよぉ……ちょっと財布見してくんねーか」
不良達の狙いはやはりお金。転校生を囲って絡み出した。
「やばいな、早速たかられてるぞ」
「SPさんは何やってんだよ?」
「あの人なら、そこ」
友人が指を指した先には、女子達に囲まれて鼻を伸ばしているSPがいた。
「仕事しろよあいつ!」
「お小遣い、チェーック」
不良の一人が、転校生から財布を取り上げた。
「さーて、お嬢様の財布の中身はどうなってるかな~」
財布を覗き込んだその時、彼女達はどよめき始めた。
「げえっ、こいつ偽札を入れていやがる!」
(えっ!?)
彼女が手にした一万円札には渋沢栄一が刷られている。偽造は困難な最新型のはずだ。
「万札が聖徳太子じゃねえ、誰だよこの親父!?」
(コイツらマジで昭和からタイムスリップして来たのか?)
どういう人生を送れば、万札が聖徳太子であるはず等という認識のまま生きられるのだろうか。
「通貨の偽造は刑法148条により無期または3年以上の懲役だぞ! わかってんのかお前!」
(いや、なんでそんなことに詳しいんだよ!)
「あたしを犯罪者にする気かぁ!」
不良は転校生に向かって木刀を振り下ろした!
「あっ、危ない!」
とっさに体が動き、彼女を庇うために前に出ていた。
バキイッ!
不良の一撃をまともに受けた俺は、衝撃で机や椅子を巻き込みながら吹き飛ばされた。
「な、なんだコイツ、急に出てきやがって」
怯んだ不良の手首を、転校生ががっちりと握り締める。
「なんてことするんですかーーっ!」
ボキィッ!
「ぎゃあああああっ!」
嫌な音が教室に響いた。
不良の腕は曲がってはいけない方向へと曲がり、そのままだらりと垂れ下がる。
「ひいいいいいっ!」
目には涙が浮かび、表情は恐怖で引き攣っている。
「すみません、大丈夫ですか?」
転校生は、うずくまる俺に手を差し伸べる。
「俺よりも向こうが大丈夫じゃないよ……暴力はまずいんじゃ?」
「大丈夫です。お金で揉み消しますから」
「く、黒い!」
しかし彼女が強いとは言え、女性の前で頼りない姿を見せてしまったことに情けなさが込み上げる。
「それにしても君強いね。はは……俺のしたことは余計だったかな」
「……そんなこと、ありません」
彼女はそう言って、顔を赤らめる。
「今まで私の傍に集まってくる人は、お金目当ての人ばかりでした。でもあなたは、なんの見返りも求めずに私を助けようとし、傷ついてくれました」
彼女は、はにかむように笑った。
「そんなあなたに……私、恋をしてしまいました」
「えっ」
* * *
廊下を歩く俺に、周囲の視線が突き刺さる。
俺の隣には、腕を絡めて嬉しそうに共に歩く転校生――新庄さくらさんがいた。
「私たち、周りからはお似合いのカップルに見えているのでしょうか?」
「あー、うん。どうだろうね……」
(めちゃくちゃ目立っているなぁ……)
これほど注目を浴びたことなど今までになく、なんとも気恥ずかしい。
(まあ、こんなに可愛い子に好かれるのは悪い気はしない。ただ……)
気になるのが俺達の後ろをぴたりと離れず歩く、SPの存在。
(このおっさんは、どうにかならんのか……)
190cmを超える身長。筋肉質のがっしりとした体格。スキンヘッドとサングラスに黒スーツ。背後から感じる威圧感は凄まじい。
「ねえ……SPさんはもっと離れてもらえないの? 落ち着かないよ」
「ダメですよぉ、森田は私の傍を離れないのが仕事なんですから」
「さっき思いっきり離れていたじゃん!」
「それより今日はぜひうちにいらしてください。婚約者として両親に紹介したいので」
「婚約者!?」
いくらなんでもそれは急展開すぎる。
「いや……その、付き合って初日に婚約者とかは、気が早いどころの話じゃないんじゃないかなあ……」
「ふふっ、なに慌ててるんですか。半分冗談ですよ」
「半分は本気なのか!?」
一体どこまでが本心なのか。彼女が転校してきてから、振り回されるばかりだ。
* * *
放課後。校門の前に停まる車の存在感に、生徒達はざわめきながら視線を集める。
「さあ、こちらへ。車を待たせてあります」
それは、高級感満載の黒光りするリムジンだった。
(すげー。乗るのは勿論、見るのも初めてだ)
「どうぞ、乗ってください」
彼女が俺の手を取り、助手席へと促される。
「あ、うん……」
普通なら後部座席に通されるのが当然だと気づくべきだったかもしれない。しかし送迎に慣れていない俺は、そのままそこへと座り込んだ。
代わりに後部座席に乗るのはSP。そして隣の運転席でシートベルトを締めるのは、新庄さん。
(……って)
「君が運転するのか!?」
「はい? 何か問題でも……?」
自分がそこに座るのは当たり前だ、と言わんばかりの堂々とした振る舞いをする彼女に、俺は戸惑うことしかできない。
「運転免許持ってるの? 俺達まだ高校生なんだけど……」
「おかしなこと聞きますね。持ってる訳ないじゃないですか」
「なら何故当然のように運転席に座る!?」
俺がおかしいことを言っているとでも言うのか!?
「君が運転する必要なんてないでしょ? 何の為のSPさんなの……」
そう言って俺は後ろのSPを覗き込む。
「森田も運転免許なんて持ってませんよ」
SPはやれやれ、といった表情で両手を開き、首を横に振る。
「使えねーなこいつ!」
「じゃあ、行きますね」
彼女がアクセルを踏むと、リムジンはゆっくりと出発した。
* * *
こんな高級車に乗るなんて、落ち着かない。俺はキョロキョロと辺りを見回した。
「どうしました?」
「いや……リムジンなんて初めて乗るから珍しくってさ」
「あらあら、そういうことでしたか」
彼女は、優しく微笑みかける。
「では、リムジンについて教えて差し上げますね。私の握っているこれは、ハンドルと言います」
「うん、それは知ってる」
彼女は指さして車内の機器を紹介し始める。
「こちらがミサイルの感知レーダー、こっちはバリアの発生装置。そしてこれは自爆スイッチです」
(物騒な機能ばかり……)
リムジンは安全運転で、支障無く道路を走り抜ける。免許が無いのは問題だが、運転には慣れているようだ。
(ふう、どうなることかと思ったけど、彼女の家には無事に着けそうだ)
その時だった。
ガガガガガッ!
リムジンの横を、轟音が通り抜けていく。
何事だ?と思った時、再度同じ音が耳をつんざく。
――銃声だ。
この車は、銃撃を受けている。何故!?と考えて、彼女が誘拐未遂のギネス記録保持者であったことを思い出した。
(狙いは彼女!? この車は、襲撃されている!)
「後ろの車、こっちを狙っていますね。ちょっと運転代わってください!」
「えっ?」
彼女がぐいっと俺を引っ張ると、交代するように俺と彼女の位置が入れ替わった。
助手席に座った彼女は、ダッシュボードの収納を開けると、中から機関銃を取り出した。
「向こうがその気なら私が相手になって差し上げます!」
「ええっ!?」
そう言って彼女は窓から体を出し、後方に向かって銃撃を始めた。
「私が相手を足止めしている間に引き離してください!」
「いや、俺運転なんてできねーし……SPさんは!? こういうときこそこの人の出番でしょーっ!?」
「森田なら後部座席で酔って吐いてますよ」
SPは袋に顔を近づけ、青ざめた表情で嘔吐している。
「オエエエエっ!」
「こいつマジで何のためにいるの!?」
ガガガガガガッ!
激しい銃撃戦。
それを耳で聞きながら、俺は必死にハンドルを握りアクセルを踏んだ。
「ロケット噴射で一気に加速しましょう! 運転席の赤いボタンを押してください!」
「えっ?……こ、これかっ!?」
目についた赤いボタンを押す。
するとリムジンのボンネットが開き、そこから轟音と煙を立てて前方にミサイルが発射された。
* * *
「えー、今日をもって中川部長が定年退職されます。中川部長、前へどうぞ」
パチパチパチ。
あるビルの一室で、拍手を浴びながら壮年の男性が前に出る。
「えー、本日をもってこの会社を退職することとなりました。40年以上の長きに渡り皆様のご指導ご鞭撻により大過無く職責を全うすることができました」
他の職員が、静かに彼のスピーチを聞いている。中には涙ぐんでいる者もいた。
「皆様の一層のご発展とご多幸をお祈り申し上げます。ありがとうございました」
中川は深々と頭を下げる。ここで先ほどよりも大きな拍手が巻き起こった。
「部長。今までお疲れ様でした」
女子社員による花束の贈呈。中川の目にも、きらりと光るものが浮かんだ。
(40年、この会社でいろいろなことがあった。俺が去ってもこのビルは残り、多くの人達を支えていくだろう)
ヒュルルルル……。
「うん?」
ドゴオオオオオオオン!
中川達のいたオフィスに、ミサイルが直撃した。
彼が40年働き続けた会社は、大きな爆発音と共に吹き飛んだ。
ビルの周囲は阿鼻叫喚に包まれる。
テロだ、逃げろ、と悲鳴が入り乱れた。
「なにやってるんですか? それはミサイルのボタンですよ。あとで謝りに行ってくださいね?」
煙を立てて半壊したビルを、彼は唖然として眺めることしかできなかった。
ガガガガガッ! バスッ!
彼女の銃撃が賊の車のタイヤに直撃した。
コントロールを失った車体は何度もスピンし、やがて複数の通行人を巻き込みながら壁に激突して動かなくなった。
(今誰か轢かれたぞ……)
「やりました! 相手を見事撃退しましたよ!」
彼女は俺を胸元に引き寄せて抱きしめた。
柔らかい感触といい匂い。
だが、今はそれを堪能している場合ではない。
「ちょっ……抱きつかないで! 前、見えないから!」
* * *
「部長! しっかりしてください!」
「う、う~ん……」
ミサイルの襲撃を受けたビルから、人々は命からがら逃げ出していた。
頭から血を流し、朦朧としながらも中川は同僚達に支えられ一階までたどり着く。
「もうすぐ避難できますよ。ほら、外です!」
(……家では妻が待っているんだ。定年まで支えてくれた彼女と、旅行に行く約束をしているんだ)
「俺は……まだ死ねない……」
ガシャアーーン!
ビルの入り口にリムジンが頭から突っ込んできた。
中川達は勢いよく跳ね飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「す、すまないが、妻に伝えてくれ……最期の瞬間まで俺は君を愛していたと……」
そう言い残して、彼は糸が切れた人形のように動かなくなった。
「部長……部長ーーーっ!」
* * *
日は暮れ、赤く染まった空を複数のカラスが飛んで行く。
「いてて……ったく、酷い目にあった……」
事故の影響であちこち痛い。今生きているのが奇跡だと思う。
「でも無事に賊を撃退できて良かったですよね!」
新庄さんとSPさんは何事もなかったかのようにケロッとしている。
(何でこの二人はあの事故で無事なんだ……?)
「見てください。あれが私の家ですよ!」
「えっ?」
目の前に広がるのは、学校のように大きな豪華な屋敷。
一目で自分とは住む世界が違う人達のための場所だとわかる。
「おかえりさくら。隣の子はお友達かい?」
「お父様、お母様!」
出迎えてくれたのは、スーツを綺麗に着こなしたオールバックの中年男性。そして彼女とよく似た顔の、和装美女だ。
「やあ、よく来たね。さくらの父です」
「母です。さあ、こちらにいらしてください」
「あ、どうも。初めまして……」
(ふう、両親はまともそうな人だな)
そう一息ついた、その時。
「……と、見せかけて、俺達も実は誘拐犯だーーっ!」
二人が顔に手をかけると、バリバリと音を立てて顔が剥がれ、中からは全く別の顔が現れた。
「身代金はいただきだーーっ!」
「もう、いいよーーっ!」
面白かったら感想などいただけると嬉しいです。




