騎士
奇跡の復帰を果たした東地区の聖女たち。
だがその夜、アンナたちの前に現れたのは――
メラノ侯爵、そして一人の若き騎士だった。
月の光に照らされたテラスで、新たな運命の輪が回りはじめる。
王城の宿舎に着いた馬車がゆっくり止まった。
出迎えたのは、やっぱりクロノ司祭だった。
「アンナ様、夕食後にメラノ侯爵がお会いになりたいと仰っています」
「わかりました。ありがとうございます」
夕食の部屋に入ると、思わぬ人物が立っていた。
「ケルンさん!? その服、どうしたんですかっ!」
ベルが叫ぶ。
「これ? 王城に着いた瞬間、護衛係から料理係に転職させられたんだよ……」
ケルンはエプロン姿で肩をすくめた。
「でも助かりました」アンナが笑う。「今日までの特製薬、全部あなたが作ってくれたんですよね」
「作る方は大変なんだよ。材料は高いし、手に入らないし。メラノ侯爵の支援がなけりゃ無理だった」
「泣き言禁止っ!」トリーがピシッと指を突きつける。
「トリー聖女様、はいはい了解です……」
「だから私はまだ見習いですってば!」
その様子にサンディが笑いをこらえきれない。
「ケルンさん、本当にありがとうございます。あの薬がなかったら今ごろベッドの上でした」
「そうですよ、競技会に出られたのはケルンさんのおかげです!」ベルも続ける。
ケルンは頭をかきながら、照れくさそうに笑った。
「ま、料理人も悪くないな。俺の新しい道かもな」
夕食が終わると、トリーが声をかける。
「みなさん、お茶にしましょう。外のテラスが気持ちいいですよ」
外は暖かく、空にはまんまるの満月。
「きれいな月ですね」「ほんと、穏やかな夜……」
アンナは空を見上げて言った。
「女神様も、このような月を好まれたそうですよ」
そのとき――背後から足音。
「どなたか来られました」
現れたのはメラノ侯爵。そしてその後ろには、一人の若い騎士が立っていた。
「お食事は楽しめましたかな?」侯爵が微笑む。
「もうお腹がはちきれそうです」アンナが笑って答える。
「それは何より。さて――紹介したい方がいましてね」
「初めまして。騎士団所属のオスカーと申します」
きりりとした声。姿勢も完璧。
「ひゃ……!」
三聖女の誰かが小さく息をのんだ。
「イケメンだ……」
「ちょ、ベル、声!」
「す、すみませんっ!」
侯爵は苦笑しながら続けた。
「昨日の皆さまのご活躍を話したところ、彼がぜひお会いしたいと申し出ましてね」
「光栄です」オスカーは丁寧に頭を下げる。
場が和んだところで、侯爵の表情が少し真面目になる。
「さて……昨日の治療の件ですが」
「やっぱり反則扱いですよね?」サンディが先に口を開いた。
「そうなんです。病院でも評価対象外と言われました」
「やはり、ですか……。それにしても、なぜあのような治療が可能だったのか?」
「4人の力が、それぞれ欠けた部分を補い合った結果です。偶然の調和、だと思います」
(ほんとは“偶然”じゃないけどね)アンナは心の中でつぶやく。
「とはいえ、結果は素晴らしかった。ですが競技では個人単位での評価になります」
「それは当然ですわ」
「それにしても――倒れたと聞いて心配していました。無事で何よりです」侯爵の声は優しい。
「侯爵様の援助がなければ無理でした。本当に感謝しています」アンナが頭を下げる。
「東地区の代表として、ぜひ勝っていただきたい。オスカーも応援しています」
「もちろんです。全力で」オスカーは力強くうなずいた。
「ちなみに今日の成績ですが――」
オスカーの言葉に全員の耳がピンと立つ。
「最上位はベアトリス聖女とキラ聖女。患部に手をかざすだけで症状を消し去ったそうです」
「えっ!? 手も当てずに!?」
「まじですか……」ノルの声が裏返る。
「皆さんも高く評価されています。他の聖女たちは時間がかかり、疲労も激しかったようですね」
侯爵は意味深にアンナを見た。
(やはり――この娘の力、只者ではない)
アンナは黙ってお茶を口にした。
(沈黙は金……ってやつね)
やがて話が終わると、侯爵とオスカーは立ち上がった。
「ではこれで。明日もありますので」
「お見送りいたします」アンナたちは立ち上がり、二人を見送った。
去っていく背中を見ながら、ベルがつぶやく。
「騎士様、かっこよすぎました……」
「ほんと、見ただけで心臓止まるかと思った」
「普通なら話すこともできませんよね……」
そんな中、アンナは静かに空を見上げた。
満月が、まるで彼女を導くように光っている。
(もう“偶然”では通らない。あの力を、次へ進めなければ)
アンナは立ち上がり、3人の聖女を見回す。
「女神様が満月を好まれた理由……知っていますか?」
「え? 理由なんて……」
「では、見てください。あの月を。じっと――」
アンナの声が、月光の中に溶けていった。
(これが次の段階。光の道へ――)
月の下で語られた、女神の秘密。
それは聖女たちが“光輪”を見る最初の夜だった。
新たな力の兆し、そして騎士オスカーとの出会い――。
次回、アンナの“光の修行”が始まります。




