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守りたいもの

その身に浮かぶは、瘴気の紋章。

空間そのものが呻き声を上げるかのように軋み、第二階層が崩れ始めた。


「終わりだ、人間ども――」


咆哮と共に放たれた衝撃波で、アマテラスが地を滑る。


「くっ……!」


オシャルは歯を食いしばり、崩れかけた地面に踏ん張った。


エルシアとゼイドも限界を迎えていた。

《星風の剣》は、もはや風前の灯火。


そのときだった。


「――ったく。僕がいないと、どうしようもないな」


軽口と共に、崩壊する岩の隙間から一人の影が舞い降りる。


「ポッケル……!?」


右腕からは血が流れていた。左手には――剣。

そして、いつもかけていたはずのメガネは……ない。


「何してるの、お前……それに手に持っているは、剣!?」


「もう、解析は終わった。あのバケモノの“視覚の死角”も、“反応速度”も、“魔力変動”も――全部見切った」


そして、彼は静かに剣を構えた。


「ここからは、理屈じゃなく……“本能”で斬る」


アマテラスが、かすれた声を漏らす。


「……“剣士”の殺気……!? あれは……十剣を超えている……」


次の瞬間――


ポッケルが跳んだ。


速い。目で追えない。


「一閃目!」


ヴァロルの腕が斬り飛ばされる。


「二閃目!」


肩口から胴を斬り裂く。


「三閃目、四閃目……!」


ポッケルの動きは人知を超えた剣撃。まるで、剣そのものが踊っているかのようだった。


「嘘だろ……あのポッケルが……!」


オシャルが言葉を失う。


ポッケルの剣は止まらない。

切り裂き、突き刺し、斬り上げ、跳躍して――


「仕上げだ……“解析完了”」


光が溢れる一閃。


魔神の胴体に、深々と剣が食い込んだ――!


ヴァロルが呻き、後退する。崩れた顔から、血ではない、黒き霧が漏れた。


「……やった、のか……!」


オシャルが一歩踏み出そうとした、そのときだった。



「ならば――貴様ら全員、消し炭にしてやろう」


魔神が天を仰ぎ、腕を掲げた。大地が震える。

空が裂ける。次元が歪む。


それは、すべてを消し去る“魔神の全体超攻撃”。


「――あぁ、間に合わない!」


誰もが理解した。避けられない。防げない。


そのとき。


「お前は……生きろよ、オシャル」


ポッケルの背が、オシャルの前に立つ。


「ポッケル……!? なにして……っ!!」


「どうせ、僕はここまでだよ。身体、もう動かないし。剣、重いし」


笑っていた。


「だからさ――これ、預けとく」


ポッケルが、ポケットから取り出したのは――傷一つない、黒縁のメガネ。


「僕の“命”みたいなもんだから。……お前に、やるよ」


それが、彼の最後だった。


――ドォォォォン!!!


魔神の超攻撃が降り注ぎ、全てを包み込む。


ポッケルの身体が、黒い炎に呑まれていく。


「ポッケル――ッ!!」


オシャルの叫びは、もう届かない。


灰の中に、静かに転がるメガネ。


彼は、最期まで笑っていた。



戦場に、静寂が訪れた。


ただ一人、立ち尽くすオシャル。

その手には、あのメガネが握られている。


震える指で、それをかけた。


視界が歪んだ。


曇ったフレームの奥、ポッケルの声が聞こえた気がした。


――解析完了、だよ。


オシャルは、少し笑った。


「カッコつけやがって……なんだよコレ」


ぽろり、と涙が零れる。


「お前……ずっと伊達メガネだったのかよ……」


歯を食いしばり、拳を握る。


「だったらさ――」


オシャルの足元に風が集まる。


リグルスが微かに光り、オシャルの周囲の世界が、概念ごと塗り替わる。


「次は……俺の番だッ!!」


空気が震える。


風が吠える。


炎と雷が混ざるような力――それは覚醒の予兆だった。

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