暗殺者
ヴェルテナの街――
「オシャル〜、このクロワッサンめっちゃ美味しいよ!一口食べる?」
「街の中でそれ5個目な。胃袋どんだけダンジョンなんだ」
「いや〜、やっぱパンは心の剣よね!」
(剣関係ねぇ)
⸻
ギルドの帰り道、オシャルとエムルはいつもよりのんびり街を歩いていた。
洞窟任務を成功させ、ゼイドからの評価も得た彼らは、数日間の自由任務期間に入っていた。
エムルはというと――
「そろそろ魔力訓練しなきゃな〜って思ってる!今週中には!たぶん!」
「“たぶん”の時点でやらないやつだコレ……」
⸻
そのとき――
パン屋の裏路地から、異様な気配が流れ込んでくるのを感じた。
(……この空気、まさか)
オシャルが即座に剣に手をかけた、次の瞬間。
ズバンッ!!
店の看板が斬り飛ばされ、火花が走る。
「おいおい、マジかよ……」
目の前には、黒ずくめのフードを被った人物が立っていた。
細身の体。軽やかな足取り。そして手には、二振りの短剣を携える。
「あなたが……“村出身のBランク剣士”、オシャル?」
その声は――妙に澄んでいた。
高すぎず、低すぎず、どこか少年のような、それでいて少女のような不思議な響き。
(声、若い……いや、むしろ女性……?)
フードで顔は見えないが、輪郭と仕草からして、相手は若い女性だとオシャルは察した。
「いったい何者だ?」
「名前なんて……暗殺者に必要ないでしょ?」
⸻
突如として短剣が走る。
オシャルは剣を抜き、エムルを背後に庇った。
「危ない、下がってろ!」
「うわっ、わ、分かった!でも私も……!」
「火球は街中じゃやばい!」
「ぐぬぬ、たしかにっ……!」
(よし!ちゃんと判断できた。エムル、成長してるな)
オシャルは剣で応戦しながら、暗殺者の動きを観察する。
(小柄、身軽、でも一撃の重さは鋭い……これはただの殺し屋じゃない)
剣と短剣が交差する。
一見軽いが、正確無比な殺気が毎秒ごとに襲いかかってくる。
(速い……けど――)
「剣気・反閃!!」
青い刃が逆方向に一閃し、暗殺者の短剣を弾き飛ばす。
「へぇ……かすっただけで、この反応。やっぱり“目当ての剣士”だった」
「“目当て”? なんの話だ」
「そのうち分かるよ。私は“今は敵”だけど、“ずっと敵”とは限らないから」
――そう言い残し、暗殺者は一瞬の煙幕を投げて姿を消した。
(……“ずっと敵”とは限らない、ね)
⸻
翌日。
ギルドでは、街中での襲撃が議題となり、オシャルとエムルも報告に呼ばれていた。
「……これはもう、“組織”が動き出してるな」
そう言って現れたのは――またしてもゼイドだった。
「組織?」
「ああ。最近、“剣士狩り”が都市部で流行っている。実力ある者を暗殺し、その力を測る。ある種の“スカウト”のようなものだ」
「スカウト……?暗殺して?」
「奇妙だが、彼らは“興味がある者”を消すか、仲間に引き込むか、どちらかを選ぶ。君は、後者に入っているようだな」
(……あの暗殺者が言ってた、“今は敵”ってのは、そういうことか)
⸻
ギルドの帰り道。
「ねぇオシャル……あの暗殺者さん、なんかちょっと……可愛い気配しなかった?」
「気配ってなんだよ」
「いや、身のこなしとか、声の響きとか、なんか……こう……!」
「おまえは感覚がドジに全振りしてるから当てにならん!」
「ひどっ! でも否定しないってことは、オシャルもちょっとそう思ったんでしょ〜?」
「ちょ、エムル、顔が近い近い!」
「むむっ……もしこのまま暗殺者さんが仲間になって三角関係になったら――」
「なんで三角関係が前提なんだよ!?想像が飛躍しすぎだろ!!」
⸻
(でも――)
オシャルは空を見上げる。
(あの剣……あの動き……次に出会った時、どうなってるのか)
一瞬だけ交わった刃の中に、確かに“何か”があった気がした。
(仲間になる日が来るのか、それとも、再び敵として現れるのか)
(……どっちでも、俺は負けねぇ)
そう固く誓うオシャルなのだった。