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国境の町

闇に包まれた黒い森――。

旅の一行はついに最大の難所を抜けようとしていた。

しかし、そこで待ち受けていたのは“魔物”との死闘。そして、奇跡。

聖女アンナの正体に、かすかな影が落ちる――。


第9話、聖女たちの祈りが初めて「力」に変わる章。

「もう魔物は来ないと思いますが、一応、警戒は怠らないようにしてくださいね」


そう言い残し、アンナは静かに馬車の外へ出ていった。

彼女の後ろを、4人の聖女たちが続く。

けれど誰も言葉を発しなかった。

――さっきの出来事は、夢のようで、あまりに現実離れしていたから。


外ではクロノ司祭が、魔物に襲われた人々の治療を始めていた。

噛みつかれた者、爪で裂かれた者――傷口を押さえ苦しむ声があがる。

聖女たちはすぐに駆け寄り、彼らのそばに膝をついた。


「大丈夫ですよ」

「この傷なら軽いです」

「こころをしっかり持って」


三人の聖女が手際よく患者を励ます。

その姿は、まるで訓練された看護師のようだった。


「しっかりしないと、ぶっ叩くわよ」


年長のトリーがきっぱり言う。

だがその声音には、叱咤よりも愛情がこもっていた。

「ルーツ、水をくんできて!もっと大量に、急いで!」

商人のルーツは、先ほど馬車で震えることしかできなかった分、今はこき使われて当然だ。


聖女の務めのひとつに、癒しと看護がある。

医療知識を持つ彼女たちは、治療の中心でもあった。


クロノ司祭の声が飛ぶ。

「怪我の箇所にはできるだけ水を流して! 血が出ても洗浄を優先だ!」

毒を含む唾液が残っている可能性がある――。

彼は冷静に、的確に指示を出す。


洗い流したあと、清潔な布で患部を保護する。

その後、聖女たちは静かに手を当て、祈りを捧げた。


「聖女様……痛みが引いてきたような気がします」

「それなら大丈夫。傷の治りも早いと思いますよ」


ノルがやさしく微笑む。

患者は、その笑顔に救われたように頷いた。


――言葉には力がある。

人を生かしも、殺しもする。

愛ある言葉、思いやる言葉を、軽んじてはならない。

そう聖女たちは教わってきた。


そして、あの“光”を見た者たちは、もう疑わなかった。

「聖女様は俺たちの味方なんだ」

「祈りで救ってくれた……」

「アルテミスの再来だ……!」


護衛たちの胸にも、信頼の火が灯る。

馬車の上で輝く弓を手に立ったアンナ――その姿はまさに神話の女神だった。


アンナはその声を遠くに聞きながら、少しだけ胸を痛めていた。


(……わたしは、この世界の人間じゃない)


だが、正体を明かすことはできない。

その想いを胸に、彼女は息を整える。


治療が一段落すると、クロノ司祭がそっと声をかけた。

「あの……立ち上がる光は、いったい……」

「聖女みんなの祈りの力です」

アンナは静かに答える。

(この人には、見えたのね)

それ以上、司祭は何も言わなかった。


「先を急ぎましょう。魔物が逃げただけかもしれません」

「そうだね、夜になる前に森を抜けよう」


馬車は再び動き出した。

今回は、聖女たちの箱馬車が先頭に立つ。

その屋根の上には、弓を構えたケルンの姿。


「異常を感じたら、矢をつがえずに弦を鳴らしてください」

「弦を鳴らす?」

「ええ、その音が魔物よけになるはずです」


ケルンは頷き、走行中、何度か弦を鳴らした。

ビーーーン……ビーーーン……。

その音は森の奥まで響き、まるで光の残響のようだった。


やがて、木々の影が薄れ、視界がひらける。

「町が見えるぞ!」

歓声があがる。黒い森を抜けたのだ。


――こうして一行は、日暮れ前に国境の町へ到着した。


この出来事ののち、旅人たちは黒い森を通るとき、

「弓の音」を模した笛を鳴らすようになったという。

その音が魔物を遠ざけ、安全な道行きの象徴となったのだ。


教会の宿舎に着いたとき、ベルが大きく伸びをした。

「あーーー、つかれたぁ!」

「でも、無事着いたわね」

「そうだね……あとは明日だ」


五人の聖女はそれぞれの部屋に入り、ベッドに倒れこむ。

「おやすみ」

「おやすみなさい」


一日が、静かに終わっていった。

黒い森を抜けた夜――それは、アンナの心にとっても、ひとつの峠を越えた夜だった。

第9話 いかがでしたでしょうか。

ここで描かれたのは、聖女たちが“戦士”ではなく“癒し手”としての力を発揮する場面です。

一方でアンナの「私はこの世界の人間ではない」という内なる独白は、次章への重要な伏線となります。


次回、第10話――舞台は国境の町。新たな登場人物と、次の“競技会”への道が始まります。

どうぞお楽しみに。

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