競技会
王城を舞台にした聖女競技会がついに開幕。
前日の“奇跡の治療”で倒れた東地区の四聖女は、もう立ち上がることはできない――誰もがそう信じていた。
しかし、彼女たちは再び姿を現す。
王者ベアトリス、焦るキラ、そして復活のアンナ。
運命の歯車が静かに動き出す――。
――王城の朝。鐘が高く鳴り響いた。
今日からいよいよ「聖女競技会」本番である。
東地区以外の馬車は、早朝の冷気を切り裂くように出発していった。
病院に到着した各地区の控え室では、もう噂が広がっている。
「東地区? 今日は来てないってさ」
「全員倒れたらしいじゃん。もう棄権でしょ」
「一組減ったわね」
みんな好き勝手に言いたい放題だ。
北部の控え室では、そんな声を聞きながら誰かが笑った。
「ふふっ、愚かね。4人そろって倒れるなんて」
「回復に一週間はかかるわよ。競技はもう終わってる」
そのとき、代表のベアトリス聖女がピシッと声を上げた。
「静かに。人のことを言う暇があったら、今日の治療に集中しなさい」
凛とした声に空気が引き締まる。
さすが北部の代表。誰も逆らえない。
――堂々としていて、まるで“王者”の風格。
一方そのころ、南部の控え室では――。
「昨日の東地区の治療、ノーカウントらしいですよ」
「そりゃそうでしょ、競技前に4人でやったなんて、誰の功績か分かんないし」
「静かに!!」
怒鳴ったのは南部代表キラ聖女。
眉を寄せ、苛立ちを隠せない。
彼女の周りに緊張が走る。
――ああ、やっぱり気にしてるんだ。
対抗意識むき出しのその表情。ベアトリスの影がちらつく。
そんな中、各地区の治療が始まった。
軽い症状の患者から順に治療していく――これが定石だ。
体力温存しながらポイントを稼ぐ。それが勝負の鉄則。
だが、治療室で一際注目を集めたのは二人の聖女。
北部のベアトリスと、南部のキラ。
ベアトリスが手をかざすと、患者の苦痛がふっと消える。
キラも手があったった瞬間に、痛みが消えていく
――これが「本物」か。
見守る者たちは、ただ息を呑むしかなかった。
◇◇◇
夕方。
競技を終えたベアトリスの馬車の中は、静かだった。
「予定通りね。やはり相手はキラ聖女だけ」
窓の外を眺めながら、彼女は優雅に微笑む。
余裕と自信――まるで勝利を確信しているようだった。
一方そのころのキラ聖女。
同じく馬車の中で腕を組み、焦りを噛み締めていた。
(ベアトリス……やっぱり遠い。まだ届かない。なにが足りない?)
唇を噛み、拳を握る。
その心には、聖女らしからぬ熱が灯っていた。
――勝ちたい。どうしても。
だがその想いが、少しずつ彼女を狂わせていく。
人を救うための力が、いつしか“上に立ちたい力”へと変わる。
そのことに、彼女はまだ気づいていなかった。
◇◇◇
その帰り道――。
王城へ戻るキラの馬車とすれ違うように、一台の馬車が病院へ向かっていった。
キラはちらりと見たが、特に気にも留めず、視線をそらす。
――けれどその馬車こそ、奇跡の始まりだった。
病院の前で止まり、扉が開く。
まず降りたのは、見習い聖女のトリー。
次に、アンナ、ベル、サンディ、ノル。
東地区の四聖女が、ゆっくりと地に足をつけた。
「さあ行きますよ。患者の皆さんが待っています」
アンナの声が響く。
その一言で、周囲が一斉に静まり返った。
――まさか、もう歩けるなんて!?
みんな呆然と見送る中、彼女たちは堂々と控え室へ入っていった。
◇◇◇
まもなく、病院責任者ナターシャ聖女が駆け込んできた。
「し、失礼いたします! 本日は来られないと思っておりました……!」
「昨日は本当にありがとうございました。ですが、少しお話が……」
アンナが静かにうなずく。
「どんなことでしょうか?」
「昨日の重傷患者……実は私の弟なのです」
その一言に、聖女たちは息を呑む。
「あなた方のおかげで命を取り戻しました。本当に感謝しています。
ですが、競技会の規定上、今後の治療は一名ずつでお願いしたいと……」
ナターシャの声は震えていた。
感謝と義務、その狭間で苦しんでいるのが見て取れる。
アンナはそっと微笑んだ。
「わかっています。昨日は緊急処置です。競技は一人ずつ行います」
その穏やかな言葉に、ナターシャは深く頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
◇◇◇
こうして東地区の治療が始まった。
ベルが軽症の患者に確かめるように手を当てた。
「……あれ? 痛みが無くなった気がします」
「えっ、まだ何もしてませんけど!?」
慌てるベル。驚く医師。
それでも患者の顔色は明らかに良くなっていく。
「ま、まさか……もう治ってる?」
「そんな早いわけ……」
だが、それは現実だった。
他の三人――サンディ、ノル、アンナも同じ。
次々と患者の症状が消えていく。
「治療スピードが……異常です。
これはベアトリス聖女やキラ聖女と同等、いえ、それ以上かもしれません!」
医師が声を上げた。
驚きと感動が病室を包む。
――こうして、東地区の“復活”は静かに始まった。
◇◇◇
夕暮れの馬車の中。
聖女たちは疲れを見せず、どこか楽しそうに笑い合っていた。
「ねえ、私たちって……前より強くなってません?」
「うん、信じられない速さで治せたよね」
「なんか、おかしくない?」
三人が同時にアンナを見る。
アンナはニコッと微笑んで答えた。
「限界まで力を使ったからですよ。
力って、使えば使うほど磨かれるものなんです」
「それに、“あのこと”も続けているでしょ?」
「“あのこと”って……ああ、あの気をつける事?」
「うん。あれ、効いてるのかも」
アンナは静かに窓の外を見つめた。
沈む夕陽の光が、彼女の頬を黄金に染める。
(――きっと、女神の時代の聖女たちも、こうやって目覚めていったのね)
馬車はゆっくりと王城の宿舎へと帰っていった。
夕焼けの中で、その姿はまるで光に包まれているようだった
外見的な勝負を超え、慈悲と献身によって力が深化するというアンナの教えが、ここで現実の力として花開きます。
次回――
東地区の真価が、王城全体を揺るがすことになります。
次章もどうぞお楽しみに。




