魔神戦線開幕
轟音と共に、魔神ヴァロルの咆哮が第二階層に響き渡った。
空間は捻じ曲がり、床は崩れ、瘴気の渦が剣士たちを飲み込もうと迫る。異形と化したヴァロルは、すでにかつての人間の姿をほとんど残していなかった。
「くっ……来るぞ!」
オシャルが叫び、リグルスを構える。その剣は今やただの鉄の塊にすぎないが、彼の魂は確かに燃えている。
「……やるしかない、か」
ゼイドが低く唸り、拳を握る。
「私はもう逃げない」
エルシアは瞳に静かな炎を宿し、双剣を抜いた。
「怖くても、やるしかないでしょ……!」
エムルが魔力を編み、術式を浮かび上がらせる。
星風の剣の4人だけで、今この場に立ち向かえるのは自分たちしかいなかった。
◆
第一撃――それは“斬撃”ですらなかった。
ただ空気が震えただけで、オシャルたちは吹き飛ばされ、瓦礫の中へ叩きつけられた。
「ぐ……ぁっ!」
エムルが咳き込みながら結界を展開し、直撃を免れたが、ゼイドとエルシアは血を流しながらも立ち上がる。
「こいつ……次元が違う」
「攻撃が……見えない」
「でも、やるしかないだろ!」
オシャルが叫び、崩れる床を駆けてリグルスを一閃させる。斬撃は確かに届いた。しかし、傷は浅い。
「通らない……っ!」
返すように放たれた魔神の一撃が、オシャルを吹き飛ばす――その瞬間、別方向から炸裂音と共に閃光が走る。
「はぁっ!!」
爆風と共に、風を纏った影が降り立った。
「遅れてごめん! 間に合ってよかった!」
――ポッケル=グリムナイン、登場。
「ポッケル!」
「ここで死なれたら、ボクの出番的にも困るからね!」
冗談めかしながらも、その手には改良型の魔力放出式メガネが構えられている。仲間の合流に、オシャルたちの顔に再び希望が宿る。
◆
「――霧よ、守れ! 霧障壁!」
さらに濃霧が戦場を覆い、黒い瘴気を打ち消すように渦を巻く。
「……遅くなったのですっ!」
銀髪の幼き剣士――ミルルが舞い降りる。
「この空間、異常なのです。ヴァロル=リーグス、あなたはもう“人”じゃないのです……!」
「おぉ……来たか、十剣の幼き霧剣士よ。だが貴様も、“ただの人間”にすぎん」
「人間は、諦めないのですっ!」
そして――王都の上空が輝き、降り注ぐような光が洞窟の天井を貫いた。
「皆、無事か?」
その声は凛としていた。
――アマテラス=ライドスター。
十剣一位、最強の男。その背には、伝説の剣が煌めいている。
その後ろには、ラッシュウェル=グランドとコジロウ=コーエンも続いている。
「まさか……共闘することになるとはな」
「戦う理由が変わっただけだ。今は“王都を守る”それだけだ」
「アマテラス……!」
オシャルが息を呑む。かつて敵として戦ったはずの男が、今や隣に立っている。
「オシャル=リヴァンス。君の闘志、確かに見た。だが、これはもう君たちの戦いではない」
アマテラスが一歩前に出る。
「これは、“人類の総力戦”だ」
◆
最強の剣が抜かれた。
《ハルモニクス》――一振りで大地を裂くと言われる聖剣。その斬撃は空を割り、魔神ヴァロルの装甲をついに裂く。
「……通った!?」
続けざまに、ラッシュウェルの重撃が地を砕き、コジロウの神速の一閃が魔神の右腕を切断する。
さらに、ミルルの霧刃が部位を凍結、ゼイドとエルシアが連撃を叩き込み――
オシャルも、ただの剣リグルスを手に突き立てる。
「これが……俺たちの全力だ!!」
全員の力が魔神を貫き、ヴァロルはついに地に膝をつく。
「や、やった……!」
◆
しかし。
「――人間如きが……」
黒い瘴気が溢れ出し、ヴァロルの身体が膨れ上がっていく。
再生ではない、“進化”だ。
「やはり……“完全に堕ちて”いるのか」
アマテラスの顔が歪む。
次の瞬間、爆発――!
アマテラスが吹き飛ばされ、ラッシュウェルの大剣が砕け、コジロウが沈む。
ミルルも血を吐き、霧障壁を展開しきれず崩れる。
ゼイドとエルシアは瓦礫に埋まり、ポッケルも負傷して動けない。
そして――最後に立っていたのは、ただ一人。
ボロボロのオシャル=リヴァンス。
「……みんな……ッ!」
魔神ヴァロルが、彼の前に立つ。
「見せろ。お前の“剣士”としての覚悟を……ガレンの息子よ」
震える手で、オシャルは剣を構える。
「……俺は……負けない。父のように、何も守れなかった過去は、もう繰り返さない……!」
◆
遠く崩れた壁の向こう、燃える王都の空に一筋の光が差し込んでいた。
それは、まだ終わっていないという“証”だった。
「俺は……立ち向かう……! これが……俺の剣だ!!」




