表彰式前夜
王城競技会の幕が下り、静かな余韻だけが残る。
勝者ベアトリス、涙に沈むキラ、そして――誰よりも光を放った東のアンナ。
それぞれの宿舎で語られる“真実”が、次の運命を静かに動かしていく。
競技会は終わった。
四人の聖女と見習い聖女の五人は、馬車に乗り込み、病院を後にした。
東地区の宿舎へ帰る途中、彼女たちは今日の出来事を振り返る。
「ねえ、あの力は何? どうしてあんなことができたの?」
「女神様の奇跡の力ですよ」
「でも、なんで私たちにもできたのかしら?」
「たぶん――みんな、はじめから持っていたんですよ」
「どういうこと?」
アンナは小さく息を吸った。
「生まれたときから、あの光の輪はみんなの上にあるんです。
最初は分からなかったけれど、だんだん大きくなって、やがて使い方まで分かるようになったんです」
「そんなものなの?」
三人の聖女たちは顔を見合わせ、くすりと笑った。
(そんなもんじゃないんですけどね)
(自分たちが階段を上るように、あるべき聖女の姿に近づいたことを、まだ理解していないだけです)
(でも、それが三聖女の良いところなのかもしれません)
馬車の中には、ようやく終わったという安堵の空気が流れていた。
明日は王城での表彰式。その後は教会への挨拶も控えている。
終わったという思いの中で、彼女たちは宿舎へ帰っていった。
***
北部アルク公国の宿舎。
深夜、暖炉の灯が揺れる間に、ベアトリス聖女は帰還した。
「競技会第一位、ベアトリス。見事だ、鼻が高いぞ」
アルク大公は朗らかに笑う。
しかし、彼女の顔に笑みはなかった。
沈黙が二人のあいだを流れた。
「どうした? うれしくないのか」
「……はい。実は――」
「言ってみよ」
「いえ、なんでも……ありません」
大公は眉をひそめた。
「ふさぎ込んでばかりだな」
ベアトリスは深く息を吸い、意を決して
「大公さま――いえ、叔父様」
(彼女は大公の姪にあたる。アルク一族の希望として、幼少より厳しく育てられた才女であった。)
「申し上げます。この一位は、私の力ではありません。本当の一位は別におります」
「なんだと? まさか南部のキラ聖女ではあるまいな」
「いいえ。東のアンナ聖女です。彼女たちが私を助けてくれたのです」
「馬鹿な。そんな報告は受けておらんぞ」
「見えなかったのです。でも、確かにありました。聖女として、それが分かります」
ベアトリスの声がかすかに震える。
「あの最後の治療、私の力では到底及ばぬものでした。
けれど東の聖女たちが私のそばに集まった瞬間、
胸の奥から燃え上がるような力が溢れたのです。
それが患者を癒した。あれは――あの光輪の輝きでした」
大公は沈黙し、火の粉を見つめた。
「だが、順位は変わらぬ。これは政治のことでもある」
「承知しております。それでも――聖女として、これを偽ることはできません」
ベアトリスは深く頭を下げた。
その姿を見て、大公は目を見張った。
(この子が……頭を下げるとは)
「帰り際、アンナ聖女に問いました。なぜ助けたのか、と。
彼女は笑って言いました――“聖女は、人を助けるためにいるのです”と」
ベアトリスの瞳から、涙が零れ落ちる。
「けれど、助けられたのは私の方でした……」
大公はその肩をそっと抱き、静かに言った。
「よい。明日はおまえが一位として壇上に立て。涙を拭け」
「はい……叔父様」
火の揺らめきの向こうで、大公は思った。
(アンナ聖女……あの少女、何者なのだ)
***
南部メーセン公国の宿舎では、宰相メーセンが養女のキラを迎えていた。
「二位か。惜しかったな。勝負は時の運だ」
「申し訳ございません、義父様……」
「いや、堂々たる戦いだった。恥じることはない」
キラは膝の上で拳を握りしめた。
「義父様……謝らなければならぬことがあります」
「なんだ」
「私は……してはならぬことを、してしまいました」
「……何を言っている」
「私はベアトリス聖女に勝てぬと知り、禁じられた“もの”を手に入れました」
「なんということを……!」
「けれど、それを使おうとした瞬間、止めてくれた人がいました。
――東のアンナ聖女です」
宰相の顔色が変わる。
「彼女が?」
「すべてを知っていて、静かに言われました。
“それを使ってはいけません。代わりにこれを”と――
彼女は、自分の持つ回復薬を差し出してくれたのです」
宰相は息を呑んだ。
(知られたら、キラは破滅だ。それだけじゃ無い…)
(しかし南部の名誉までも、守ってくれたというのか)
「その薬で私は治療を終えました。私の力ではありません。
東の聖女達が寄り集まり、助けてくれたのです」
「終わったあと、アンナ聖女は何も言わず、ただ私を抱き留め、肩をたたきました。
――それが、すべてです」
キラは嗚咽をこらえきれずに泣いている。
宰相はその背を抱き寄せる。
「よい。おまえはよくやった。立派な二位だ」
(アンナ聖女……おぬしは何者なのだ)
その夜、北と南、二つの公国に同じ思いが灯った。
――“アンナ聖女には、借りができた”と。
光輪とは、力の象徴ではなく「魂の成熟」のしるし
ベアトリスもキラも、涙の中で初めてそれに触れた。
彼女たちはまだ知らない
この日の奇跡こそ、次なる運命を導く“神話の始まり”であることを。




