第3話 日陰の部屋と継承の紋
「カレンさん、ちょっと探検してくるね」
もうここに連れてこられて三日目。
さすがに飽きた。
三食はきっちり出されるけど、それ以外は基本放置。
あっ、お風呂の準備とか掃除はしてもらえてるよ。
でも、それ以外はここの人たちと関わることが全くないんだよね。
「いいけど、迷子にならないでね」
カレンさんは神殿の図書室から本を数冊借りてきて読んでいる。
なぜか、私もカレンさんもこの世界の言葉が話せるし、読める。
不思議なんだよね。
ほら、異世界“転生”ならわかる気がするけど、私たちって異世界“転移”じゃない?
まぁ、考えてもわからないことはわからない。
それより、この退屈な日々をなんとかしなくちゃ。
「カレンさん、もう私、小さな子どもじゃないよ」
わざと口を尖らせた私に、カレンさんが優しく言う。
「真希ちゃんは、何年経っても、私の可愛い真希ちゃんなのよ」
嬉しくて思わず笑顔になった。
「気をつけてね」と手を振るカレンさんに、私も手を振り返して部屋を出た。
⸻
「ここは神殿の南側だったよね? とりあえず反対の北側に行ってみよう」
誰もいないけど、独り言を落として歩き出す。
最初の角を曲がった瞬間、スッと思考が抜ける感覚に襲われた。
続けて、頭の中に鮮明な映像が流れ込んでくる。
——暗い部屋に静かに休む、高校生くらいの男の子。
ん? あれ? なに?
奇妙な感覚に首を傾げる。
「まぁ、いいや。気のせいかも」
軽く深呼吸して、また歩き出した。
だんだん周りが薄暗く、不気味に感じる。
同じ敷地内なのに、南と北じゃこんなに雰囲気違うの?
一瞬引き返そうかと思ったけど、なぜだかこのまま進んだ方がいい気がして。
辺りの空気は重く、湿った気配さえしてきた頃、廊下の突き当たりに一枚の扉が見えた。
木製の、どこにでもあるような扉。
でも、そのドアノブに見覚えがあった。
「あっ! さっき頭の中に流れ込んできたやつ‼︎」
思わず駆け寄って、ドアノブを凝視する。
間違いない。古びた木製の扉に似つかわしくない、金色のドアノブ。
ベッドに休んでいる男の子が映った直前、一瞬だけ見えたこの扉。
本当にこの中に彼がいるのか確かめたくて、ゆっくりドアを開けた。
ぎーっ、と錆びついた音。
部屋の中は薄暗くて、かび臭い。
カーテンは閉じたまま。
目が慣れると、壁際のベッドに横たわる男の子の輪郭が浮かんだ。
「うそ……いた……」
思わず漏れた言葉が、室内に反響する。
その声に男の子がゆっくりと視線を動かした。
目が合った気がして、息が詰まる。
奇妙な体験に思考はまとまらず、鼓動だけが主張して耳まで響く。
コホン、コホン。
突然、男の子が咳き込み出すと、苦しそうに体を丸める。
慌てて駆け寄って、背中をさすった。
「だ、大丈夫?」
こちらの声は届いたようで、男の子は微かに頷き、手で大丈夫と合図した。
「誰だ! ここで何をしている!」
鋭く冷たい声が背後から刺さる。
振り返ると、長身の男性が立っていた。
驚いて固まる私に近づいてくる——よく見ると私と同じくらいの年齢?
淡い金髪にブルーの瞳。
いかにも王子様って感じの風貌に、あぁ、ここは異世界なんだなぁと、全く関係ないことを思う。
「私にもよくわからないんだよね。散歩してたら、ここの部屋の映像が頭に浮かんで……まさかって思って扉を開けたら、この子が寝てたの」
的を射ない返事に、彼は眉をわずかにひそめ、顎に手を添えて考え始めた。
「あなたは、異世界から来た人?」
確かめるようで、でもどこか確信めいた問い。
とりあえず「はい」と答える。
「山中真希です。三日前にここに連れてこられました」
簡単に自己紹介すると、彼も名乗ろうと口を開いた——が。
「私は——」
「あら、真希ちゃん、ここにいたのね。なかなか帰ってこないから、迷子かと思って探しにきたのよ」
そう言いながら部屋に入ってくるカレンさん。
見た目と口調のギャップに驚いたのか、男性は固まった。
部屋の状況に苦い顔をしたカレンさんが、「なにここ? こんなかび臭い部屋、誰が管理してるのかしら」と言いながら、閉まったままのカーテンを開ける。
日差しは差さないけれど、わずかな外の光が流れ込んだ。
すかさず窓を開け、こちらを見る。私と目が合うと、すぐにベッドの男の子に気づいた。
「あら、なんて可愛い坊や。……顔色が悪いわね」
そばに来て、男の子の顔を覗き込み、額に手を当てる。
「熱もあるみたいね。それに汗もかいてる。そこの美青年くん、拭くものと着替えはある? このままだと、この子がかわいそうよ」
テキパキ指示を出すカレンさんに、金髪の彼はあっけに取られたが、すぐ意識を切り替えたのか部屋を出ていった。
「……ありがとう」
ベッドの上の男の子が、か細い声でカレンに話しかける。
「どういたしまして。子どもはそんなこと気にしないの」
優しく頭を撫でるカレンさん。
昔、私が風邪を引いたときの姿が重なる。カレンさんは、いつだってカレンさん。
「これでいいだろうか」
急いで戻ってきた金髪の彼の腕には、タオルや着替えが抱え込まれていた。
「ありがとう。真希ちゃん、ちょっと手伝って。坊や、少し起こすわね?」
そう言って、ゆっくり男の子を座らせる。
カレンさんが支える間に、私が上着を脱がせて背中を拭く。
肩甲骨の間あたりに、卵くらいの大きさのアザ——?
「アザ? ここ?」
問いかけると、カレンさんも覗き込んだ。
「あら、本当。変わった形のアザね」
私たちが話していると、不思議そうな顔をした金髪の彼が口を開いた。
「継承の紋……知らないのか?」
「何それ? 継承? 紋? 初耳。これ、ケガとか打撲じゃないの?」
「あぁ、この世界の者なら誰にでもある。生まれた時から」
「あぁ、蒙古斑的な?」
私の返しに、カレンさんが吹き出す。
「真希ちゃん、蒙古斑とは違うんじゃない? ねぇ、美青年くん? これ、何らかの意味があるんでしょ?」
「……美青年、ですか。あっ、名乗っていませんでした。私はアマール王国の第二王子、ユーエンと申します。彼は弟のノエルです」
姿勢を正して挨拶する彼に、思わず言ってしまった。
「ってことは、あのボンクラ——じゃなかった、アルマって王子の弟」
「真希ちゃん、心の声が漏れてるわよ。……まぁ、否定はしないけど」
「アルマは王妃の息子で、私とノエルは側妃の息子です。それと、私のことは“ユーエン”と呼んでください」
「その継承の紋は血縁関係を示すもの。
だいたい両親の紋を合わせたような図柄になります。兄弟でも構図は違いますが、描かれるモチーフは似ています」
「そうなんだ……。良いような、そうでもないような仕組みだね」
なんだか、紋の造形が違うと家族じゃないって言われてるみたいで、少しモヤっとした。
多分、顔に出たんだと思う。だってカレンさんが私の頭をポンポンって撫でたから。
全部お見通しの目が、「関係ないから」と言ってくれていた。
「ほら、早く服を着せないとノエルくんが寒いわよ」
カレンさんの声でハッとし、手早く清潔な服を手繰り寄せる。
——ふと、また何かが目に入った。うっすらと蛇が這うようなアザ。
「ねぇ、ユーエンさん。ここのアザも“継承の紋”ってやつ?」
指さす先を見たユーエンさんの目が見開かれる。
咄嗟に近づき、それをなぞって確かめた。
「……いや、これは違う。呪いの痕跡だ」
え、呪い?
そんなものも存在するの、この世界。
——魔法はもう使えないはずだけど、儀式や呪詛の“名残”はあるのかも……。
いろいろ考えていると、カレンさんが「ほら、早く服、着せてあげて」と声をかけてきた。
ノエルくんは“呪い”って言葉に、あまり驚いていなかった。
どちらかというと「やっぱり」という顔。
そう思いながら服を着せていると、また——あの感覚。
スッと頭の中から何かが抜け、映像が流れ込む。
茶色の長い髪の少女。目の下のほくろが印象的な、可愛い子。
たくさんの子どもたちと笑い合っている場面。
すぐに映像が切り替わった。
次は、このベッドでノエルくんの手を握っている——。
「真希ちゃん? 大丈夫? 顔色が悪いよ?」
心配したカレンさんの声。答えようとするけど、映像が邪魔をする。
最後に、ノエルくんがその子と並んで笑っている場面。そこで途切れた。
「だ、大丈夫。さっきもこんなことがあったんだ。白昼夢かな? でも、そのおかげでここに辿り着いたんだけど」
取り止めのない話に、ユーエンさんが食いついてくる。
「——あなたは、今、何を見たのですか?」
「何って、茶色の髪の女の子。目の下にほくろのある可愛い子。その子とノエルくんが手をつないで並んでた」
「場所は? その子がいた場所はわかりますか」
なんでそんなに食いつくの? 何がそんなに気になるの?
「場所ねぇ。子どもたちがたくさんいた。身なりはあまり良くなかったけど、楽しそうに笑ってたかな。……ねぇ、ユーエンさん、こんなこと聞いてどうするの?」
「預言……ですよね。あなたは今、神殿で噂になっている“預言者様”ですよね」
ん? 預言者?
何言ってるの? それに、何その噂。どこから出たの。
「いや、私、預言者じゃないよ。インチキ占い師だけど」
困惑する私に、カレンさんが一言。
「案外、そうじゃないかもよ」
——言葉にできない、何かがこの体を動かしている。そんな感覚がよぎった。




