病院
王城での競技会が始まろうとしている。
アンナたち東地区代表の聖女たちは、病院での治療競技に臨むことになる。
初日の今日は視察――だが、その静けさの裏で思わぬ試練が待ち受けていた。
病院の東地区控え室。
朝の光が窓から差し込み、聖女たちの顔をやさしく照らしていた。
「いよいよですね」とベル。
「そうですね」とサンディ。
「なんだか、わくわくしますね」とノルが微笑む。
「皆さん、頑張りましょう!」とトリーが声を上げ、
「そうね、頑張るわ」とアンナが応じた。
五人は控え室を出て案内された。
広すぎず狭すぎず、清潔で落ち着いた部屋。その中には他地区の聖女たちもすでに揃っていた。
挨拶だけを交わし、互いに静かに座る。自己紹介は禁止――余計な情報戦を避けるためだ。
ほどなくして鐘の音が響く。
病院責任者、聖女ナターシャが現れた。
「本日はようこそおいでくださいました。責任者のナターシャです。
本日は初日につき、見学と準備をお願いします。今から設備と手順の説明をいたします」
その声は落ち着いていて、同時に一切の無駄がない。
説明は続き、治療手順が告げられる。
「明日から一人ずつ、担当患者を治療していただきます。
治療方針は各自にお任せします。結果は担当医師と聖女が評価します」
要点を告げ終えると、聖女たちは病室見学に移った。
北部のベアトリス聖女は仲間を従え、余裕の足取りで病室を巡る。
彼女たちは既に情報を掴み、方針も決まっている様子だった。常勝者の余裕が漂っている。
一方、アンナたちは患者一人ひとりに声をかけ、医師と病状を確認して回った。
その途中――。
廊下の角で、早足の誰かとぶつかった。
「どいてちょうだい、邪魔よ!」
鋭い声。
謝る間もなく、相手は行ってしまった。
南部のキラ聖女。焦燥の気配が濃い。
「感じわる……なによ、あれ」
「きっと焦ってるのよ。ライバルに抜かれたくなくて」
「でも……なんだか余裕がないわね」
ベル、サンディ、ノルがささやく中、アンナは静かに考える。
(焦り……でもそれだけじゃない。何かが違う)
視察を終え、控え室に戻る。方針会議だ。
「患者の症状は様々ですね」
「軽い人なら治療できるけど、重体は……正直、無理かも」とサンディが言う。
三人の顔には早くもあきらめの色。
聖女の治療は体力を著しく消耗する。
限界まで力を使えば、しばらく立ち上がることすらできなくなる。
回復薬は高価で効果も薄く、彼女たちは避けてきた。
「限界まで力を使ったことは?」とアンナ。
「ないです。怖くて……」
「でも、苦しんでいる人を助けたい気持ちはあるわ」とノル。
(みんなはまだ、自分の力を知らないだけ)
「聖女は多くの人の希望を背負う存在よ」
「理想はわかるけど……」
それでも不安は拭えない。
夕刻。北部、南部勢は帰路につく。
アンナは言った。
「帰る前に、もう一度患者さんたちを見ていきましょう」
三人はうなずき、トリーも同行した。
そして――悲鳴のような咳が廊下に響く。
重体患者のひとりが苦しみ、喀血したのだ。
真紅の血がシーツを染める。付き添いの聖女たちは動けない。
「誰か、早く!」
アンナが走り寄る。
「サンディ、ベル、ノル、来て! 今すぐ手を貸して!」
「でも……!」
足がすくむ三人。恐怖が過去の記憶を呼び起こしていた。
「力が必要ね。四人でやるわ!」
アンナは患部に手を当てた。
だが変化はない。
「私の手に、あなたたちの手を重ねて!」
サンディが重ね、ベルが重ね、ノルが続く。
四つの手が光の環を描いた。
「さあ、始めましょう!」
力が流れ込む。
「すごい……出てる!」
「私も感じる!」
「えっ、なにこれ!?」
光は増し、空気が震える。
(まだ足りない。もっと――)
「あと少しよ! 私たちが倒れても、この人は助かる!」
声が響き、光が爆ぜた。
周囲の人々が息を呑む。
「見て! あの四人が……光ってる!」
まばゆい光の柱が立ち、
一瞬ののち――静寂が訪れた。
アンナの導きで、三聖女の中に眠っていた本当の力が目覚めた。
この一件は翌日の競技会に大きな影響を与えることになる。
「限界を超える力」は、恐れの先にしか現れない――それを初めて知った日だった。




