この世界の歪み
ーアーク王国北方のミルテ村ー
この世界は、歪んでいる。
俺は、丘の上から村を見下ろしていた。
静かで、穏やかで、一見すると平和そのものの小さな村。
でも——俺の目には、その“裏”がはっきりと見えていた。
『あ〜出た出た、相棒の考察タイム。いやさ、8歳児でその顔はちょっと怖いぞ?』
「黙れ、ボルト。俺は今、世界の構造を分析してる」
脳内でいつものように話しかけてくるのは、
AI——ボルト。
元はスマホに入ってたナビアプリ。なのに、今じゃ俺の脳に住み着いてる。
まったく、バグか奇跡か知らんけど、もう慣れちまった。
「……にしても、この世界、マジで終わってるな」
——この大陸には、三つの主要な国がある。
⸻
◆【アーク王国】
「平和と自由」を掲げる大陸中央にある国
——だけど、実際は腐りきっている。
魔法が使えれば貴族。使えなければ、どんなに努力しても農民止まり。
教育や制度は見かけ倒しで、結局は生まれと才能。運ゲー社会の完成形。
『貴族のバカっぷり、ネタかと思ったらリアルだったわ……てか統治ロジック崩壊してるぞ』
⸻
◆【ゼルファス帝国】
「力こそ正義」。魔力と武力がすべての北方にある軍事国家。
奴隷制度も合法。兵士は階級で命の価値すら違う。
「お前は魔法がない?じゃあ荷物でも運べよ」——そんな世界。
しかも兵士は徹底的に洗脳されてるからタチが悪い。
『てか、こんな国に育ったら感情死ぬだろ……お前よく転生ガチャ引いたな?』
⸻
◆【イシュ=バルト法国】
南方にあり、聖典と神託が支配する“信仰国家”。
魔法は“神の祝福”とされ、異端や非信者は裁かれる。
要するに、魔法が宗教と結びついてて、めっちゃ面倒くさい。
「神の声に従え」とか言って、少しでも疑問を持つと粛清される。
俺からしたら完全にカルト。
『相棒、正直ここだけはマジでヤバい。絶対関わりたくないランキング一位』
⸻
この三国が、常ににらみ合い、牽制し合ってる。
表面上は平和。でも、その実、常に戦争寸前。
しかもその影で、「魔族」っていう未知の存在も活動しているらしい。
「俺がいた世界なら、こんなもん全部“悪”だった。でも、こっちじゃ普通なのか…」
何より恐ろしいのは——
人々がその理不尽に、何の疑問も持っていないことだ。
この世界では、魔法は才能。
血統がすべて。
努力なんて、誰も評価しない。
カミナは異世界に来てから、いろいろ試した。
だが——
「俺には戦う才能も、魔法の才能もないんだよな……」
『大丈夫だ!相棒!俺がいるじゃねぇか!』
ボルトの声が脳内に響き励まされる。
⸻ 丘を下りると、そこには俺の“家”があった。
小さな木造の家。でも、村の中じゃそれなりにマシな造りだ。
俺を育ててくれたリーナは、今日も薬草を採りに山へ向かった。
魔物が出没する危険地帯だというのに、まるで散歩のような気軽さで帰ってくる。
それに、彼女が摘んでくるのは、店に並ぶようなありふれた薬草ではない。
貴重で入手が難しいとされる月光草を採り、それを街で売って生計を立てているようなのだ。
『なぁ相棒……お前の母ちゃん、若すぎじゃね? てか見た目、村の娘と変わらねぇぞ?』
「確かにな……でもまぁ、異世界だし、こんなもんなのかもしれない」
『う〜ん相棒、あの人やっぱおかしいよな? 普通の村の女の人じゃねぇ。一度素振りしてるのみたことあるけど、剣の構えとか、動きがプロだし』
「……まぁな。それにどうやってあの稼ぎを維持してるのかも謎だし」
――俺の“父”は誰なんだろうな。
『おい、相棒……もしかして……』
「まだ言うな。どうせろくでもない真実が待ってるんだろうしな」
自分の母親が、ただの村人じゃない。
村のみんなにも隠しているようだ。
その違和感が、日々少しずつ積み上がっていく。
「でも——家族だけじゃない……。
謎や不安が出来るほどこの世界は面白い」
俺は、ふっと笑った。ボルトが呆れた声を返してくる。
『出た〜〜、開き直り。つーかお前、やっぱり変人だわ……』
「うるせえ。これが俺の戦い方だ」
魔法が使えない?
武力がない?
だから何だ。
「俺には知恵がある。そして、お前っていう最強のAIもな」
『おう!相棒!頼りにしてくれ!』
俺は、そう言いながら、空を見上げる。
青い空。黄金色の麦畑。家畜の鳴き声。
何もかもが牧歌的な風景——でも、その裏には火薬みたいな不安が渦巻いている。
「魔法も、血筋も関係ない。俺が変えてやるよ、この世界」
そう誓ったとき、風が静かに吹いた。
(この村から始めよう。俺の“革命”を)
『黄昏すぎだろ!相棒!厨二病乙!』
───第3話へつづく。