会食
黒い森を越え、ようやく次の宿場町に着いた一行に届いたのは、領主・メラノ侯爵からの思いがけない招待状だった。
噂に聞く“弓の聖女”に興味を示した侯爵――。
しかし、ただの晩餐会ではない。そこには王国の二大派閥、そして教会を巻き込む静かな思惑が渦巻いていた。
「さあ、どうぞお入りください」
デント執事の低く穏やかな声に、重厚な扉が静かに開いた。
中には金の燭台が灯り、磨き上げられた長卓がまぶしく光っている。
クロノ司祭を先頭に、聖女たちがゆっくりと歩みを進めた。
先頭はアンナ、その後ろにサンディ、ベル、ノル。最後尾には見習い聖女のトリーが控える。
慣れぬ場に、三聖女の歩みはぎこちなく、裾が小刻みに揺れた。
案内のまま席に着くと、一番奥にメラノ侯爵が鎮座していた。
その横には、この町の司祭メントが控えている。侯爵は柔らかな笑みで語りかけた。
「本日は、無理を言ってお呼びしました。――このメント司祭の話から、ぜひお目にかかりたいとおもいまして」
温かな声が響く。
やがて食前の祈りが始まった。メント司祭が手を組み、静かに唱える。
「今日の食事をいただけること、女神様に感謝いたします」
「いただきます」
その一言に、緊張していた聖女たちの肩の力がふっと抜けた。
食卓には香ばしい肉と色鮮やかな野菜料理が並び、侯爵の視線がアンナへ向けられる。
「こちらが――弓の聖女様で?」
クロノ司祭がうなずき、簡単な紹介をした。
アンナは少し困ったように微笑む。
「相当、大げさに伝わっているようですが……」
「ほう? と申しますと?」とメント司祭。
「魔物を倒したのは私ではありません。矢を放ったのは、従者のケルンです」
「なるほど。しかし“天を貫く音の矢”で魔物を退けた――それほどの出来事は前代未聞ですな」
メラノ侯爵の目が細められる。
「我が家の古い伝承にも、“音を放つ矢を魔物は恐れる”という話がありまして」
(実際はそんな伝承などないが、侯爵はにこやかに話を合わせた。)
アンナは言葉を継ぐ。
「この矢には、ここにいる四聖女の祈りが大きな力を与えました。――祈りこそ、すべての源です」
その言葉に、メント司祭が深くうなずく。
「まさに教会の教えそのものですな」
会場の空気が柔らかくなる中、侯爵の視線がトリーに留まった。
一人だけ、簡素なガウン姿の聖女がいる。
「おや、一人だけ装いが違うようですが?」
クロノ司祭が答える。
「トリー聖女は、もとはアンナ聖女の従者。しかし数日前、このアンナ聖女によって聖女の素質が見出されたのです」
侯爵は目を見開き、再びアンナを見た。
その静かな佇まいに、ただ者ではない光を感じ取る。
「危険な状況で馬車の屋根に上がるとは、勇気のあるお方だ」
「聖女の役目は、人々の苦しみと共に歩むこと――そうクロノ司祭様から教わりました」
「そして、何ができるかわからなくても、まず一歩を踏み出すようにと、両親から教えられました」
その言葉にトリーは心の中で呟く。
(お嬢様って……こんな方だったの…)
侯爵は深く感銘を受けたように口元をゆるめた。
「――素晴らしい」
やがて会食も終盤、香り高いお茶と彩り豊かな菓子が並ぶ。
聖女たちは目を輝かせ、頬をほころばせた。
「今日のために用意したものです。ぜひお召し上がりを」
「ありがとうございます!」
甘い香りとともに、緊張は完全に解けていった。
侯爵は穏やかにその様子を眺めながら言う。
「今後の聖女競技会、ぜひ後援させていただきたい」
クロノ司祭が頭を下げる。
「ありがたいお言葉です。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」
侯爵は満面の笑みを浮かべながらも、胸の奥では別の計算を巡らせていた。
――この東地区の聖女たちを味方にすれば、王都の二大派閥(北部王妃派と南部宰相派)に対抗できる。
そして、王太子の妃候補としても……アンナ聖女、悪くない。
「こちらこそ、いろいろと協力させてください」
侯爵はそう告げ、杯を掲げた。
微笑の裏に、王国の未来を動かす野望の影をひそめながら。
会話のざわめきの中、晩餐は静かに幕を閉じた。
東の聖女たちを包むのは、まだ無垢な光――。
だが、その光を見た者たちは皆、次第に引き寄せられてゆく。
王国の思惑、教会の計略、そして運命の糸。
次章、アンナの旅は、静かなうねりをおこし、いよいよ王都へと向かう。




