守りたいもの
その身に浮かぶは、瘴気の紋章。
空間そのものが呻き声を上げるかのように軋み、第二階層が崩れ始めた。
「終わりだ、人間ども――」
咆哮と共に放たれた衝撃波で、アマテラスが地を滑る。
「くっ……!」
オシャルは歯を食いしばり、崩れかけた地面に踏ん張った。
エルシアとゼイドも限界を迎えていた。
《星風の剣》は、もはや風前の灯火。
そのときだった。
「――ったく。僕がいないと、どうしようもないな」
軽口と共に、崩壊する岩の隙間から一人の影が舞い降りる。
「ポッケル……!?」
右腕からは血が流れていた。左手には――剣。
そして、いつもかけていたはずのメガネは……ない。
「何してるの、お前……それに手に持っているは、剣!?」
「もう、解析は終わった。あのバケモノの“視覚の死角”も、“反応速度”も、“魔力変動”も――全部見切った」
そして、彼は静かに剣を構えた。
「ここからは、理屈じゃなく……“本能”で斬る」
アマテラスが、かすれた声を漏らす。
「……“剣士”の殺気……!? あれは……十剣を超えている……」
次の瞬間――
ポッケルが跳んだ。
速い。目で追えない。
「一閃目!」
ヴァロルの腕が斬り飛ばされる。
「二閃目!」
肩口から胴を斬り裂く。
「三閃目、四閃目……!」
ポッケルの動きは人知を超えた剣撃。まるで、剣そのものが踊っているかのようだった。
「嘘だろ……あのポッケルが……!」
オシャルが言葉を失う。
ポッケルの剣は止まらない。
切り裂き、突き刺し、斬り上げ、跳躍して――
「仕上げだ……“解析完了”」
光が溢れる一閃。
魔神の胴体に、深々と剣が食い込んだ――!
ヴァロルが呻き、後退する。崩れた顔から、血ではない、黒き霧が漏れた。
「……やった、のか……!」
オシャルが一歩踏み出そうとした、そのときだった。
◆
「ならば――貴様ら全員、消し炭にしてやろう」
魔神が天を仰ぎ、腕を掲げた。大地が震える。
空が裂ける。次元が歪む。
それは、すべてを消し去る“魔神の全体超攻撃”。
「――あぁ、間に合わない!」
誰もが理解した。避けられない。防げない。
そのとき。
「お前は……生きろよ、オシャル」
ポッケルの背が、オシャルの前に立つ。
「ポッケル……!? なにして……っ!!」
「どうせ、僕はここまでだよ。身体、もう動かないし。剣、重いし」
笑っていた。
「だからさ――これ、預けとく」
ポッケルが、ポケットから取り出したのは――傷一つない、黒縁のメガネ。
「僕の“命”みたいなもんだから。……お前に、やるよ」
それが、彼の最後だった。
――ドォォォォン!!!
魔神の超攻撃が降り注ぎ、全てを包み込む。
ポッケルの身体が、黒い炎に呑まれていく。
「ポッケル――ッ!!」
オシャルの叫びは、もう届かない。
灰の中に、静かに転がるメガネ。
彼は、最期まで笑っていた。
◆
戦場に、静寂が訪れた。
ただ一人、立ち尽くすオシャル。
その手には、あのメガネが握られている。
震える指で、それをかけた。
視界が歪んだ。
曇ったフレームの奥、ポッケルの声が聞こえた気がした。
――解析完了、だよ。
オシャルは、少し笑った。
「カッコつけやがって……なんだよコレ」
ぽろり、と涙が零れる。
「お前……ずっと伊達メガネだったのかよ……」
歯を食いしばり、拳を握る。
「だったらさ――」
オシャルの足元に風が集まる。
リグルスが微かに光り、オシャルの周囲の世界が、概念ごと塗り替わる。
「次は……俺の番だッ!!」
空気が震える。
風が吠える。
炎と雷が混ざるような力――それは覚醒の予兆だった。




