テラスにて
王城での競技会が終わり、束の間の静けさが訪れた。
歓声も戦いも去り、聖女たちはようやく一息つく。
──けれど、終わりはいつも次の始まりを呼ぶもの。
アンナと仲間たちの心に、ひとつの光が残っていた。
お茶の香りが、やわらかい風に溶けていった。
王都の宿舎テラス。四人の聖女たちが、月夜の光を受けて椅子に腰を下ろしている。
「はあぁー……競技会、終わっちゃいましたね」
「本当に。なんだか、あっという間でしたわ」
「まだ夢の中にいるみたい」
「終わってしまえば、また日常に戻るだけですけどね」
笑いながらお茶をすする三聖女。
「表彰式が終わったら、お買い物をして、王城を見学して……帰るだけ、ですわね」
「どこ行ってみましょうか?」
「王城だから、珍しいものがいっぱいあるかもしれません」
そんな浮き立つ声が、秋の光に反射して弾む。
ただ一人、アンナだけが静かにお茶を口にしていた。
その横で、控えの見習い聖女トリーは、ちらりとアンナを見つめながら思う。
(……そんなに簡単に“帰るだけ”で済むようには思えないのよね)
一方そのころ。
酒の香が立ちこめる男たちの部屋では、また別の会話が弾んでいた。
「表彰会が終われば、あとは帰るだけか。明日から荷造りだな」
ケルンはすでに帰路の段取りを考えている。
「いや、そうはならないでしょう」とデント執事が冷静に返した。
「なんでだ?」
「初めは最下位から一つ上がって良かったと思いましたが、よく考えると──そう単純ではないんです」
クロノ司祭の目がわずかに鋭くなる。
「どういうことだ?」
「ケルンさんはわかっちゃいませんね。弓は一級品だけど、頭の方はちょっとね」
ルーツ商人は自分のこめかみをコンコンと叩く。
「うるせえっ!」
ケルンがルーツの首を抱えこみ、ヘッドロック。
「イテイテ!」と叫びながらも笑いをこらえるルーツ。どうやら、仲は良いようだ。
デント執事は苦笑しつつ杯を置いた。
「東地区の結果は三位。しかし──もしこれが“団体戦”であったなら、東が一位です」
「……なるほど」
「ですから、表彰式で全てが終わるとは思えません。おそらく、」
執事の言葉に、部屋の空気が一瞬止まる。
(ああ、メラノ侯爵様……また面倒なおもちゃを拾ってしまいましたね)
デントは心の中でそうつぶやいた。
このとき、まだ誰も知らない。王城ではすでに、宰相メーセン、そしてアルク大公までもが動き出していたことを──。
再びテラス。
話題はあの「ポーション(薬)」へと移っていた。
「あれがなかったら、どうなってたでしょうね」
ノルの言葉に、サンディとベルも頷く。
「ほんとに。あれがなかったら棄権してたかも」
「帰るどころじゃなかったですわ」
そこで、アンナが穏やかに口を開いた。
「この薬のいわれには、少し古い話があるんです」
彼女はカップを置き、遠い空を見た。
「昔、ある聖者様がおられました。道を求めて苦行を重ね、ついに倒れたといいます。
そのとき、一人の少女が彼に一杯のこれを差し出しました。
彼女の名は──スジャータ。
そのものはパーヤサと呼ばれました。
それこそが、この薬の原型なのです」
「スジャータ……初めて聞きました」
「古い伝承の中にありました。今回はトリーに頼んで急遽、再現してもらったんです。間一髪でした」
「トリーさん、本当にありがとう」
「いえ、私だけじゃありません。ケルンもルーツも走り回ってくれて、みんなの力です」
その言葉に、テラスの空気が少し温かくなった。
トリーはふと首をかしげる。
(でも……お嬢様が昔こんなものを作ったなんて、聞いたことがないわ)
話は一日目の治療へ。
「ほんとに、治療のスピードが上がりましたね」
「信じられないくらい!」
「ずっと薬を飲み続けてましたから」とトリーが言う。
「全力を出せるようになったんです」とアンナ。
「倒れるのを恐れて、みんな力を抑えていた。でも“倒れても大丈夫”と思えたとき、真の力が解放されたのですよ」
「そうですわ、あの瞬間は迷わず飛び込めました」ノルが言う。
「結局あの緊急治療が地獄の特訓になったってことね」
「アンナ、まるで鬼教官でしたわ」
アンナは笑ってそれを受け流す。
──けれど確かに、あの時彼女は三聖女たちの力を“開かせた”のだ。
集中力は極限まで高まり、光はより微細なものを映すようになっていた。
「でも、最終日にアンナに言われて驚きました」
「“三聖女には治療を降りてほしい”って……あれには本当にびっくりしたわ」
「ごめんなさい」アンナの声は静かだった。
「あのとき、どうしても皆さんには休んでいてほしかった。
あの重症者は、一人の力では治せないと思ったのです。
けれど──森での戦いで生まれた、皆の“協力”なら届くと信じていました」
彼女は目を閉じ、あの瞬間を思い出す。
「みんなの光が集まって、患者のまわりに光の塔を立ち上げた。
それはまるで、聖なる宝塔のようでした」
「きれいだった……静かで、ただ光だけがあって」
「本当に、聖なるものを見た気がします」
「でも、だれもそれに気づいていない」アンナがつぶやく。
「──けれど、確かに患者たちは救われました」
ノルがそっと言う。
「もし東だけだったら、一位は東でしたね。
けどアンナは北も南も救った。その理由、もうわかります」
ベル、サンディ、トリーは顔を見合わせ、ゆっくりとうなずく。
そして、声をそろえて言った。
「聖女の役目は──苦しむ人を助けることです」
「ありがとう、みんな」
アンナの頬を、静かな涙が伝った。
その光は、競技会の勝敗よりもはるかに眩しかった。 (第一部 完)
第一部、競技会の幕は降りました。
けれど、物語はまだ終わらない。
王城では、すでに新たな動きが始まっている。
東の四聖女、そして見習いトリー。
彼女たちが見た“光の宝塔”は、やがて国を揺るがす出来事の導火線となるだろう。
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