開会式
王都に到着した聖女たちを迎えるのは、きらびやかな玉座の間。
だが、その光の裏には、権力と思惑の影が静かに渦巻いていた。
北と南の二大公国、王家の思惑、そして「聖女」という名に託された運命。
アンナたちは、いま初めて真の舞台に立たされる——。
王城の玉座の間は、天を仰ぐように高い天井を持ち、
壁には金と群青の文様が刻まれていた。
玉座の上段には、王と王妃が並び、その下には各地の聖女たちが整然と椅子に着く。
北・東・西・南——四地区から選ばれた計十六名。
その後方を囲むのは、重厚な衣装をまとった貴族たちとその夫人たち。
会場は、まるで光と影が張りつめた絵画のようだった。
王から見て右手には北部代表の聖女たち。
背後には、緑の外套を纏うアルク大公が厳然と立つ。
左手には南部代表。その背後には、紅のマントを翻す宰相メーセン。
この二人の間には冷たい緊張が流れ、
王家はその間に東西の聖女たちを配置することで、
かろうじて均衡を保っていた。
聖女たちは地区ごとに色の違うリボンを胸につけていた。
北は黒、東は青、西は白、南は赤。
玉座の前で、全員が一礼して立ち尽くす。
静寂を破るように、進行役の声が響いた。
「国王陛下ご夫妻、御入場!」
ざわめいていた貴族たちが一斉に口を閉じ、
王と王妃が護衛騎士を従えて入場する。
宝石の光が天井の金糸に反射し、玉座の間全体が一瞬、白く輝いた。
「聖女様方、着席を」
全員が同時に腰を下ろす。
静けさのなかで、王の声が朗々と響いた。
「遠き地より集った聖女たちよ。
そなたらがこの地に会したこと、まことに喜ばしい。
これより聖女競技会の開会を宣言する!」
その言葉に合わせ、会場は拍手の波に包まれた。
北部・南部の貴族たちの拍手は特に大きく、
誇りと覇気がその音にこもっていた。
やがて各地区代表の紹介が始まる。
まずは北部――。
「北部地区代表、ベアトリス聖女様!」
立ち上がった銀髪の少女は、
まるで凍てつく月光のような気品を漂わせていた。
その一礼は完璧で、誰もが息を呑む。
(やはり、常勝の覇者の地区……)
貴族席から割れんばかりの拍手が起こる。
続いて南部代表キラ聖女。
つややかな黒髪を揺らし、王と王妃をまっすぐに見据える。
その瞳には挑む意志が宿っていた。
再び拍手が鳴り響く。
北と南、互いに火花を散らすような空気が走る。
西部代表、カリーナ聖女の紹介を経て——
最後に、東部代表の名が呼ばれた。
「東部地区代表、アンナ聖女様、サンディ聖女様、ベル聖女様、ノル聖女様」
一斉に立ち上がった四人。
青いリボンが柔らかく揺れる。
会場からは礼儀正しい拍手があったが、
その音にはどこか遠慮が感じられた。
——弱小地区。
その言葉が、貴族たちの沈黙の中で浮かんでいた。
メラノ侯爵はふと、北部と南部の代表聖女の衣装に違いを見つけた。
「クロノ司祭、あの衣は……」
「王城大聖堂で正式に認められた上位聖女の証です」
「なるほど、王家の加護を受けた者か……」
侯爵は唇を引き結ぶ。
彼の傍らでデント執事が小声で言った。
「弓の聖女様を信じましょう。まだ、何も始まってはおりません」
その言葉に、侯爵は静かにうなずいた。
進行係が次の日程を読み上げる。
判定者には国王・王妃・大司教・貴族代表、そして王太子の名。
その名を聞いた貴族たちは、
(王太子の伴侶選び……やはりそういうことか)
と心の中で囁き合った。
開会式の終盤、進行係の声が再び響く。
「聖女様方には、これより会場である王城付属病院を視察していただきます」
王の退場とともに、玉座の間の緊張がゆるむ。
しかし、アンナの胸の奥では、
これまでとは違う鼓動が鳴っていた。
(ここからが、本当の試練——)
やがて、各地区ごとに馬車が用意される。
アンナたち東部組が乗り込むと、
中には見習い聖女の姿があった。
「……トリーさん!」
赤毛のベルが嬉しそうに声をあげる。
クロノ司祭が外から小声で告げた。
「メラノ侯爵の尽力で、なんとか同行を認めてもらえた」
アンナは安堵の息をつく。
「助かりました……トリーがいないと困りますから」
トリーは控えめに頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
緊張に震える声の奥に、
小さな決意が灯っていた。
病院の前では、デント執事が待っていた。
廊下の片隅には、商人姿のルーツもいる。
東部一行が馬車を降りると、
メラノ侯爵の密かな布陣が、静かに動き出していた。
それぞれの地区に用意された待機室で、聖女たちは衣装を軽装に改める。
しかし胸のリボンだけは外さない。
——これは戦いの証。
彼女たちはまだ知らない。
この競技会が、運命を大きく変える扉であることを。
王城の光の下で、初めて明確に分かれる「四つの色」。
権威と信仰、そして少女たちの覚悟が交錯する開会式。
アンナの胸に芽生えた決意が、やがてこの国の運命を照らす光となる。
次章では、ついに「病院での競技」が始まる。




