表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/27

表彰式前夜

王城競技会の幕が下り、静かな余韻だけが残る。

勝者ベアトリス、涙に沈むキラ、そして――誰よりも光を放った東のアンナ。

それぞれの宿舎で語られる“真実”が、次の運命を静かに動かしていく。

競技会は終わった。

四人の聖女と見習い聖女の五人は、馬車に乗り込み、病院を後にした。

東地区の宿舎へ帰る途中、彼女たちは今日の出来事を振り返る。


「ねえ、あの力は何? どうしてあんなことができたの?」

「女神様の奇跡の力ですよ」

「でも、なんで私たちにもできたのかしら?」

「たぶん――みんな、はじめから持っていたんですよ」

「どういうこと?」


アンナは小さく息を吸った。

「生まれたときから、あの光の輪はみんなの上にあるんです。

最初は分からなかったけれど、だんだん大きくなって、やがて使い方まで分かるようになったんです」


「そんなものなの?」

三人の聖女たちは顔を見合わせ、くすりと笑った。


(そんなもんじゃないんですけどね)

(自分たちが階段を上るように、あるべき聖女の姿に近づいたことを、まだ理解していないだけです)

(でも、それが三聖女の良いところなのかもしれません)


馬車の中には、ようやく終わったという安堵の空気が流れていた。

明日は王城での表彰式。その後は教会への挨拶も控えている。

終わったという思いの中で、彼女たちは宿舎へ帰っていった。


***


北部アルク公国の宿舎。

深夜、暖炉の灯が揺れる間に、ベアトリス聖女は帰還した。


「競技会第一位、ベアトリス。見事だ、鼻が高いぞ」

アルク大公は朗らかに笑う。

しかし、彼女の顔に笑みはなかった。

沈黙が二人のあいだを流れた。


「どうした? うれしくないのか」

「……はい。実は――」

「言ってみよ」

「いえ、なんでも……ありません」


大公は眉をひそめた。

「ふさぎ込んでばかりだな」


ベアトリスは深く息を吸い、意を決して

「大公さま――いえ、叔父様」


(彼女は大公の姪にあたる。アルク一族の希望として、幼少より厳しく育てられた才女であった。)


「申し上げます。この一位は、私の力ではありません。本当の一位は別におります」

「なんだと? まさか南部のキラ聖女ではあるまいな」

「いいえ。東のアンナ聖女です。彼女たちが私を助けてくれたのです」


「馬鹿な。そんな報告は受けておらんぞ」

「見えなかったのです。でも、確かにありました。聖女として、それが分かります」


ベアトリスの声がかすかに震える。


「あの最後の治療、私の力では到底及ばぬものでした。

けれど東の聖女たちが私のそばに集まった瞬間、

胸の奥から燃え上がるような力が溢れたのです。

それが患者を癒した。あれは――あの光輪の輝きでした」


大公は沈黙し、火の粉を見つめた。

「だが、順位は変わらぬ。これは政治のことでもある」

「承知しております。それでも――聖女として、これを偽ることはできません」


ベアトリスは深く頭を下げた。

その姿を見て、大公は目を見張った。

(この子が……頭を下げるとは)


「帰り際、アンナ聖女に問いました。なぜ助けたのか、と。

彼女は笑って言いました――“聖女は、人を助けるためにいるのです”と」


ベアトリスの瞳から、涙が零れ落ちる。

「けれど、助けられたのは私の方でした……」


大公はその肩をそっと抱き、静かに言った。

「よい。明日はおまえが一位として壇上に立て。涙を拭け」

「はい……叔父様」


火の揺らめきの向こうで、大公は思った。

(アンナ聖女……あの少女、何者なのだ)


***


南部メーセン公国の宿舎では、宰相メーセンが養女のキラを迎えていた。


「二位か。惜しかったな。勝負は時の運だ」

「申し訳ございません、義父様……」


「いや、堂々たる戦いだった。恥じることはない」


キラは膝の上で拳を握りしめた。

「義父様……謝らなければならぬことがあります」

「なんだ」

「私は……してはならぬことを、してしまいました」


「……何を言っている」

「私はベアトリス聖女に勝てぬと知り、禁じられた“もの”を手に入れました」

「なんということを……!」


「けれど、それを使おうとした瞬間、止めてくれた人がいました。

――東のアンナ聖女です」


宰相の顔色が変わる。

「彼女が?」

「すべてを知っていて、静かに言われました。

“それを使ってはいけません。代わりにこれを”と――

彼女は、自分の持つ回復薬を差し出してくれたのです」


宰相は息を呑んだ。

(知られたら、キラは破滅だ。それだけじゃ無い…)

(しかし南部の名誉までも、守ってくれたというのか)


「その薬で私は治療を終えました。私の力ではありません。

東の聖女達が寄り集まり、助けてくれたのです」


「終わったあと、アンナ聖女は何も言わず、ただ私を抱き留め、肩をたたきました。

――それが、すべてです」


キラは嗚咽をこらえきれずに泣いている。


宰相はその背を抱き寄せる。

「よい。おまえはよくやった。立派な二位だ」


(アンナ聖女……おぬしは何者なのだ)


その夜、北と南、二つの公国に同じ思いが灯った。

――“アンナ聖女には、借りができた”と。

光輪とは、力の象徴ではなく「魂の成熟」のしるし

ベアトリスもキラも、涙の中で初めてそれに触れた。

彼女たちはまだ知らない

この日の奇跡こそ、次なる運命を導く“神話の始まり”であることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ