表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

第3話 日陰の部屋と継承の紋

「カレンさん、ちょっと探検してくるね」


もうここに連れてこられて三日目。

さすがに飽きた。

三食はきっちり出されるけど、それ以外は基本放置。

あっ、お風呂の準備とか掃除はしてもらえてるよ。

でも、それ以外はここの人たちと関わることが全くないんだよね。


「いいけど、迷子にならないでね」


カレンさんは神殿の図書室から本を数冊借りてきて読んでいる。


なぜか、私もカレンさんもこの世界の言葉が話せるし、読める。

不思議なんだよね。

ほら、異世界“転生”ならわかる気がするけど、私たちって異世界“転移”じゃない?


まぁ、考えてもわからないことはわからない。

それより、この退屈な日々をなんとかしなくちゃ。


「カレンさん、もう私、小さな子どもじゃないよ」


わざと口を尖らせた私に、カレンさんが優しく言う。


「真希ちゃんは、何年経っても、私の可愛い真希ちゃんなのよ」


嬉しくて思わず笑顔になった。

「気をつけてね」と手を振るカレンさんに、私も手を振り返して部屋を出た。



「ここは神殿の南側だったよね? とりあえず反対の北側に行ってみよう」


誰もいないけど、独り言を落として歩き出す。

最初の角を曲がった瞬間、スッと思考が抜ける感覚に襲われた。

続けて、頭の中に鮮明な映像が流れ込んでくる。

——暗い部屋に静かに休む、高校生くらいの男の子。


ん? あれ? なに?

奇妙な感覚に首を傾げる。


「まぁ、いいや。気のせいかも」


軽く深呼吸して、また歩き出した。

だんだん周りが薄暗く、不気味に感じる。

同じ敷地内なのに、南と北じゃこんなに雰囲気違うの?

一瞬引き返そうかと思ったけど、なぜだかこのまま進んだ方がいい気がして。


辺りの空気は重く、湿った気配さえしてきた頃、廊下の突き当たりに一枚の扉が見えた。


木製の、どこにでもあるような扉。

でも、そのドアノブに見覚えがあった。


「あっ! さっき頭の中に流れ込んできたやつ‼︎」


思わず駆け寄って、ドアノブを凝視する。

間違いない。古びた木製の扉に似つかわしくない、金色のドアノブ。


ベッドに休んでいる男の子が映った直前、一瞬だけ見えたこの扉。

本当にこの中に彼がいるのか確かめたくて、ゆっくりドアを開けた。


ぎーっ、と錆びついた音。


部屋の中は薄暗くて、かび臭い。

カーテンは閉じたまま。

目が慣れると、壁際のベッドに横たわる男の子の輪郭が浮かんだ。


「うそ……いた……」


思わず漏れた言葉が、室内に反響する。

その声に男の子がゆっくりと視線を動かした。

目が合った気がして、息が詰まる。

奇妙な体験に思考はまとまらず、鼓動だけが主張して耳まで響く。


コホン、コホン。

突然、男の子が咳き込み出すと、苦しそうに体を丸める。

慌てて駆け寄って、背中をさすった。


「だ、大丈夫?」


こちらの声は届いたようで、男の子は微かに頷き、手で大丈夫と合図した。


「誰だ! ここで何をしている!」


鋭く冷たい声が背後から刺さる。

振り返ると、長身の男性が立っていた。

驚いて固まる私に近づいてくる——よく見ると私と同じくらいの年齢?


淡い金髪にブルーの瞳。

いかにも王子様って感じの風貌に、あぁ、ここは異世界なんだなぁと、全く関係ないことを思う。


「私にもよくわからないんだよね。散歩してたら、ここの部屋の映像が頭に浮かんで……まさかって思って扉を開けたら、この子が寝てたの」


的を射ない返事に、彼は眉をわずかにひそめ、顎に手を添えて考え始めた。


「あなたは、異世界から来た人?」


確かめるようで、でもどこか確信めいた問い。

とりあえず「はい」と答える。


「山中真希です。三日前にここに連れてこられました」


簡単に自己紹介すると、彼も名乗ろうと口を開いた——が。


「私は——」


「あら、真希ちゃん、ここにいたのね。なかなか帰ってこないから、迷子かと思って探しにきたのよ」


そう言いながら部屋に入ってくるカレンさん。

見た目と口調のギャップに驚いたのか、男性は固まった。


部屋の状況に苦い顔をしたカレンさんが、「なにここ? こんなかび臭い部屋、誰が管理してるのかしら」と言いながら、閉まったままのカーテンを開ける。

日差しは差さないけれど、わずかな外の光が流れ込んだ。

すかさず窓を開け、こちらを見る。私と目が合うと、すぐにベッドの男の子に気づいた。


「あら、なんて可愛い坊や。……顔色が悪いわね」


そばに来て、男の子の顔を覗き込み、額に手を当てる。


「熱もあるみたいね。それに汗もかいてる。そこの美青年くん、拭くものと着替えはある? このままだと、この子がかわいそうよ」


テキパキ指示を出すカレンさんに、金髪の彼はあっけに取られたが、すぐ意識を切り替えたのか部屋を出ていった。


「……ありがとう」


ベッドの上の男の子が、か細い声でカレンに話しかける。

「どういたしまして。子どもはそんなこと気にしないの」

優しく頭を撫でるカレンさん。

昔、私が風邪を引いたときの姿が重なる。カレンさんは、いつだってカレンさん。


「これでいいだろうか」


急いで戻ってきた金髪の彼の腕には、タオルや着替えが抱え込まれていた。


「ありがとう。真希ちゃん、ちょっと手伝って。坊や、少し起こすわね?」


そう言って、ゆっくり男の子を座らせる。

カレンさんが支える間に、私が上着を脱がせて背中を拭く。


肩甲骨の間あたりに、卵くらいの大きさのアザ——?


「アザ? ここ?」


問いかけると、カレンさんも覗き込んだ。

「あら、本当。変わった形のアザね」


私たちが話していると、不思議そうな顔をした金髪の彼が口を開いた。


「継承の紋……知らないのか?」


「何それ? 継承? 紋? 初耳。これ、ケガとか打撲じゃないの?」


「あぁ、この世界の者なら誰にでもある。生まれた時から」


「あぁ、蒙古斑的な?」


私の返しに、カレンさんが吹き出す。

「真希ちゃん、蒙古斑とは違うんじゃない? ねぇ、美青年くん? これ、何らかの意味があるんでしょ?」


「……美青年、ですか。あっ、名乗っていませんでした。私はアマール王国の第二王子、ユーエンと申します。彼は弟のノエルです」


姿勢を正して挨拶する彼に、思わず言ってしまった。

「ってことは、あのボンクラ——じゃなかった、アルマって王子の弟」


「真希ちゃん、心の声が漏れてるわよ。……まぁ、否定はしないけど」


「アルマは王妃の息子で、私とノエルは側妃の息子です。それと、私のことは“ユーエン”と呼んでください」


「その継承の紋は血縁関係を示すもの。

だいたい両親の紋を合わせたような図柄になります。兄弟でも構図は違いますが、描かれるモチーフは似ています」


「そうなんだ……。良いような、そうでもないような仕組みだね」


なんだか、紋の造形が違うと家族じゃないって言われてるみたいで、少しモヤっとした。

多分、顔に出たんだと思う。だってカレンさんが私の頭をポンポンって撫でたから。

全部お見通しの目が、「関係ないから」と言ってくれていた。


「ほら、早く服を着せないとノエルくんが寒いわよ」


カレンさんの声でハッとし、手早く清潔な服を手繰り寄せる。

——ふと、また何かが目に入った。うっすらと蛇が這うようなアザ。


「ねぇ、ユーエンさん。ここのアザも“継承の紋”ってやつ?」


指さす先を見たユーエンさんの目が見開かれる。

咄嗟に近づき、それをなぞって確かめた。


「……いや、これは違う。呪いの痕跡だ」


え、呪い?

そんなものも存在するの、この世界。

——魔法はもう使えないはずだけど、儀式や呪詛の“名残”はあるのかも……。


いろいろ考えていると、カレンさんが「ほら、早く服、着せてあげて」と声をかけてきた。

ノエルくんは“呪い”って言葉に、あまり驚いていなかった。

どちらかというと「やっぱり」という顔。


そう思いながら服を着せていると、また——あの感覚。

スッと頭の中から何かが抜け、映像が流れ込む。


茶色の長い髪の少女。目の下のほくろが印象的な、可愛い子。

たくさんの子どもたちと笑い合っている場面。

すぐに映像が切り替わった。

次は、このベッドでノエルくんの手を握っている——。


「真希ちゃん? 大丈夫? 顔色が悪いよ?」


心配したカレンさんの声。答えようとするけど、映像が邪魔をする。

最後に、ノエルくんがその子と並んで笑っている場面。そこで途切れた。


「だ、大丈夫。さっきもこんなことがあったんだ。白昼夢かな? でも、そのおかげでここに辿り着いたんだけど」


取り止めのない話に、ユーエンさんが食いついてくる。


「——あなたは、今、何を見たのですか?」


「何って、茶色の髪の女の子。目の下にほくろのある可愛い子。その子とノエルくんが手をつないで並んでた」


「場所は? その子がいた場所はわかりますか」


なんでそんなに食いつくの? 何がそんなに気になるの?


「場所ねぇ。子どもたちがたくさんいた。身なりはあまり良くなかったけど、楽しそうに笑ってたかな。……ねぇ、ユーエンさん、こんなこと聞いてどうするの?」


「預言……ですよね。あなたは今、神殿で噂になっている“預言者様”ですよね」


ん? 預言者?

何言ってるの? それに、何その噂。どこから出たの。


「いや、私、預言者じゃないよ。インチキ占い師だけど」


困惑する私に、カレンさんが一言。


「案外、そうじゃないかもよ」


——言葉にできない、何かがこの体を動かしている。そんな感覚がよぎった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ