古代魔装剣リグルス
――すでに戦局は、敗北を約束されたようなものであった。
だが。
その中心で、ひとり、剣を握り直す者がいた。
「……まだだ」
そう呟くのは、オシャル=リヴァンス。
彼の手には、砕けかけた古代魔装剣があった。
だがその剣が──突然、微かに光った。
オシャルの意識に、なにかが語りかけてくる。
『概念再構築』は“後付け”の能力。
真に備わっていたのは……想いの具現。
その刹那、剣が――音もなく、変貌を遂げた。
柄が伸び、刃が広がり、形状が完全に変化する。
ただそれは、何か特別な剣というわけではなかった。
それは、オシャルが“初めて剣を握った日”に父・ガレン・ファルク=リヴァンスから贈られた、木剣の姿だった。
しかしその“木剣”は、空間すら裂く気迫を纏っていた。
⸻
「なるほど……それが、貴様の剣か」
魔神ヴァロルが、不快そうに呻く。
「想い? 理想? そんなものに何の意味がある……この現実の前には、幻想にすぎん!」
「幻想だって……本気で信じて、剣に刻み続ければ、それは現実をも超えるんだよ!」
オシャルが地を蹴った瞬間──
ヴァロルの全身から、黒き魔力の嵐が巻き起こる。
「ならば見せてみろ! その“想い”とやらで、この“魔神”を貫けるというのなら!!」
両者が激突する!
⸻
爆発音が響く。
だが、オシャルの動きは先ほどまでと全く違っていた。
一太刀ごとに、剣の形状が変化する。
──力強く、斧のような一撃
──素早く、槍のような突き
──しなやかに、鞭のような軌道
オシャルの剣は、彼がこれまで戦ってきた仲間たちの技や想いを具現化し、その一太刀一太刀に宿らせていた。
エムルの軽やかな連舞。
ゼイドの重く、的確な一撃。
エルシアの鋭利な隙のない双剣術。
ポッケルの精密な構えと読み。
そして父・ガレンの“ただ一振り”の剣。
すべてが、一振りの剣に溶け合っていた。
「それが……リグルスの本当の力か」
アマテラスが、燃え尽きた瓦礫の上で見つめながら呟く。
「振るう者の“想い”を、そのまま剣とする……まさに、想念の武装か」
⸻
魔神ヴァロルが、ついに全力の魔核を放つ。
「この力で、全てを終わらせる!」
空間全体を覆う、紅黒の魔装――
それはまさに世界の終わりを思わせる光景だった。
だがオシャルは、たった一歩、静かに踏み込む。
「俺は、剣士だ」
その一言と共に、ただの“木剣”の姿をしたリグルスを──天へ掲げた。
「これは……“皆の剣”だああああああ!!」
──《想現・リグルス最終形態》
空間がねじれ、オシャルの一太刀が放たれる。
それは剣ではない。
人の想いそのものが刃と化した一撃。
次の瞬間、紅黒の魔装が、音もなく断ち割られた。
魔神ヴァロルの胸に、白い光が穿たれる。
「な……ぜ……! 私の力が……こんな、小僧の想いごときに……!」
ヴァロルは叫ぶが、オシャルは目を伏せたまま答えた。
「……俺は、あなたの剣を継ぐ人間じゃなかった。ただ、あなたを超えたかっただけだ」
ヴァロルの身体がゆっくりと崩れ、塵となって消えていく。
魔神の気配が、完全に消滅した。
⸻
風が吹く。炎は沈静し、静けさが訪れる。
ミルルが顔を上げる。
「お……終わった、のです……?」
誰もが信じられず、ただ黙っていた。
その中で、オシャルが剣を静かに地に突き立てる。
リグルスは再び無垢な形に戻り、何も語らなかった。
「……ありがとう」
誰に言うでもなく、オシャルはそう呟いた。




