きみおもう
*この作品は「約束の木の下で―忘れられない初恋の記憶―」の派生作品です。
先に本編「約束の木の下で ―忘れられない初恋の記憶―」
同じく派生作品の「約束の木の下で ー風と雪の中にー」を読まれることを強くお勧めします。
*この作品だけではおそらく理解しきれない箇所があるかもしれません、予めご了承ください。
それは、どこか馴染みのあるような海と空と島並の写真。
自然と伸びた手にした本のタイトルは『島へ……』
帯には『夕凪島で貰った、たくさんの触れ合い』とだけ書かれている。
どうやら、夕凪島でお遍路さんをした作者の体験をもとにしたフィクションの小説のようだった。
意外なのは作者の名前。
三神千里という女性だった。
私は直感的に買おうと小脇に抱える。
「いい本あったの?」
肩越しから届くやさしい声音。
「あ、うん。あった」
「そっか、そりゃあ良かった」
「ああ、北川くんは、何かいい本あった?」
「外畑さんの本、また読んでみようかなって」
掲げた文庫のタイトルは『夕凪島殺人事件』
え?
そんな本があるなんて知らなかった……
目を見張る私に驚いたのか、気を良くしたのか分からなかったけど、航太くんは照れたように頭を掻いていた。
結局、私は『夕凪島殺人事件』も買うことになる。
航太くんは読んだら貸すよって言ってくれたけど、欲しかったから。
「もしかして、夕凪島に行ったことあるの?」
レジで会計をし終わった後、航太くんにそんな風に聞かれた。
「あ、うん、えーと、お母さんの田舎だったんだ、おばあちゃんが生きてた頃に何回か行ったことがあるくらいだよ」
「へー、そうなんだ、なんか田舎ってさ、いいよね」
嬉しそうな航太くんは白い歯を見せて笑う。
買った本が夕凪島を取り上げてるものだからだろうけど、よく観察しているんだなって感心した。
そのあと、航太くん行きつけの定食屋さんでランチをすることに。
航太くんの高校は新宿の近くだから学校帰りによく寄るんだって話していた。
「店は古っぽくて、きれいじゃないけど、安くて旨いし、豚汁とキャベツのおかわりは自由なんだ」
どこか誇らしげに言う航太くんの笑顔があどけなくてかわいく見えた。
雑居ビルの二階にあるお店。
階段を上っている時から揚げ物のいい匂いがお腹に染みてきた。
航太くんが引き戸の扉を開けると、
「いらっしゃい!」
威勢のいい声が通り抜ける。
こじんまりとした店内はカウンター席、テーブル席、奥には畳敷きの座敷まである。
「こんちは、店長」
「おう、航太か」
さすがに行きつけという感じで軽妙な挨拶を店長と交わしていた。
私が軽く会釈をすると店長はニコッと笑い、航太くんに顎で奥の座敷の方を指し示している。
「こっちがいいかな」
航太くんは私を壁側の座敷に促してくれた。
「ありがとう」
「大丈夫かな? 食べれそう? もし量が多かったら僕が食べるから」
メニューに目を通している私に、航太くんは少し不安そう。
女の子に揚げ物という選択肢を選んだことを後悔しているのかな。
私は全然気にしないし、話を聞いた時にむしろ食べたいって思った。
「ううん、大丈夫。お腹ペコペコ」
私が答えるとスッと肩を撫で下ろし、何か嫌いなものはないかと聞いてくる航太くんに「ないよ」って答えると。
「じゃあ、おすすめのトン盛りにしよう」
それを二人前頼んでくれた。
航太くんの一押しメニュー。
トン盛りはヒレカツ、ロースカツ、紫蘇を巻いたロールカツの盛り合わせだという。
店内の雰囲気はわちゃわちゃしてて、柱や壁にまで匂いが染み付いているようで、小さい中にいっぱい美味しさが詰まったような感じ。
お客さんは圧倒的に男の人が多い。
さっきの様子からすると、航太くんは席を予約してくれたんだと思う。
無理しておしゃれなレストランや、気軽なファーストフードより、生活の中にある空間のこのお店を選んだのも、私に航太くん自身のことを知って欲しかったのかもしれない。
「お待ちどうさま」
声と共にテーブルに並べられたお皿の上には、はみ出しそうな揚げ物と山盛りのキャベツの千切り。
パッと見多いかなって思えたけど、
「いただきます」
手を合わせて、口にした途端――
「おいしい!」
私の声に航太くんは顔をほころばせ、自らかもカツを口に運んでいた。
「ありがとう、お姉さん!!」
カウンターの中から届いた店長の声に、航太くんと視線が重なって思わず笑ってしまう。
湯気が沸き立つ揚げたてのとんかつは素直に美味しかった。
サクサクとした衣に柔らかいお肉。
ご飯も女性用は小さな茶碗で、男性用はオーダーでどんぶりにもしてくれるという。
食事中も航太くんは、本の話題を熱心に聞いてきた。
質問もありきたりじゃなくて、何度も読み返してしまう本って、どうして読んじゃうの?
とか、どういう読み方をしているの?
主人公に完全感情移入してるの?
それとも俯瞰で読んでるのとか。
どうして?なんで?って子供がおねだりするみたいに、聞いてくる。
私が答える度にへー、ふーんと相槌を打ちながら話を引き出してくれていた。
ご飯を口いっぱいに頬張ってニコニコ微笑む姿は楽しそうで、私の中の罪悪感も少しは救われた気がする。
航太くんは先に食べ終わっていたけど、それでも食べるのが遅い私にペースを合わせてくれていたように思う。
「ごちそうさまでした」
何だかんだ残さず食べた私を見て、航太くんは目を丸くしていた。
他の子は知らないけど私は食べ物を残さないし、美味しいものはちゃんと食べるから。
ご馳走するという航太くんに、そうしてもらう理由もないから割り勘でと引き下がった。
「また、来てくださいね」
帰り際、額に汗を滲ませながら、目尻を下げる店長が丁寧な声を掛けてくれた。
階段を下りて路地に出ると、陽射しは一段と強くなっていて、体温よりも暑そうな空気の中、呼吸することさえ息苦しい。
「外歩くより涼しいから」
航太くんは地下に案内する。
迷路のように張り巡らされた地下街や通路を航太くんは知り尽くしているのか迷いもせず歩いている。
「しんどかったら遠慮しないで行ってね、その僕、気がつけないから」
相変わらず半歩遅れてついていく私を気にかけながら。
「待ち合わせの時、何聞いてたの?」
そんな航太くんの問いかけから、今度は音楽の話題になった。
両親の影響で昔の音楽だよって教えると、やっぱり質問攻めが始まった。
航太くんは「あっ、それ知ってる」「今度聞いてみる」と終始、微笑みを絶やさなかった。
そして階段を上っていると、都会では珍しい微かに蝉の鳴き声が聞こえてきた。
地上に出ると差し込む陽射しが眩しくて思わず手をかざす。
場所は新宿駅の東口にある小さな広場。
木々に止まった蝉が喧騒に負けじと精一杯生きている。
さわさわと枝葉が震えて、スーッと横切る風がスカートの裾と私の頬を優しく撫でた。
心なしか涼しくて心地いい。
航太くんは駅ビルの方を指さした。
夕凪島ではどこかしこから響いていた蝉の合唱も、東京ではそういう訳でもなくて。
誰かのためじゃなくて、ただひたむきに、命を燃やし尽くす叫びを耳にするたび、少し嬉しくなってる自分がいた。
そのまま、駅ビルに入って改札まで来たところで、用事があるという航太くんと別れることに。
「今日は、ごめんね。でも楽しかった、倉科さんありがとう」
「私こそ、色々、その、ありがとう」
爽やかな微笑みと共に手を振る航太くん。
帰りの方向は一緒のはずなのに、間違いなく私への配慮で、今日のことは航太くんの本意でもないということなんだろうけど。
私がその気で来ていれば、今頃プールデートになっていたはずだから。
帰りの電車の中、TRFの「BOY MEETS GIRL」を聞きながら、美瑠にメッセージを打っていると航太くんからメッセージが入った。
『今日は、騙し討ちみたいになってしまって、ごめんね、でも倉科さんと話せて本当に楽しかった。ありがとう』
「こちらこそ、とんかつ美味しかった。いろいろ気を遣ってくれてありがとう」
『あの、またメッセージ送ってもいいかな?』
「うん、ありがとう。でも、返信遅かったりするかも、ごめんね。」
『じゃあ、またね、気を付けて、家に着いたら連絡してくれるかな?その心配だから』
「はい。北川くんも気を付けて」
私は小さなため息をついて、美瑠にメッセージを送る。
「美瑠? ダメだよ嘘は、哀しいよ」
すぐに返信が入る。
『え?あ?ごめんね梨花、でもね、航太くん梨花のことたぶん好きだし上手くいったら良いなって思ったんだ、ごめん』
「いいよ、そんな事だろうと思ったから、許してあげる」
『いまどこ?プール?』
「ううん、プールは行ってないよ。帰りの電車の中」
『そっか、ねえ?これからいつものとこで会わない?お詫びにケーキご馳走する』
「私をだました代償はそれだけ?」
『うう、じゃあケーキ二つ』
「しょうがないな、二つで手を打とう」
『ありがと。じゃああとでね!』
スマホを伏せて腿の上に置いた。
美瑠の気持ちはありがたいよ。
本当に、本当に。
私のことをいつも気にかけてくれている。
航太くんも変わらずに優しかったし。
会うのは二回目だけど、ほんとうに、優しい人なんだって思ったよ。
私のことを知ろうともしてくれたり、楽しませようとしてくれたり。
何よりデートに戸惑う私の気持ちを一番に考えてくれていた。
好意を寄せてくれているのは、私だってわかるよさすがに。
胸がぎゅっと締め付けられ、そっと手を当てる。
だから、苦しいよ。
だって――
私のこころをつかんでいるのは、私が想い続けているのは、彼だけなんだ。
あの頃は好きって感情がよく分からなかった。
だけど、年を重ねていくうちに、彼の行為や言動全てが自分に向けられた、まぎれもない「愛」の形だったと感じたんだよ。
勝手にそう思い込んでるだけかもしれない。
たかが10歳の子供のしたことかもしれない。
でもね、私は受け取ったんだ約束として。
10年後の20歳になったら会おうねって、願いが叶うって云われている、あの約束の木に二人で書いた絵馬を結んだんだ。
不安になる事もあるけれど、変わらずに私を支えているから。
あの頃からずっと変わらずに。
車窓に流れるビルの合間にちらちらのぞく夏空は、息苦しそうに青い息をこぼしていた。
トートバッグの中からさっき買った本を手に取る。
『島へ……』
その表紙をそっと指でなぞる。
どこまでも高く広い青空を。
お読み頂きありがとうございます_(._.)_。
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