めぐりあいみて
*この作品は「約束の木の下で―忘れられない初恋の記憶―」の派生作品です。
先に本編「約束の木の下で ―忘れられない初恋の記憶―」
同じく派生作品の「約束の木の下で ー風と雪の中にー」を読まれることを強くお勧めします。
*この作品だけではおそらく理解しきれない箇所があるかもしれません、予めご了承ください。
翌日――
待ち合わせは新宿駅の東南口に9時。
相変わらず時間には余裕を持って来てしまう私。
30分前には着いちゃって、約束の時間まであと15分もある。
元々の待ち合わせ場所は北万住駅だったんだけど、昨日の夜、美瑠から連絡が来て、なんでも駿介くんの家に忘れ物をしたから取りに行くとかなんとか。
駿介くんの家だって北万住にあるのに、不思議なことを言うなって思ったけど、プールのあるホットランドに近い、新宿にしようってことになった。
駅ビルの中は涼しくて露出した肌には少し寒いくらいだった。
イヤホンから流れるJUDY AND MARYの『散歩道』を聞きながら美瑠を待っている。
お父さんとお母さんの影響で聞いている音楽は90年代の楽曲が多い。
物心着いた時から家の中で流れていた耳に馴染んだ曲たちが私のプレイリストには詰まっている。
ドリカム、globe、GLAY、椎名林檎、他にもたくさん。
歌詞を聞きながら、あの頃のキラキラした想い出がふと脳裏をかすめてしまう。
いつもって訳じゃないけど、きっと夏だから。
スマホの画面に目を落とすも通知はない。
ここから見下ろせる小さな広場には、暑さにも関わらず大勢の人々で賑わっている。
目の前を忙しなく行き交う人々も多い。
人の流れの中にいると時間が早く経つように感じても、実際は全然経っていなくて、さっきから5分も過ぎていない。
頬を膨らませて左右をキョロキョロしながら、肩にかけたトートバッグの持ち手を握った。
「おっ、かわいい彼女、一人?」
突然、イヤホン越しにも聞こえる声で話し掛けられる。
素足にローファー、黒のハーフパンツに、花だらけの鮮やかなアロハシャツ。
痩身で背が高くて、気怠そうなパーマ頭の男性。
鼻筋の通った、どこかで見た俳優みたいな顔。
私は小さく息を吐いて。
視線を逸らし、無視を決め込む。
「ねえねえ、美味しいケーキ。食べようよ~」
ところが、顔立ちからかけ離れた、台詞や言い回しがおかしくて、思わず笑いそうになるのを口をギュッと結んでこらえる。
「だーめなの? ねえねえ、お茶だけでもしようよ~」
男は私の顔を覗き見ながら首を左右に傾げる。
その時――
トンと肩に触れる手の感触。
「倉科さん、ごめん、待った」
「え?」
ハッとして振り向いた声の主は美瑠ではなくて――
北川航太くんだった。
目をパチパチさせて二度見してしまう私。
「すみません、彼女になんかようですか?」
「なんだ、おねえちゃん彼氏がいるんだ」
男は肩をすくめ歩き出すと、今度はすれ違った女性に声を掛けていた。
私は、目の前にいるのが美瑠じゃなくて、航太くんである理由がすぐには分からなくて、あたふたしてしまう。
急いでイヤホンを外したら、地面に落としてしまった。
航太くんが、すかさず屈んでそれを拾い上げてくれた。
イヤホンに息を吹きかけ、白いシャツの裾辺りでこする。
「はい」
「あ、ありがとう」
私はイヤホンを受け取ると、あわあわしながら、スマホと一緒にバッグの中に仕舞う。
状況は分からないまま。
想いもよらない出来事にドキドキしている私。
片手を胸に当て呼吸を整えるように、小さく息を吸う。
髪を耳に掛けながら上目遣いに航太くんを見上げた。
およそ一年振りに会う姿。
切れ長の目に、少し太い眉が優しく下がる。
「あの、もしかして、美瑠さんから聞いてなかった今日のこと?」
コクリと頷く私に航太くんは、苦笑いを一つ。
ああ――
その瞬間、私は理解した。
美瑠が仕組んだんだって。
え?じゃあ、航太くんとプールに行くの……。
航太くんは美瑠の彼氏の駿介くんの親友。
航太くんのことは嫌いじゃないけど、好きという感情はない。
去年の夏、それも美瑠が半ば強引に私をダブルデートに誘ってきたんだけど、その時に初めて航太くんを紹介された。
デートに戸惑う私に、呆れた素振りも見せずに優しく接してくれていたのは覚えている。
連絡先も交換していたけど、今日までやり取りは一度もなかった。
いい人だし、優しいとも思うけど――
憂鬱な気持ちになって、視線が泳いで足元に落ちる。
「そしたら、ちょっと歩かない? その、プールは止めにしてどっかで昼飯でもどうかな?」
「え? ああ、うん」
私のための提案だってことはわかる。
でも、デート自体が望んでいることではないから。
美瑠や駿介くん、それに航太くんのことを考えると、さすがに帰る訳にもいかないし。
ご飯食べるくらいなら……プールに行くよりはマシかな。
顔を上げた私に、
「じゃあ、行こう」
航太くんは、はにかみながらゆっくりと歩き出す。
私はその白のキャンバススニーカーの後を追う。
ダークオリーブのクロップド丈のチノパン。
クルーネックのマリンボーダーのTシャツに、白の半袖ボタンダウンシャツ羽織った航太くん。
爽やかな都会的な男の子って感じ。
素朴な彼の面影と比べてしまって、今はどんな姿なんだろうって思い描いてしまう。
それをかき消すかのように、一歩、建物から外に出ると、瞬く間に湿気を含んだ熱気が肌に纏わりついてきて、アスファルトの照り返しが暑さに拍車を掛ける。
航太くんは、街路樹やビルの影を無意識に選び、私を陽射しから守るように、少し外側を歩いている。
やっぱり半歩後をついていく私に合わせようとしてくれるたびに、歩みが滞る。
人混みの中、歩くだけでも気を遣うのに悪いなって思ってしまう。
こんなに優しくされても、この出会いを素直に喜べていない私って――
こころに小さな翳りがさす。
当てがある訳でもなく、街中を彷徨いながら航太くんは日々の出来事や、駿介くんとの幼い頃のエピソードを話してくれていた。
私を飽きさせない為だろうことは分かっている。
そんな話の中で、航太くんのお父さんの田舎が山梨で、駿介くんと何回か遊びに行った時の話に、私のこころの中の遠い記憶が反応してしまった。
虫取りをしたり、自転車で坂道を下ったり、川遊びをしたり、水面に向かって石を投げたり、秘密基地を作ったり。
気になって聞き返したら、田舎なんて何もないから男の子はそういう遊びをするんだって答えてくれた。
でも私には特別だったんだ……よね。
全部が全部。
気がついたら阿波国屋書店の前にいた。
「倉科さん本好きって聞いたから、外歩くより涼しいし、ちょっと寄ってみる?」
特に見たいものはなかったけど、私に対する心配りを無下にすることも出来ないし、楽しい時間にしようと考えてくれている航太くんに申し訳なくて頷く。
建物の中は冷房が効いていて、汗ばんだ肌に冷気がヒンヤリとまとわる。
エレベーターの2階のボタンを迷うことなく航太くんは押す。
文学、文庫・新書のフロア。
私は何回か来たことがあるから覚えているけど……。
チン。
音を伴って扉が開く。
冷気と一緒に本の匂い、紙とインクの匂いが流れ込んできた。
「北川くんは、本好きなの?」
「うーん、好きなジャンルはあるけど最近あんまり読んでないかな」
「どんな本?」
「推理小説。ばあちゃんが好きでね、中学の頃はよく読んでたんだけど、最近はめっきり、その作家さんが亡くなっちゃったのもあるかな」
「ふーん、ちなみに誰なの?」
「ああ、外畑隆夫っていう人。なんか安易なトリックとかじゃなくて、一見見落としそうな会話やアイテムなんかがキーになってて、作品の中で人が活きてるって感じがして、全国が舞台になるんだけど、見たことない行ったことない場所でも、情景が浮かんでくる感じで好きだった」
「ああ。私も読んでた。人の心理描写が巧みで、歴史や伝説とか絡めてて、主人公の朴訥した青年探偵も好きだった」
「ああ、わかる、深見影郎でしょ?」
「うん、そうそう。なんか憎めないくて、でも観察眼や思考が鋭くて」
「毎回ヒロインも出てくるじゃん、魅力的な女性たちが、でも影郎奥手だから何も進展がなくて」
「そう、でもそれが良かったかな、あんまり色恋を書きすぎるとあの作品たちの雰囲気というか、情緒に合わない気がする」
航太くんはフッと笑う。
「どうしたの?」
「ん? いや、その、倉科さんがそんなに喋ってくれるのが新鮮で嬉しくて」
「あっ……」
そっと両手で口を覆っていた。
好きな作家さんや本のことだからか、自然と口を開いていた。
肩に掛けているトートバッグの持ち手をギュッと握って下唇を噛んだ。
「いや、ごめん。ダメだな、余計なこと言っちゃった」
航太くんは首を捻りながら苦笑い。
「せっかくだから、また今度読んでみるよ」
そう言って、書棚に目を移す。
私もそれとなく本のタイトルを流し見た。
最近は恋愛ものもよく読んでいる。
でも、大体途中で読むのを止めてしまう。
理由は簡単でその中には会える前提の二人の物語ばかりだから。
たまに、遠く離れていても、ひたむきに相手を想い続けるような作品に出逢うと、どこか自身を重ねてしまうけど。
でも、どうしても最後までは読めなくて……。
だからという訳でもないけど、結局、文学作品や同じ本を繰り返し読んだりしている。
棚を横目に歩いていると、面陳に並べられた一冊の表紙が目に入った。
「あっ……」
お読み頂きありがとうございます_(._.)_。
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*人物画像は作者がAIで作成したものです。
*風景写真は作者が撮影したものです。
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