沈黙の森と超魔力
「静かだな……」
ヴェルテナ南部に広がる“沈黙の森”――
その名のとおり、風すらも音を立てず、鳥の鳴き声すら聞こえない異様な場所だった。
「ねぇオシャル……あたし、今“息してる音”しか聞こえないんだけど……」
「安心しろ、俺もだ。ていうかお前、普段うるさすぎるからな」
「ひどっ! 確かに昨日くしゃみでネズミ2匹倒したけどさ!」
「それはもう魔法だから。無意識の攻撃魔法」
⸻
今回の任務は、沈黙の森に突如出現した“魔力異常地帯”の調査だった。
しかも、同行者には――
「……やれやれ。面倒な森だ」
ゼイドがいる。
相変わらずの無表情だが、彼の存在が空気をピリリと締めている。
「お前らがいた方が、“予想外”が起こって面白い。だから今回は同行する」
「言い方!」
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森の奥へ進むにつれて、地面に散らばる魔石の破片や焦げ跡が目立ってきた。
「これは……魔法の暴走痕?」
ゼイドが断言する。
「このエリアでは、魔力が通常より3倍以上に増幅される。下手をすれば自滅するぞ」
「マジか……エムル、大丈夫か?」
「え、ちょっと待って。じゃあ“私の魔力量”で増幅されたら……」
「お前、ただでさえ魔力バカ高いのに、それが3倍になったら……」
「鼻息で小規模爆発とかしない!?」
「ありうるから怖いんだよ!」
⸻
※エムルの魔力(数値上):通常Bランクの4.2倍
※制御技術は超ザル
「うわ〜……今、くしゃみ我慢してるのすっごいがんばってるのに……!」
「今だけはマジで集中してくれ頼むから!!」
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そのときだった。
木々の隙間から何かが跳ねるように飛び出し――
ズバァン!!
空気が裂ける音と共に、一本のナイフがオシャルの足元へ突き刺さった。
「またお前か……!」
そこにいたのは、前に街で出会ったフードの暗殺者だった。
しかし今回は――
「……そんなに驚かないのね」
声に少し笑みが混じっていた。
(やっぱり女だな……しかも、だんだん“殺し屋”って雰囲気薄れてきてないか?)
「暗殺に来たのか?」
「ううん、“助言”に来たの。ここ、近くに“森喰い”がいるわよ」
「森喰い……?」
ゼイドが眉をひそめる。
「中級任務でそれが出るのはおかしい。あれはAランク以上の魔物だ」
「でしょうね。……じゃ、健闘を祈るわ。私は“まだ”味方じゃないから」
暗殺者は手を振って森の中へ去っていった。
「“まだ”って……お前、なんなんだよ」
(こいつ……いつか本当に仲間になるのかもな)
⸻
その直後――地響きとともに、木々が一気になぎ倒された。
現れたのは、森喰いグラヌス。
巨大な獣のような魔物で、体表は蔦と鎧のような樹皮に覆われている。
「くそっ、Aランク級がなんでここに!」
「エムル、援護魔法いけるか!?」
「いけるよ!……けど、力加減しないと森ごと焼く!!」
「一発だけでいい!最大魔力で撃て!」
「い、いくよっ……!」
「焔閃・全力開放!!」
魔法陣が空に展開し、凄まじい熱気が森を駆け抜けた。
爆炎が森喰いの脚を焼き、一気に動きを鈍らせる。
「今だ! ゼイド、合わせろ!」
「了解」
ゼイドの剣が左脇腹を切り裂き、オシャルの剣が頭部を真っ直ぐ貫いた。
ドォォォン!!
巨体が地に崩れ、森が再び静けさを取り戻す。
⸻
任務終了後――ギルドにて。
「……お前の魔力量、常識の範囲を超えてるな」
ゼイドがエムルを見て呆れ気味に言った。
「えっへん!やっと認められたー!」
「でも出力管理ザルだから、ランク上げるには“師匠”が必要だな」
「え、オシャルが先生になってくれるの!?」
「え、俺!?」
「わーい!じゃあ明日から毎朝5時に修行ね! まずは私の部屋の掃除から!」
「それ修行じゃなくて雑用!!」
⸻
一方、森の外れ。
フードを脱いだ暗殺者の少女が、小さく笑った。
「……やっぱり、見てて飽きないわね。あの二人」
その目は、どこか寂しげで、でもあたたかかった。